Spiderman

「止まれ……止まれ! 良いから止まれ止まれよ!! そのバグみたいな挙動止めろ!! シャゲダンするな! 回転するな!! 良いからバグ挙動止めろ!!」


「うす」


 ジョック君に停止命令を貰ったので、海外ではTorpedo Hoverと呼ばれているグリッチを顔面から床に着地する事で停止しながら顔を抑えて立ちあがる。


「はい」


「いや、止まれつったけど別に顔面から着地しろって言ったわけじゃないんだよ。というか大丈夫かお前、思いっきり顔面着地したけど」


「この高さからの落下にはダメージ判定がない世界だから」


「今の挙動見てからだと微妙に否定し辛い言動攻めるの止めないか? 良いから止めろ。見てて生物として不安を覚える」


「うす」


 脳内をアドレナリンが満たしている。高揚が全身を満たし全能感を生み出している。グリッチが……バグ挙動が成功した。これは大発見だ。この召喚された場所が本当に【エターナル・ルーラー・オブ・カオス】の世界であれば、何もかもどうにかなる。


 俺は確かな自信を表す為にクラスのリーダー的ポジションにも落ち着いているジョック君の前で静かにシャゲダン披露しようとするのを幼馴染に肩を掴まれて停止した。ダメ? 話が進まない? そっかぁ。


「すんません、話の腰を折ってしまって……いや、ほんと。その、話の続きをどうぞ」


「え、えーっと、宜しいのですか? その、其方の方が震えてますが」


 王族っぽい人―――いや、言い直そう。これがオープニングと同じシーンなら彼女は【エターナル・ルーラー・オブ・カオス】、略して【エタルカ】と創作者の脳味噌をぶち殺しそうな略称のゲームに出てくるヒロインであり、王族の姫様だ。


 名前は確か……なんだっけ……個人の名前覚えるの苦手なんだよなぁ。


「大丈夫です、ただの禁断症状ですから」


 にこりと笑いながら答える幼馴染の言葉に姫様が震えた。なんか恐れる様な事あった? 首を傾げながら静かに脳内でチャートを組んでいると、それではと姫様が咳払いしつつ視線を再び俺達へと向けた。直ぐ近くでは西脇君が増殖バグを試してた。いいなぁ。俺も話を聞いている間に財布の中身増殖バグで増やしてみるか。


「それでは改めて……いきなりこのような形で召喚してしまい、申し訳ありません。ですがもはや私達が頼れるのは異界からお呼びした勇者様しか……」


「おいおいおいおい、増えてる!! 万札増えてる! 増やすな! なにそれ!? なんで財布の中身増えてるの!? 財布の中から万札が溢れだしてるのなにそれ!? 俺にも教えてくれない?」


 ツッコミを入れてくるクラスメイトに向かってサムズアップを向けると、幼馴染に確保されてない側の腕をジョック君によって確保され、捕まったエイリアンみたいな図になってしまった。


「な、少し大人しくしような? 物理法則を捻じ曲げようとしないで静かにしような? あっち見ろよ……お姫様っぽい人が凄いぷるぷるしながら拳を握ってるからな?」


「だけどよぉ、バグがあったらとりあえず実行したいじゃん」


「それ言い訳にしてるつもりなのか? 頼む、10秒だ。10秒だけ大人しく出来ないか? な? 飴やるから」


 口の中に飴を突っ込まれたので静かにすることにした。両腕を確保された状態で視線を姫様へと戻せば、やや引き攣った表情で姫様が口を開いた。


「その……話を続けても、宜しいでしょうか……?」


 こくりと頷く。まあ、欠片も聞かないのですが。スキップしなれたテキストなので何百回も遊んでいるうちに姫様の言っている事は完全に暗記している。


 つまりこれは良くある世界滅亡グレイズ回避中の世界という奴だ。魔王がいて、魔族がいて、人類がだいぶピンチなので勇者召喚して逆転サヨナラホームランしようぜ! という良くみる展開だ。寧ろここまでこてこてのテンプレートを取り出されると懐かしさすら感じる。


 最近は王道の勇者召喚テンプレ見ないしな。


「―――という事でして、私達にはもはや勇者様方の力を借りるしか道はないのです。どうか、どうか力を貸してください……!」


 脳内で会話のスキップボタンを連打していると漸く姫様の演説が終わる。ここだけ、言語を英語に設定していると日本語よりも早く終わるんだよなあ。だが今回は日本語固定レギュレーションらしい、自由な指をツンツンしていてもシステムウィンドウは出てこないし言語設定もない。


 もしやシステムウィンドウ縛りですか? 参ったなぁ。ウィンドウに速度とか保存できないじゃん。あ、出来たわ。成程、ウィンドウを開く意思が重要なんだな?


