第9話 秘密の職業
サイモンは、再び門の前に立った。
冒険者たちの助けを得られなかった彼には、けっきょくこれしかやることがない。
前回と同じぐらいの時刻に、乗合馬車がやってきた。
御者が軽く手をあげて、サイモンも軽く挨拶を返す。
馬車に乗っている村人たちは、5、6名。
みな見知った顔で、特に警戒することもない。
これも前回とまったく同じだった。
乗合馬車を見送ってから、サイモンは気を引きしめた。
山の中腹を見下ろすと、ちょうど2番目のグループが野営を始めているところだった。
木々の間からは、さび色の軍旗がはためいて見える。
やはり国王軍は来ていた。
もしも、前回とまったく同じことが起きるというのなら、これから夜更けまで、誰ひとりとしてサイモンのいる門には近づかないはずだ。
サイモンも立ったまま何もしない、無意味な時間を過ごすのを避けて、何か行動を起こすべきかもしれない。
たとえば山道を降りてゆき、野営地の国王軍に直接話を聞いてみたら、どうなるのだろうか。
だが、それが本当に最善の選択なのか、確証は持てない。
ひょっとすると、前回はずっとサイモンが門で見張っていたから、誰も近づかなかっただけかもしれない。
つまり、サイモンが門を離れ、山道を降りていった瞬間、物陰に潜んでいる野盗が村に侵入する、そんな可能性は本当にないのか?
などと問われると、サイモンは首を横に振らざるを得ない。
もしも、連中が国王軍に扮した盗賊だったなら、のこのこ野営地に向かったサイモンも捕まって、村と一緒に壊滅だ。
それに、そもそもブルーアイコンの冒険者たちのように、サイモン以外にも繰り返しのルールから外れている者もいるのだ。
何が起こるか分からない以上、門番であるサイモンが、勝手に門から離れるわけにはいかない。
じれるような時間が過ぎ、やがて日が落ちた。
入れ替わりに空に昇った月を見て、サイモンはおや、と違和感を覚えた。
前回見たのは満月だった。
だが、今回は若干欠けている。
……日付がずれている?
この大陸の一般人は、月の満ち欠けで日付けを判断していた。
カレンダーのようなものは、数字が読める学者ぐらいしか持っていない。
だが、その日も月の光の中に、巨大な鳥の影が映りこんだ。
まるでその月が慣れ親しんだ籠であるかのように。
遥か遠くにある雲が小さく見えるように。
恐ろしく巨大な影だった。
「来るなら来い。こっちは、お前を何料理にするか、ずっと考えてたんだぜ……」
サイモンは、短槍を握りしめ、巨鳥を迎え撃つ準備をした。
不意に、鳥の影の中から、ちかっちかっ、と眩い光が瞬く。
サイモンは、光に目を焼かれないよう、腕でかばい、真っ直ぐに鳥の影をにらみ続けた。
「ローストチキンだッ!」
ジジッ……ジジッ……。
なにかが燃えるような音がした。
その瞬間、辺り一面が白い光に包まれ、何も見えなくなった。
そして気が付くと、サイモンは門の前に立っていた。
それはいつも通りの朝だった。
チチチ、と小鳥がさえずり、古木で遊んでいる。
ウサギがもふもふしたお尻をふりながら、のそのそと巣穴からはい出し、草原をかけていく。
青空には月も、鳥の姿もない。
サイモンは、納得したようにうなずき、槍を持っていた手を下げた。
「……そうか、そうきたか……なるほどね」
***
目覚めたサイモンは、その足でまたオーレンの家に向かった。
家の中には前回同様、シーラがいて、これから出かけようとするところだった。
「あら、サイモン! どうしたの? 朝ごはん食べてく?」
「ああ、ちょっと貰おうかな」
「じゃあ、後片付けはお願いね。ごめんね、ちょっと冒険者ギルドに行かないと」
「……なあ、シーラ」
サイモンは、シーラにもこの不可思議な現象を打ち明けようかと思った。
だが、つい先ほどまで、自分でもばかばかしいと思っていたことだった。
きっとシーラも同じ反応だろう。
そうでなくとも、逆にすっかりサイモンの言う事を信じてしまうような反応をシーラにしてもらったところで、それが何になるだろう?
不安にさせるだけではないのか、そう考えると、何も言い出せなかった。
「いや、いい。ところでお前さ、冒険者ギルドでどんなバイトをしてるんだ?」
サイモンがストレートに聞くと、シーラはぶわっと全身の毛が逆立って、まるで膨らんだように見えた。
目を限界まで見開き、唇をぷるぷる震わせて、怒りに任せて何か喚きそうだった。
きっと涙目で背後のオーレンをにらみつけたが、オーレンはぷるぷる、と首を振って否定した。
このままだと、オーレンや他の冒険者に被害が及びかねない、と思ったサイモンは、とっさに誤魔化した。
「あ、いや、実は俺、村を飛び出してから何年か、冒険者やってただろ? そのとき、お前っぽい奴を冒険者ギルドの近くで見た気がしたんだよ。ギルドで働いてるのかなって、思っただけだけど……」
まったくのデタラメだったが、なんとかウソだとバレにくいウソに仕上がった。
「みて……たの?」
サイモンは頷いた。
顔を真っ赤にしたシーラ。
へなへなとその場に座り込んでしまった。
「ふえええええええええん!」
大声をあげて泣きだしてしまった。
よほど知られたくなかったようだ。
どうしてこんなに恥ずかしがるのか、サイモンには見当もつかなかった。
「信じられない、サイモンには知られたくなかったのに……!」
「なに言ってるんだ? 冒険者ギルドで仕事してるんだったら、誇っていいことじゃないか。裏方だって、誰かがやらなきゃならない立派な仕事だ。俺もシーラに世話になってるはずだよ。恥ずかしがることじゃない」
討伐部位の管理や、解体後の汚物処理などは、誰もが嫌がる重労働だ。
人口の多い国では服役囚がさせられる刑罰の場合もある。
だが、そのお陰で冒険者ギルドはまわっているのだ。
サイモンはそう思っていたのだが、シーラは首を振って否定した。
「そうじゃないわよ、もぉー、サイモンのばかぁー!」
「違うのか? どういうことなんだ?」
シーラがまるで要点を得ないので、詳細を聞き出そうとサイモンが詰め寄ると、オーレンが、それを遮るように急に咳き込みだした。
「げ、げほっ! あーっ、げほっ! うぐぅぅっ!」
「オーレン! 大丈夫!?」
「姉さん、サイモンがいるから大丈夫、ここはサイモンに任せて、はやく行かないと馬車に間に合わないよ!」
「そ、そ、そうね……!?????」
「はやく馬車に乗って! 姉さんはトキの薬草を持ってくるんでしょ!」
「い、行ってくる!」
すっかり動転したシーラは、靴をつっかけながら玄関から出ていった。
それを見送ったオーレンは、「ふう」と言ってベッドに座り直し、コップの水をちびちび飲んだ。
「大丈夫か、オーレン」
「最悪だね。これで今日の発作は3回目だよ。せっかく2回で済んだと思ったのにさ」
2回と3回の違いはよく分からないが、それでも心なしか、オーレンは若干しんどそうにしていた。
コップの端で唇を濡らしながら、オーレンは呟くように言った。
「ねぇ、サイモン。たとえ姉さんがギルドでどんな仕事をしていても、サイモンの知っている姉さんはウソじゃないよ。だから姉さんの事を、大切にしてあげてね?」
時おり、オーレンは遺言にも聞こえるお願いをしてくることがある。
サイモンは、またしても答えにつまってしまったのだった。
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