神の5%クリティカル

「痛ってぇぇぇぇええ―――!!!」


 矢を腹に突き差して引っこ抜いてもっかいぶっ刺す。HP調整のために攻撃力1の矢を何度も腹に突き差す度に激痛と血がドバドバ出てくる。


「痛ぇ、痛ぇよぉ……」


「あ、アイツ泣きながら腹を切ってやがる……化け物か?」


「タイムは命より重い、タイムは命より重い……!」


「醜すぎる祈りを口にしながら腹切ってるぅ……」


 矢を腹に突き差す回数をちゃんとカウントする。レベル17と取得スキルに矢の攻撃力で発生するダメージに乱数は存在しない。だから回数を間違えずに腹に矢を突き差せば固定でHPを狙った数字にまで減らす事が出来る。


「よ、良し、出来た」


 腹から血が溢れだし今にも臓物が溢れだしそうな状況、姫様はどちらかというと化け物を見る様な視線を此方へと向けてきている。だが何時までその視線が続くかな?


「げ、現在のHPがぁ、はぁ……はぁ……はぁ……ふぅ……残り1%にぃ……はぁ……はぁ……はぁ……なった……のでぇ、ふぅ、ふぅ、ふぅぅ―――」


「治療しろよ!!! 死ぬだろ!!! 早く治療しろ!死んでしまうぞお前!?」


「出血デバフがついてないから時間経過では死なないので問題ありません」


 サムズアップを皆に向けると首を傾げられる。腹からはドバドバ血が出ているがこれで出血判定はついていないのだ。だからセーフ、セーフですのよ! というか余計な事をされる前にさっさとやるべき事をやる。


 という訳で。


「《テイム》」


「……?」


 姫様に向かって《調教術》スキルの初期スキル、《テイム》を使う。当然、失敗する。なので《テイム》を連打する。


「あの、勇者様? 《調教術》によって調教できるのはモンスターや動物で、それも知性の低いものに限定されていまして」


 とか言っている間に成功する。成功を祝福する様なエフェクトの表示に室内の全員―――西脇以外が呆然とする。


「これで姫様テイミング完了です。【エタルカ】はHPが1%にまで減ると謎の背水補正によって虚無からクリティカル率が5%出現します。これはまあ、システム的に別に良いんじゃないかな……って範囲ですが、何故か判定の順番がクリティカル>成功率なので先にクリ判定出ると自動成功します」


 これは本当に良く解らない仕様。クリティカル判定は自動成功扱いなのが《調教術》によるテイミングだ。まあ、それは良い。だが基礎成功率0%に対してクリティカルすれば自動成功扱いでテイミング出来ない筈のキャラをテイミング出来る仕様は解らない。


 ほんと意味わかんない。


 だけど姫様はデータ的に後で仲間になるキャラクターなので、テイミンググリッチを使う事で序盤から仲間に出来てしまうのだ。明らかに判定の仕様がおかしいけど、この神の5%を活用する事でこのゲームはバランスが盛大に崩壊するのだ。


 ありがとう、5%。ファッキュー、5%。


「ま、待ってください私は王女ですよ? そんな、私を連れ出そうだなんて……え?」


 姫様が急に頭を抱えだす。


「いえ……私は勇者様と何度も視察に出ていて……一緒に食事会を開いて……!」


 姫様が唐突に存在しない記憶を語り出し始めた。クラスメイト達はドン引きを通り越して逆に関心し始めてるみたいで栞を挟まれたみたいだぁ……とか言い出している。イベントフラグ全部ふっ飛ばすと経験していた扱いになるのかぁ……。


「急に存在しない記憶が浮かび上がって来て好感度100になるの恐ろしすぎるだろ」


「お前がやったんだぞ」


 腹に矢が刺さったままてへぺろピースを浮かべて姫様を見る。次のグリッチには姫様の協力が必要なのだが……大丈夫? 大丈夫そう? あ、顔を上げた。


「少し頭の中が混乱していましたが……漸く思い出しました。そしてお待たせしました勇者様、あの時のように……今度こそ一緒に戦います」


「記憶が完璧に捏造された所で姫様が装備してる形見の宝石を回収します」


「はい、どうぞ」


「え、エリシア様! それは母君の形見の」


 姫様の装備している形見のアクセサリー、初期装備でありながら交換不可品であるこれはかなり価値の高いアイテムだ。売ればすさまじい値段になる金策救済アイテムでもあるのだが、手に入れられるのは姫様のサブイベントを進めるか仲間にする頃なので、普通は序盤で手に入らない。


 だが姫様をテイムした事によって形見のアクセサリーを悪用する事が出来るようになる。


「という訳で姫様のママ様の形見をサクッと増殖バグで増やします。オリジナルをどうぞ」


「ありがとうございます勇者様」


 5個に増えた形見の内オリジナルを姫様に返して、増殖した形見を《錬金術》で分解する。これでミスリルと金とルビーの素材に分解された。


「このゲームは同じアイテムを連続で売却すると相場が変わるのでしばらく時間を空けないと値段が下がってしまうのですが、《錬金術》の初級をマスターした時に習得する《等価交換》スキルを活用する事で素材を手っ取り早く金に換える事が出来ます。相場よりクソ安いけど」


