ファイナルする

 ―――姫様酷使無双チャート。


 それは姫様がゲームの終盤で仲間になる事を利用したチャートだ。バグを活用する事で序盤から姫様を加入させる事でその無法に近い性能を活用する事であらゆるボスに対して有利を取るチャートだ。


 【エタルカ】はジャンル的にアクションRPGだ。数多くのキャラクターが存在、彼、彼女らを仲間にし、レベルを上げ、汎用や固有スキルを習得し、強化しながら魔軍の脅威と戦うというゲームだ。だが当然ながらキャラには格差が存在する。


 強いキャラは良い絵師にデザインされてるしスキルや魔法だって当然強いのを覚える。雑魚はあんまデザイン良くないしスキルもステータスもカスだ。メインキャラクターでありヒロイン枠に設定されている姫様は多くのイベントをこなさないと仲間にならない。


 そういう条件やイベント数を含めて優遇されているキャラだというのは良く解る。


 だからバグを使って姫様を最初から仲間にする事に意味がある。面倒なフラグを全てふっ飛ばして終盤のつよつよキャラクターを加入させられる事は攻略において非常に強力な一手だ。


 まあ、それでも姫様酷使ルートは戦闘回数が増えない限りや一部ボスを相手にする時でなければ採用されない。というのも、普通にノーマルENDのRTAであればラスボスの所まで一直線で飛んでそのままハメ殺してゲームクリアすれば良いのだから。


 と、いう訳で。


「夜までに帰宅するRTA始めまーす」


 良いよね? やるぞ? やっちゃうぞ? やるからな? 何度も振り返ってクラスメイトや姫様へと視線を向けるが、はよ始めろって視線が突き刺さる。


「あ、あの、勇者様? 何か必要なものでも? いえ、その前に部屋に案内を」


「あ、タイムが伸びるんでいっす……」


 しきりに確認したので心配されてしまった。まあ、これ以上グダグダやってもタイムが伸びるだけなのでさっさと動き始めよう。


「と言う訳でここから大活躍してくれるスキルを習得する為にまずはレベルを稼ぎます」


 迷わず召喚部屋に居る護衛の女騎士へと向かってTorpedo Hoverで突進する。真っすぐ自分へと向かって飛んでくる人間の姿に思わず剣を抜いてくるのもしょうがないだろう。


「という訳でまずは攻撃力保存の法則で攻撃力を盛ります」


「アイツ急に解説口調に」


「RTAする時は基本虚無に向かって解説しながら場を持たせるスキルが求められるで御座るよ」


「人としてヤバすぎるだろ」


 もしかして今ディスられてる?


 まあ、何はともあれまずは攻撃力の確保である。女騎士の前で足を止めたらボールペンを取り出し、それを女騎士へと向かって差し出す。


「え? え、あの」


「剣と交換でお願いします」


「え!? いや、流石に剣はちょっと……」


「直ぐに返すので」


 女騎士は困ったような視線を姫様に向けるが、とりあえず姫様も困った様に曖昧な笑みを浮かべる。姫様から俺へ、そして俺から自分の剣へと女騎士の視線が向けられる。たっぷりと溜息を吐いてから女騎士が剣を鞘から抜く。


「直ぐに返すんだぞ?」


 女騎士が剣の柄を此方に向けてくるので、それに合わせてボールペンを渡しながらボールペンを装備し直し、ボールペンを受け渡しつつ剣を装備する。それを即座に外して再び剣を女騎士の手に、ボールペンを俺の手に戻す。


 その瞬間、手を透き通るようにボールペンと剣が床に落ちた。


「ん!?」


「はい、これで攻撃力保存の法則成功です。ほ! や! せい! そいや!」


 ボールペンを拾い上げて少し距離をあけながらボールペンを振るいながらスライディングキャンセル―――通称スラキャンでモーションを中断し、攻撃判定だけをボールペンに蓄積する。しばらくはこの儀式めいた行動を繰り返すので、その間に平行して別の作業を進める。


「では攻撃力のコピーが完了して判定の積層をしている間、これから攻略する為の頭数を揃える為にパーティーメンバーを3人加入させます……ありさ、良い?」


 ボールペンを突き出すモーションとスライディングをスライディングでキャンセルしボールペンを突き出す間に幼馴染に聞けば、頷きが返って来た。


「うん、何をすればいいか解らないけど……頑張るね」


 拳を握ってぞい、とポーズをとる幼馴染の横にやって来たジョック君が待て、と声を張った。


「何をしようとしてるのかは良く解らないけどよ、藤野さんまで人類を卒業させねーぞ!」


「じゃあジョック君加入ね」


「は?」


 やったぁ、パーティーメンバーの2人目が揃ったぞぉ。


「では唯一やってる事を理解できそうな拙者が最後に加入するという事で」


 仮パーティー結成完了! まさか体育の時間でペアを組めと言われると幼馴染以外とペアを組めなかった俺がこんなにもモテモテになるなんて……やはり異世界勇者補正、あるな? 俺は今人生の絶頂期に居るのかもしれない。