「どうするよ?」


「でも異世界だぜ? 俺死ぬのは嫌だぞ……」


「スマホだって圏外……あ、動く」


「マジで!? なんで!?」


「いや、でも戦うって事だろ? いきなり連れて来られて戦えって……それ、もう奴隷と何が違うんだよ」


「私、怖い……」


「でもエリシア様必死よ?」


 姫様の話を聞いてどうするべきかというのをクラスメイト達の間で話始めている。やる気な奴、怖がってる奴、帰りたがっている奴、1人だけ逃れた他人を恨んでいる奴……等皆の感情は様々だ。


 バグ検証させろー。RTAさせろー。リアル【エタルカ】が出来るんだから俺にリアルRTAさせろー。反抗の意思を求めて体を揺らそうとしたら幼馴染がギュッと腕を抱きしめてきた。うおっ、柔らかっ……とか思ってたら逆側からもぎゅっと絞められた。うおっ、硬ッ。結構鍛えてるな、ジョック君……。


「皆! 少し宜しいで御座るか!」


「山田君! さっきあそこの狂人みたいに軽くバグってたよね? 何か解った事でもあるの?」


「山田じゃなくて西脇です」


 半ギレ気味の声を放ってから西脇は全員の視線が自分に集まったのを確認してから頷く。


「いきなり異世界に来て混乱している所で御座ろう……だがこの世界を拙者たちは良く知っておるで御座る。ここは【エターナル・ルーラー・オブ・カオス】と呼ばれるゲームの世界に酷似している世界で御座るよ」


 拙者御座るってオタクとしても相当キャラ作ってる方じゃない? 同意を求めて幼馴染に視線を向けると笑顔で頭を撫でられた。ジョック君に視線を向けるとそっかぁ、ペット扱いなのか……とか納得された。断じてペットじゃないが? どちらかというと俺が飼い主側だが? おい、聞いてるのか、おい。


「俺、なろうを漁ってるから知ってる! これは所謂ゲーム世界転生って奴だろ!」


「転生だと俺達死んでるんだよなぁ」


「異世界転移のゲーム版か。なんか急に親近感湧いてきたな」


 馬鹿を言わないで、とか疑っている声や視線も当然多い。突然の事態に困惑しているのが大半だ。その中で本来場を取りまとめる筈の教師はウォッシュレットがないと死ぬため脱走、リーダー的ポジションにいるジョック君も俺の封印で忙しい。


 そういう纏めの経験が薄い西脇ではまともに状況を収められないのも当然の話だろう。


「拙者、あまり長々とここで講釈するつもりはないで御座る。ただ知って欲しいのでござる。このゲーム、クリアする事に関してはプロ中のプロが我がクラスの中に存在しているという事実に……!」


 ざわざわ、がやがや。視線が俺に集まる。ははーん、俺の時代が来たな? まあ、任せろ。【エタルカ】に関して俺よりも凄い奴は国内にいるかもしれないしいないかもしれない。だがこの場においては俺が最強だ。


「いや、そう言われてもなあ……?」


「うん……具体的にどうプロなのかは知らないし……」


 わいわいがやがや。当然の疑問が上がり、西脇から向けられた注目が分散される。突然の状況に突然の推薦、誰もがまともに状況を理解していないのは事実だ。だがとりあえず、俺はRTAするだけのやる気はあるぞと言うのを示さなくてはならない。


 とりあえず幼馴染とジョックから腕を解放して貰い、壁の近くまで行く。壁に背を付けたらそのまま軽くジャンプしてから空中でしゃがみ、手に持った財布を投げ捨てようとする動きをキャンセルする。


 すると何という事でしょう。


 背中が壁に張り付いたまま自由自在に動けるようになったではないか。回転しながら壁を上下左右にスライドして動き出すと部屋の中の全ての視線が俺に集まる。いえーい、見てるゥー? 俺、背中限定のスパイダーマンになったの!


「あぁ、うん。クラスメイトが人類卒業したのは良く解ったよ」


「お前に託したぜ! 世界の未来をよ! 俺は一切このバグだらけの世に関りたくないからな!」


 天井に背中から張り付いた状態でサムズアップをクラスメイト達に送ると、畏怖の視線が現地民の方々から送られているのが良く解る。国内や海外ユーザーによって開発された108式グリッチ術はまだまだこんなもんじゃないぞ?


