第11話 AIの本領発揮

 しばらく、『王国兵』の名称が浮かぶ野営地の様子をうかがっていたが、どうやらサイモンの知りたかった名前は見えてこない様子だった。


 いぶかりながらも村に戻って、市場で商人たちの顔を見たが、商人たちの頭上にも『商人』と読める名称が浮かんでいる。

 ひょっとすると、名前を知らない人間の名前は浮かばないのかもしれない。


「おっさん、名前なんていうの?」


「俺? アッドスっていうんだ。なんだよ番兵さん、俺はまっとうな商売をしてるだけだぜ? 別に何もやましい事はしてないぞ?」


 サバの塩焼きを買うついでに聞いてみたら、サイモンが門番の恰好をしているので、ちょっと警戒されてしまった。


 商人の頭上のホワイトアイコンに併記されていた『商人』の名称が形を変える。

 異国の名前みたいなので、それを解読するのは苦労したが、村人たちの名前をレコードした映像と照らし合わせて、『アッドス』と読むのだろうと分かった。


「つまり、あの国王軍の中に、『俺が名前を知っている奴はいない』ってことか……」


 それが分かれば上々だろう。

 道端でサバの塩焼きとセンベイをほおばりながら、サイモンは色々と考察した。

 このメニュー機能、使いこなせばもっと色々な事ができそうな気がする。

 だが、あまり頼りすぎるのも危険な気がした。


「『国王軍』の恰好をしている盗賊の正体まで見破ってくれる……と考えていいんだろうか?」


 これに燗してはブルーアイコンの冒険者たちが詳しいのだろうが、一度聞いてみないといけない。


 フィールド視界表示の設定をいろいろいじっていると、『マップ』が表示された。

 これは、この村の詳細な地図だ。


『マップは半透明な状態にして、いつでも視界の隅に表示できるように設定できます』

 という解説も入った。


 驚くべきことに、サイモンの現在地や、村人たちのアイコンの位置が、地図の上に表示され、どこに誰がいるのかまるわかりだった。


 ――いや、あいつらヤバくないか?


 こんな能力を持っていたら、人の目をかいくぐって犯罪がし放題ではないか。

 悪用していたら大変なところだった。


 さらに、視界の隅に、刻一刻と表示を変えていく文字があった。

 サイモンがはじめて見る『数字』である。


「なんだろ、これ……?」


 目を閉じても、開いていても、同じ間隔でどんどん変化していく。

 無論、サイモンは初めて見るものだったが、どこかで見たような気もする。


 ちょっとメニュー画面を戻って、サイモンのステータス画面にも、同じ『数字』が浮かんでいるのが見えた。


 恐らく、数字だろう。噂には聞いたことがある。

 むむむ、とにらめっこをして、読解しようと試みるサイモン。

 学のないサイモンも、数の数え方ぐらいは分かる。

 買い物をするときには、お金の概念が必要なのだ。


 この数字が、何かの大きさをあらわしているのだ、というのは直感で分かる。


 サイモンが武器の短槍を手放すと、その数値ががくっと下がるので、『攻撃力』だ。


「なるほど、こうすれば分かるのか」


 ちょっと市場の中をうろついて、色々な装備品を試着してみる。

 盾を装備して『防御力』、魔法効果のあるお守りを身に着けて『魔法防御力』、疲れにくいブーツを身に着けて『機動力』。

 ちょっと山の方に向かって、モンスターと戦って、傷ついたら減るので『体力』、スキルを使ったら減って、一定時間たったら回復するので『スキルポイント』。


 相当な時間がかかったが、村のあちこちで得られた情報とつなぎ合わせて、サイモンは自分のステータスをだいたい理解した。


 サイモン/ヘカタン村の門番

 レベル 23

 体力 110/210

 スキルポイント 30/80

 戦闘スタイル:ランサー 階梯8


【攻撃力】9800

【防御力】6800

【精神力】570

【機動力】780

【ラック】640


 ???? 566788 ???? 567


 後半には、まだ読解できない部分もあるが、これはブルーアイコンの冒険者たちに聞こう。


 サイモンの記憶によれば、冒険者たちは、何やらこそこそ相談しあっているときに、「明日なら大丈夫」という風な事を言っていた。


 明日、すなわち今日だ。


 サイモンは、彼らと出会った門の前に戻った。

 いつでも来い、という心構えで。

 むしろ、早く来て欲しい、という気持ちもあった。


 聞きたい事が山ほどある。

 お前ら、こんなヤバイ技術を持っていたのか?

 どうして悪用しないんだ?

 俺のステータスはこうだった、お前らのステータスはどんな感じなんだ?

 チャットってどうするんだ?

 この59の次に00になる数字はいったい何なんだ?

 他にメニューを使ってできる事はないのか?


 待っている間も、サイモンはメニューを触って、いろいろな事を確かめていた。


 最初は読めなかったが、『設定』メニューの文字の読み方を一つ一つ確認して、だいたい読めるようになった。

 そして、一番最後の部分に、見慣れぬ文字が浮かんでいるのが見える。


『ログアウト』


 読み方は分かるが、何を意味しているのかまでは、まったく理解できない謎めいた言葉だった。

 サイモンは、それを押すために、指をそっと伸ばした。


 ぽーん、と音がして、説明の小さな板が目の前に浮かんだ。


『ゲームを中断して、ログアウトしますか? はい/いいえ』


 ……これを押したら、どうなるんだろう?


 サイモンは、好奇心に押され、『はい』の方に指を伸ばしかけた。

 だが、考えを改め、『いいえ』の方を押した。


 危ない、危ない、と、ぶんぶん、首を振る。


 ……これから冒険者たちに会うっていうのに、いまから設定を下手にいじって、元に戻せなくなったらどうするんだ?


 設定の中には、『音量設定』というのもあって、何の気なしに最大音量にしてしまい、会話するときに耳が大音量でえらいことになったものがあった。

 もとに戻したと思ったら、今度はぜんぜん聞こえなくなっていたり、適切な設定に戻すのは、けっこう大変なのだ。


 どんな機能かは、ブルーアイコンの冒険者たちに聞けばいいのだし、うかつに触るものではない。


 そう思って、彼らの登場を待つことにしたサイモンだった。


 ***


「来ねぇ……ぜんぜん来ねぇ……」


 夜になった。

 前回、前々回と同様に、キレイな月が出ている。


 月はまた少し欠けていて、半月になっていた。

 それでも、大型の鳥は当たり前のように出現する。


 大型の鳥の頭上には、巨大なレッドアイコンが浮かんでいる。

 鮮血のような色のアイコンは、モンスターである証だった。


 今日は、そのアイコンの隣に、名称が浮かんだ。


『巨大鳥』


「少なくとも、俺の知り合いではないわけだ」


 これだけ何度も顔を合わせているのに、いまだに名前すら知らないというのは、妙なものである。

 サイモンは、その大型の鳥に向かって、再び槍を構えた。


「さあ来い、鳥ーッ!」


 ***


 そして、サイモンは負けた。

 いつものように、気が付いたら、朝になっていた。

 サイモンは、べしゃっとその場に座り込んだ。


「来るっていったじゃないか……」


 けっきょく、その日も冒険者たちは来なかった。

 ちなみに、向こうの世界とこちらの世界では、時間の進み方が違うということを、サイモンはまだ知らない。

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