 そんな事を考えている間に感謝のスラキャンボールペン突き、100回完了。


「という訳でPT結成が終わった所で感謝のボールペン突きが100回終わりました。バグにバグを重ねた所で目標であるレベル15に一瞬で到達する為にボスを滅っ! します」


 スラキャンで攻撃判定がバグり重複状態にあるボールペンは1ヒットで100ヒットする神器と化した。女騎士の攻撃力を保存しているのでデータ上最強の武器となっている。単純に考えて攻撃力x100の破壊力を持つボールペンなのでそりゃあ中盤のボスも問答無用で死亡する。


「という訳でこの部屋に紛れ込んだ魔軍のスパイを滅っ! して目標レベルである15にまで一気にレベルを上げます」


「え、スパイ?」


 ホバー移動で一瞬で部屋の中にいる老いた司祭の前に移動すると、問答無用でその乳首の辺りをボールペンで突く。表情を驚愕に染めた司祭は何か言葉を口にする前にバグペンの一撃を受けて上半身の衣服が消し飛び、偽造していた姿が一瞬で剥がれる。


「ぐぉぉぁぁあ―――!? 何故姿を」


「という訳で中盤の終わり頃に出現する偽司祭を撃破します。放置すると王都クーデターイベントが発生して有能NPCが何人か退場する他、王都が陥落して魔軍の拠点として人類を苦しめるようになるのでここで確実に始末しておきます」


 衣服が消し飛ぶのと同時に司祭の偽装が剥がれ本来の姿である魔族の姿へと変貌しようとする。肌の色が変色し、肉体がぼこぼこと音を立てながら変形しようとして―――ムービー無敵も変身無敵も搭載されていない無能なので乳首をつんつんするだけで消し飛ぶ。


 100ヒット! 200ヒット! 300ヒット! まあ、HP的に100ヒット目で蒸発しているのだがまあ、リアル環境だし多少はね?


 当然のように断末魔を上げる事も出来ずに偽司祭の体が爆散し経験値になる。拳を掲げるようにガッツポーズを取ればパーティーを組んでいる味方含めて一気にレベルが17まで上がる。中盤最強のボスである事も含めて、ここで始末しておけばイベントスキップも出来てかなりお得なのだ。


「偽司祭爆破、RTAにおいては基本的なテクニックで御座るな……。偽司祭は放置すれば最終的にエリシア様やアーディ殿を含めてキャラクターを退場させるが故、通常プレイでも早めの処理が推奨されているで御座る」


「そ、そんな、司祭様が……」


 なお司祭が偽物だった事にリアルNPCの皆さんは呆然としている。偽司祭、完全に本物をRPしてた上に本物が人格者で慕われていたらしいからなぁ、目の前で乳首が爆散して死ぬ姿はそりゃあショッキングだろう。


「では偽司祭を爆散させてレベルを上げたので、手に入れたスキルポイントを消費する為にこのRTAで最強レベルの活躍をしてくれるスキルを習得する為に王宮の図書室へと向かいます。あ、探すのが面倒なんで皆ここで待ってて」


「司祭様が……」


 呆然とする姿と嘆きの声を放置して部屋を―――召喚室を出る。元々は王宮内の魔法を練習する為の広間なのだが、城内でもかなり頑丈な方の部屋で何かあれば即座に対処可能という理由で勇者召喚が行われた……とかいう設定があった気がする。


 まあ、そんな設定RTAに関係ないのでスルー! スルーですのよ!


「でっでっででーん、と図書室に到着」


「お、おおおお!? 待て、待て待て待て! なんで俺こんなところにいるの!?」


「吉田氏、PTメンバーは主人公と距離が空き過ぎたらワープして追いつくのはRPGの基本中の基本で御座るよ……?」


「これはリアルだろうがッッ!!!」


「それで、ここからはどうするの?」


「《錬金術》、《弓術》と《調教術》を習得しまーす」


 俺の言葉に西脇氏がうんうんと頷く。王宮の図書館は初級や中級スキル書の宝庫だ。クーデターイベントが始まるとここで雑に新しいスキルを習得できなくなるのがどれだけのロスになるのかを普通にプレイしていれば解るだろう。


