第10話 AIがメニューの開き方に気づいたら

 オーレンの家を後にしたサイモンは、憂鬱な気持ちを抱えたまま、村の入口まで引き返そうとしていた。

 すでに3度目となる国王軍の接近を確認しなくてはならない。


 その間も、頭の中はシーラの事でいっぱいだった。

 戦争で弟以外の家族をみな失ったシーラが、冒険者ギルドでいったいどんな過酷な仕事をしているのか、考えるだけで不安になってくる。

 サイモンの知っている裏方ではない。ひょっとすると、冒険者ギルドにはサイモンも知らない闇の部分が存在するのかもしれない。


(俺に出来る事なら、替わってあげたいものだが……)


 兵役こそ休んでいるが、いまのサイモンには、門番と言う役割がある。

 この役職も、老人しかいないヘカタン村にとっては替えのいないものだ。

 その事も含めて、また今度話し合おう、と考えていると、ふいに市場に差し掛かった。


 サイモンは、すんすん、と鼻を鳴らした。

 市場には、いままで嗅いだことのない、良いにおい、いぶした草のような香ばしいにおいが漂っている。


 前回、エアリアルの被害でカンカンに怒っていた商人が、やけにニコニコ顔で呼び込みをしていた。


「さあ、いらっしゃい! どうだい、一個買っていくか?」


 カートの中を覗いてみると、いままで甘ったるい果実のにおいでいっぱいになっていたスペースには、香草に包まれた焼き魚や芋などがたくさん並べられている。

 さきほどの匂いの元は、どうやらこれのようだ。


「おっさん、バントウは一個いくら?」


「はいよ、1個70ヘカタールね!」


「たっか。そんなにするの?」


「ははは、収穫期の前だから、あんまり手に入らないんだよ! けどウチでは十分熟したのを厳選してるから、味は保証するぜ!」


「エアリアルは? 出なかったの?」


「エアリアル? ああ、出たけど大したことなかったぜ! あいつら口が小さいから食べても2、3個だよ!」


 サイモンは、違和感の正体に気づいた。

 冒険者ギルドに依頼が出されていたはずの『エアリアル』。

 なぜか、その存在が消滅してしまっている。


「それより、アジの塩焼きはどうだい!」


「ああ、また昼に来るから、取っといてくれ」


 昼飯の買い付けを約束したサイモンは、考えながら雑踏を歩き続けた。


 エアリアルは、このループが始まるより前の日に、果樹園を荒らしていた。

 それで冒険者ギルドに討伐依頼が出されていたはずだ。

 それを前回のループで、ブルーアイコンの冒険者たちが退治した。

 ブルーアイコンの冒険者たちは、なぜか繰り返しのループから外れている。

 ひょっとすると、ループしているのはこの村の近辺だけなのかもしれないが。

 それで、彼らに退治されたエアリアルも今回は復活していないのかもしれない。


 だが、それで被害にあった果樹園が元通りに復活するのは、道理にあわない。


 もしも、村人たちが今日一日をずっとループしているだけなら、さらにもう1日過去にさかのぼって、エアリアルの被害そのものがなかった事になってしまっている。


「一体、あいつらは何をやったんだ……?」


 ブルーアイコンの冒険者たちの言葉を思い返す。

 ただの変な連中だと思っていたが、恐らく、そうではないのだ。


 彼らは『渡り人』、普通の冒険者ではない。

 きっと彼らの言動の中に、なにか重要なヒントが隠されている。

 そう考えたサイモンは、昨日の会話を頭の中でずっと思い返していた。


 メニューの開き方、知ってる?


 そう言えば、女戦士がサイモンに何かのやり方を教えてくれようとしていた。


 メニュー……。


 サイモンは、右手の人差し指と中指を揃えて立て、顔の高さまで持ち上げ、すっと横に動かしてみた。


 すると突然、雑踏の音が、すうっと遠ざかった気がした。


 次の瞬間、サイモンの視界にあったあらゆる物から色が失われ、粘土細工のような不気味な形になってしまった。


(……なんだ!?)