 それでも元手は無限増殖で増やしてるのに無から数万の売り上げを出していると考えると最強金策になるだろう。


「という訳で増殖させた形見をPTメンバーに渡します。お前らは今日から女王の形見を売却するロボになるんだ」


「人の心ないのかお前?」


 ジョック君の言葉に頷いた。


「タイムに影響が出るので外しました」


「着脱式かぁ」


「氏! 目標金額は500万で御座るな? 拙者らは500万稼ぐまでは形見リサイクルで稼ぎ続けるで御座る。氏は名声稼ぎを」


「うむ」


 西脇、有能。姫様の形見リサイクルをPTメンバーに任せるとして、黒幕と相対する為の名声稼ぎをする必要がある。


「という訳でこの城に帰ってくるのはクリアした後になるので、ここを出る前にここから出て5時間半近く、何をするのかを視聴者の皆さんに事前に説明します」


「の、脳が理解を拒否してる……! ひ、姫様どうしてそんな女の表情を浮かべて狂人様を見ておられるのだ」


 今勇者じゃなくて狂人様って呼ばれなかった? 例え俺が狂人だろうとグリッチが通ってしまった時点でバググリッチ通してしまう世界の方が悪いから。一度グリッチ込みのゲームプレイに慣れると二度と通常プレイには戻れなくなるから覚悟しろよお前。


「それじゃあちょっとしたタイムロス覚悟で短い説明をします。魔軍の王である魔王は傀儡で黒幕は別にいます。そしてその真の邪悪を倒してから魔王をハメ殺すのがこのRTAの目的です。その為に必要なのは幾つかの裏ボス制覇、そして名声値を稼ぐ事です」


 召喚室内が少しだけ騒がしくなる。現地人からすれば黒幕がいると言われてもピンと来ないのだろう。それはそれとして誰も俺に近づこうとしない。少しぐらい止めようとするアクションが挟まるもんだと思ったが、皆俺を遠巻きに眺めるように距離取ってる。


「黒幕の居場所は普通の手段では観測できず、それを発見する為に幾つかの手順を取る必要があります。そしてその為に行かなきゃならない場所がエルヘヴン天測所で、エルフの里にある天文台になります」


「エルフの里かぁ」


 ちゃんと異種族もこの世界には存在する。メインシナリオに関わるし、仲間にだってなる。このRTAでは一人も仲間にしないので関係ないが。


「ボケクソカス種族であるエルフはクソ排他的で名声を大陸救世主クラスで稼がないとまず存在を認めてくれません。エルカス共を納得させる為には効率的に名声を稼ぐ必用があり、稼ぎ終わったらエルフの里に突っ込んでさっさと黒幕の居場所を発見させるしかありません」


 このRTAで一番時間のかかる場所だ。ぶっちゃけこのRTAの大半の時間は各地のボスを瞬殺して移動する時間になる。つまりこのRTA最大の障害はエルフとかいうボケカス種族が他の生物を見下している点にあるのだ。


 エルフの連中が少しでも社交的で必要名声値が低ければもっと楽だった。


 だが連中ははあ、国を救った? カス種族の国を救った程度じゃなあ……というスタンスなのでカス極まっている。


「という訳で効率的に名声値を稼ぐ為に冒険者登録し、各国や大陸で悪さをしている大ボスを瞬殺、裏ボスや伝説と呼ばれるモンスターを瞬殺マラソンする事で爆速で名声を稼ぎ、エルフの連中をはよ入れろと脅迫する事になります。後ついでに地球への帰還手段を確保する為に1度海底に潜ります」


「え、帰還手段用意するの?」


「用意します。魔王を倒すだけ倒して出現する帰還ゲート通るのは罠です。そういう訳でこのRTAの大半の時間は移動になります。ボスは見ての通り瞬殺するので問題ありません」


 全員の視線が偽司祭の残骸へと向けられる。数分前までは確かに生物の形をしていたのに、今ではもう影も形もない。死因が乳首を突かれただなんて一生記憶に残るよ、やったね。


「という訳で説明ここまで。こっからはタイム縮める為に全力を出します」


「おう、行ってらっしゃい」


「時枝君ファイトー」


「すげぇよ、時枝は。あんなに嬉しくない攻略も中々ないよ」


「じゃあ待ってる間時枝の真似してなんか適当なバグ再現してる?」


「財布の中身無限増殖させようぜ。せめて異世界帰りの成果欲しいわ」


 クラスメイト達の俺への扱いが雑になりつつあるのがちょっとだけ寂しい気もするが、タイムには関係ないので無視する事にする。


 説明も終わったし姫様もテイムが完了して初期段階の準備は整った。西脇達PTメンバーが金策をしてくれているので金策は任せるとして、ここからは最強の乗り物を使ってこの世界を爆速で駆け抜けて行く。


「では早速名声を得られるコンテンツ《バウンティー・ハント》を消化する為に冒険者ギルドへと向かいます」


「急にまともな異世界っぽさ出たな」


 ここからはTorpedo Hoverよりも早い移動手段を使う。弓を構え、サイドステップして姫様に近づき、背中合わせになった所でバク転して肩に着地する―――と何故か物理法則を無視してちゃんと前を向いて肩車状態になる。


「終盤まで通用する最強の騎乗ペット、姫様解禁です」


「まともな異世界っぽさ消えたな」


 これで漸くスタート地点から出られるぜ!

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