「よっと」


 天井から前転しながら着地して床に立つ。背筋を伸ばし、体を捻って解して深呼吸をする。


「とりあえずこの世界を救えば良いのか? 最高記録は1時間だけど」


「1時間」


 俺の言動に女子が腕を組んで俯きながら呟く。


「今日のランチまでには間に合うわね……今日のお弁当、実は楽しみにしてたの」


「昼食って、生徒置いて脱出したウォッシュレットを学級裁判にかけて処刑して午後の授業受けて家に帰る感じ? 日帰り異世界転移RTAかぁー。新しいなぁ」


「待ってください!」


 脳内でチャートを組み上げていると姫様が声を張った。その表情にはありありと困惑の色が見える。いきなりRTAだとか1時間で世界を救うとか言われてもまるで何も通じないだろう。


「1時間で世界を救うとは……一体どういう事なのですか? いえ、其方の勇者様が尋常ではない事はなんとなく見てれば解るのですが。見ていれば良く解るのですが……!」


「現地人からも人外認定されちまったなぁ!」


「めっ」


 幼馴染からめっ、された。反省しよう。


「ご安心を姫殿下……言ってしまえば拙者らはこの世界の事を良く知っているので御座るよ。何をどうすれば世界を救えるのか、何が障害でどういう抜け道があるのか……我々は日夜それを研究し、そして試走を繰り返してきたその道のプロフェッショナルで御座る」


「世界を救うプロフェッショナル」


「然りで御座る」


「アイツ、こことぞばかり濃いキャラ押し出して輝いてるな」


 普段のクラスだと全く目立たないからな、オタクって。もしかして一生分の活躍をしてるのかもしれないな、アイツ。ここぞとばかりに眼鏡きらりーんってしてる。どうやったんだそれ?


「なあ、時枝。マジで1時間で世界救えるのか?」


 ジョックの言葉に頷く。


「グリッチ使って壁抜けしながら加速して移動しつつ必要最低限の敵との戦闘だけ処理して、ボスをバグハメで完封すれば1時間で行けるよ。リアル環境だから移動距離増えるにしても誤差の範囲だと思う。安定チャート組むならもう少し伸びるかも」


 それでも伸びるとしてプラス1時間程度では? 食事とトイレの必要性を限界まで事前に削っておいたおかげで今日は1度も休憩を挟まずにリアルRTA出来そうだし。これは絶対にギネスに乗るぞぉ。


「いや、まあ……お前がそう言うならそうなんだろうけど……」


 ジョック君は首を捻って懐疑的。何、俺のチャートに不安があるのだと。俺はそこら辺のガバ走者と違ってちゃんと乱数の絡まないチャート組むからガバによるチャート崩壊は早々起きないぞ。それを素人に説明した所で無駄なのだろうが。


「いや、待つで御座るユージ氏! 魔王をファイナルして終わらせる1時間チャートだと異世界永住ENDで黒幕も残されているから帰還出来ないで御座るよ!」


「はっ!」


 西脇の言葉に気づかされる。そうだった、このゲームはマルチエンド型―――複数のエンディングが用意されており、帰還ENDから永住ENDまでの複数のエンディングが用意されている。


 そしてこの世界が直面している魔王と魔軍の侵略、その騒動の裏で全てを支配している真の邪悪もいる。こいつを何とかしない限りは本当の意味でエンディングを迎える事は出来ないだろう。


 そうなると取るべきチャートは決まっている。


「ANY%でのトゥルーENDベースチャート……!」


 西脇が頷く。他のクラスメートたちは大体話についていけずスマホをぽちぽちしだしている。現代人、興味のない事は聞かずにスマホを弄りがち。ちょっとだけ寂しいなあ……と思いつつも帰還を前提に黒幕と魔王の討伐を組んでチャートを構築するとすれば昔使ったチャートが再利用できる。


「良し、大幅に時間は増えるしやるべき事も増える。それでも大体6時間前後で世界を救えそうだ」


「6時間で世界を救う」


「ああ!」


 走るチャートはタイムよりも安定性を重視したチャート。その名も、


「―――姫様酷使無双チャートだ」


「私酷使無双チャート」


 姫様が呆けるように俺の言葉を繰り返し、それに俺が頷く。


 それじゃあ【エタルカ】ANY%トゥルーEND姫様酷使無双帰還チャートRTAはっじまーるよー。

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