 四角形のガラスのような板がサイモンを取り囲むように浮かんだ。

 板の表面には、白い文字が描かれている。

 サイモンは、文字が読めない。


(……なんだ、これは……!? やめろ、消えろ!)


 サイモンが手を振り払うと、板はどこかに消え去った。

 世界は元の色彩を取り戻し、雑踏のざわめきがサイモンの耳に届いた。


 人々は、いつも通りの日常を送りながら歩いている。

 サイモンが、いましがた自分の身に起こった出来事を理解するのに、そう時間はかからなかった。


 どうやら、これがブルーアイコンの秘密らしい。

 彼らにたどり着くためには、サイモンは、このメニューとやらを攻略しなければならないみたいだ。


 ***


 門番であるサイモンには、仕事をしながらメニューをいじる時間は山ほどあった。

 メニューは、開こうと思えばすぐに開くことが出来る。


『アイテム』という項目を開くと、現在サイモンが持っているアイテムを確認することが出来た。


 アイテムを地面に落とすと、そのアイテムの名称が一覧から消える。拾うと出てくる。

 サイモンは文字が読めないので、アイテムを捨てたり拾ったりして、どの文字がどのアイテムの名前をあらわすのか、ひとつひとつ確認していった。


『ステータス』という項目を開くと、サイモンの名前と共に、パラメーターが現れる。

 なんとなく意味は推察することができたが、サイモンはまだ数字を読むことが出来ないので、読むのは諦めた。


『設定』という項目を開いた。サイモンの視界に現れるメニューの色合いや質感を様々に変えることができるみたいだった。

 そのうち『フィールド視界設定』という項目があったため、色々触ってみる。


 ……おお。


 そのうち、サイモンの目に映っていたアイコンの隣に、白い文字が浮かび上がるようになった。

 アイテムや草木の名称まで浮かび上がって、視界が文字で埋め尽くされそうになる。

 アイコンの情報量が設定できるらしい。度数をいじって、適切な多さに変えた。


『フィールド視界設定は、フィールドの移動中にもショートカットで直接変更することができます』


 という図入りの解説まで浮かんできた。

 なかなか親切なようだ。


 やがて、乗合馬車がやってくる時刻になって、サイモンはメニューを閉じた。


 御者を真っ直ぐ見ると、彼のホワイトアイコンの隣にも、文字が浮かび上がっているのが見える。

 おそらく、それは御者の名前だろう。

 サイモンも知っている名前だったので、どういう字を書くのか覚えるために、視界レコードを撮った。


 視界レコードは、見たままの風景を記録し、好きな時にメニューから呼び出せる機能だ。これもメニュー内にあった。


 馬車の中をのぞくと、5、6名のホワイトアイコンと、その名前も浮かんだ。

 サイモンは、それらも記録してから、馬車を通した。


「なるほど……これは使えるかもしれないぞ」


 そう呟いたサイモンは、丘の上に歩み寄っていった。

 例のごとく、山の中腹で野営をしている国王軍の姿を見晴らすことが出来る。


 名前を見て『国王軍』などと出るとは思えないが。


 ……もしも、本当に国王軍なら、サイモンが名前を知っている奴がいるかもしれない。


 前線にいたサイモンとここにいる連中では、部隊がまるで違うだろうが、かつての仲間が異動してくる可能性もある。

 それに、サイモンも上官の名前ぐらいは聞いたことがある。

 もし、この中にその名前がひとつでもあれば、盗賊の可能性はほぼなくなるはずだ。


 ホワイトアイコンの隣に浮かぶ、白い文字をひとつひとつ目で追った。

 奇妙な事に、それらの名称は、全部統一されているように見えた。

 妙な気がしつつも、サイモンはその発音を推察してみる。


「おう……こく……へい……?」


『王国兵』と読めた。

 どうやら、名前は浮かび上がらないみたいだ。

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