 大体のスキルはここで習得できるが、上級や最上級となるとサブイベントの報酬になってくる。まあ、RTAでそれらを習得する様な事はない。バグの暴力で戦闘は全て突破するので習得しに行く必要がないのだ。


 ともあれ、図書室のどこにスキル書が置いてあるのかは理解しているのでサクッと魚雷で接近し、サクッと回収する。そしてそれをそのまま読み出す。


「……」


「……おい、動きが止まったぞ」


「あれはイライラタイムで御座るよ。読書タイムをカットする方法はないので大人しく10秒かけて読み込みモーションを受け入れるしかないで御座る」


「10秒だけかぁ」


「はい、読み終わったので次のを読みます。そして読みながら解説すると《錬金術》と《調教術》はSP10をそれぞれ消費して初級のマスターまで一気にレベルを上げ、《弓術》は弓を装備する為に1だけ取得します」


 初期レベル1での配布スキルポイントが5。レベルアップで17レベルになる事で取得するスキルポイントが16になる。これで合計で21SP、《錬金術》《調教術》を10にして《弓術》を1だけ取ると丁度いい形になる。


「ちなみに最低限の必要レベルは15で、この場合は《調教術》のSPを削ります。昔はこのチャートが基本でしたが、偽司祭開幕抹殺ルートが開拓された事で初期レベル17開始のチャートが開発されて色々と安定するようになりましたとさ」


「あ、吉田氏と藤野氏も《調教術》と《錬金術》を全振りしておいてほしいで御座る。氏のチャート見てる限り恐らくこれが主力になるで御座ろうから」


 助手、有能。


 偽司祭、無能。お前の死因はRTA勢である事が見抜けなかった事だ。予測不能回避不可能な死因だなぁ。


「全部読み終わってSP消費し終わったので早速召喚室へと戻ります」


「あ、待ておいスピード―――」


 ジョック君が何を言っているか解らないが、速さに言及するって事は……もっと……加速しろって事!? ジョック君意識高いじゃーん。という訳でギリギリのコーナーを狙いつつ加速して来た道を戻って行く。壁抜けが出来れば早いのだが、まだ必要なパーツが揃っていない。


 なので普通に魚雷で戻って行く。


「うわっ、何だアレ!?」


「人が射出されてるぞ!?」


「お、泳いでる! アイツ床を泳いでるぞ! 衛兵を呼べ!!」


 モブが煩いがカルマゲージに影響はないのでこのまま泳いで戻ってくる。再び召喚室に到着するとその場にいる人たちはそのまま、一部は偽司祭がいた空間を呆然と眺めるままだった。良い経験値だったんだからそれで許してほしい。


「はい、という訳で再びここに戻ってきましたね。これがゲーム環境だとそれぞれのキャラが王宮内の部屋で休んでたりであっちこっち移動しなきゃいけなくて面倒だったけどリアル環境ではそれが省けるのがとても良いと思います」


「小学生並みの感想が出たわね」


「RTA勇者君、今日提出の課題終わってる? 6時間で帰るならたぶん提出明日だよ」


「宿題と課題はRTAに関係ないのでここではスルーします」


「現実から逃げるな」


 クラスメイト達はもう駄目だ。完全に明日の予定を組み始めてる。連中を無視して次なるバグの為の下準備に入る。


「《錬金術》《弓術》《調教術》を揃えたので最低限必要なスキルを揃えました。という訳でこっからは姫様を仲間にする為の裏技を使います。まずは《弓術》を習得して弓の装備を解禁したので弓と矢を調達します」


 ヘイ、そこの兵士さん! 良い弓持ってるねぇ! 普通の兵士が持っている普通の弓に何でもない普通の矢だ。特に特別なエンチャントもなければ大して思い入れもない、女騎士のゴリラ攻撃力とは無縁の普通の弓と矢だ。


「勇者権限で貰います」


「貰われました」


 弓を握ってる兵士にサクッと虚無を生み出してそれと弓をトレードさせる。虚無を受け取った兵士が“何もない”を装備して動きがカクついているがクリアするのにはまるで関係ないので無視する。弓を装備し、矢を手に取って姫様の方へと向かうと、姫様がしきりに元弓持ち兵士、現虚無兵士へと視線を向けてる。


「あの! 勇者様! 兵士が! その、兵士が……!」


「それでは姫様を仲間にする為に」


「あ、後私はその、最後の王族として国を離れるわけには行かず……その、勇者様? 聞いていますか? 勇者様?」


 矢を掲げてから自分の腹に突き差す。


「腹を切ります」


「勇者様ぁ―――!! 話を聞いてください勇者様ぁ―――!!」

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