第8話 冒険者とAI

 サイモンは、ひとまずブルーアイコンの冒険者たちを自宅に招き入れた。

 門のすぐ近くにある狭い小屋が、サイモンの寝泊まりする家だ。


 普段は滅多に使わないのだが、応接用のテーブルと椅子が備え付けてあった。

 よそ者をむやみに奥まで入れないため、ここで応対できるように村長が手配したのだ。


「折り入って話したい事がある」


 と前置きをし、彼はこれから何が起きるのかソワソワしている冒険者たちに打ち明けた。

 冒険者たちは、落ち着かない様子でサイモンの話を聞いていた。


「おお、これは本格的に特殊イベントに入るっぽいぞ……」


「なに、なに? 俺たち、また何かやっちゃいましたか?」


「静かに。話を聞こう」


「俺はついこの間……夢を見たんだ。おかしな夢を」


 サイモンは、彼の経験した夢の内容を、冒険者たちに打ち明けた。

 こくり、と冒険者たちはうなずいた。


 夢のはずだが、とても夢だとは思えない出来事だった。

 国王軍が、山の途中で野営をしていた。

 夜まで見張っていると、空に見たこともない巨大な鳥が現れ、気が付いたら朝の時点に戻っていた。


 さらに、国王軍もどこかに消えてしまっていた。

 ただの夢かと思ったが、先ほど、また麓から山を登ってこようとしている姿が確認できた。

 人数もほぼ同じ、おそらく国王軍だろう。


 村人たちも、昨日のことが何もなかったかのように振舞っている。

 だが、サイモンは違った。

 そして、目の前の冒険者たちも。


「唯一、昨日の事を覚えているのは、お前たちだけなんだ」


「…………」


「お前たちは、覚えているよな? 昨日の事を。俺が気を失っている間、昨日の夜に、何が起こったか、お前たちは知っているか?」


 冒険者たちは、それぞれに言葉を失い、ぽかんとした表情を浮かべていた。

 魔法使いは、ずり落ちたメガネを持ち上げながら、ぽつりとつぶやいた。


「それって、『リスポーン』なんじゃ……おぶっ」


 女戦士が、肘で脇腹を勢いよく突いた。

 脇腹の痛みに困惑する魔法使いを、リーダーが、険しい表情でいさめた。


「そんな訳がないだろ。出禁にするぞ、そういうことを言ったら」


「わ、わかったってば……」


「『リスポーン』とは?」


「ああ、ごめん、何でもない、こっちの話だ」


 リーダーは、なにか自分の中でほかの考えをまとめようとしているように見えた。

 すでにそれらしきストーリーはあるのだが、新たに別のストーリーを一から組み立てようとしているような、そんな顔つきだ。

 やがて、彼は慎重にサイモンに言った。


「つまり村人たちが、同じ1日をループさせられているってことかもしれない……何者かの魔法によって」


「なにか心当たりはあるのか?」


「何もわからない……俺たちは、エアリアルを狩るために山の中にいたが、その間に村で何が起こったのかは、ほとんど何も知らないんだ。サイモンは、何か知っているのか?」


 うんうん、と女戦士は頷いていた。

 魔法使いは、不服そうな顔をしていたが、反論はしてこない。

 サイモンは、当てが外れた、といった風に肩を落とした。


「そうか……そうだよな、悪かった……ここは魔の山だからな、何が起こるか分からない」


 そう、ここにいるのは、まったく同じ異様な出来事に巻き込まれた者たち。

 冒険者も、サイモンと同じ被害者にすぎないのだ。

 なぜ彼らなら答えを知っている、などと思ったのだろう、と、サイモンは自問していた。


「なあ、俺はこれからどうしたらいいと思う?」


「えうッ!? ど、どうしたらって? ……そうだな」


 リーダーは、声をひっくり返しながらも、なんとか言葉を繋いだ。


「ちょっと、作戦タイムいいか?」


 冒険者たちは頭を突き合わせ、なにやら相談をしはじめた。


「魔法使い、ルートたのむ」


「D10以上、サイモンを仲間にする、D9以下、サイモンと別れる」


「だよな、その方向しかないよな、これ」


 未知のイベントだの、公式のタイムスケジュールだのといった、サイモンには理解できない単語で話し合いを進めている。

 謎の多い連中だったが、他に頼れるものもいないサイモンは、じっと待っていた。

 やがてリーダーは、振り返って言った。


「よし……サイモン、俺たちも一緒に門を見張っていよう。いったい何が起こるか、この目で確かめるんだ。みんな、異存はないか?」


「おお!」


「ええっ、ちょっと待って、このまま連続で次のイベントに行っちゃうの? 私この後ムリなんだけど?」


 女戦士が、慌てて話を遮った。

 他の者たちは、勢いを削がれて前につんのめった。


「おいおい、なんだよノリが悪いなぁ」


「だって、カビゴンと約束してるんだもの。わたし9時半には寝なきゃ」


「なんだそれ可愛いかよ」


「まあ、約束があるなら仕方ない。すまん、サイモン。もう一回作戦タイムだ」


 ふたたび、冒険者たちは頭を突き合わせ、相談をはじめた。

 明日? 明日ならオーケー? などという声が漏れ聞こえて、今日はけっきょく何もしてくれなさそうな雰囲気を、サイモンはひしひしと感じ取っていた。


 冒険者たちは、ようやく話がまとまって、サイモンと向き合った。


「村に何かが起ころうとしているのは間違いないだろう。同じ1日をループしているだけなら、害はないかもしれない。だからサイモン、このまま村を見張り続けてくれないか?」


「お前たちは、どうするんだ?」


「俺たちは、一旦『元の世界』に戻らないといけないんだ」


「そうか……」


 彼らブルーアイコンは、サイモンとは異なる異世界からの来訪者、『渡り人』だ。

 どういった事情があるのかは分からないが、彼らが元の世界に戻るのを妨げてはならない、という『伝承』があった。


 女戦士は、心配そうな顔をして、サイモンの手を握った。


「ごめんね、なるべく早く、戻ってくるから」


「サイモン、また何か気づいたら、俺たちに連絡をくれないか?」


「連絡か? 俺は一日中、門の前にいるから……」


「チャットとか、できない?」


「チャット?」


「こう、指を立ててみて。ほら、メニューを開いて」


 女戦士が、なにやらサイモンの手を動かして、ジェスチャーをさせようとするが、サイモンは戸惑うばかりだった。

 リーダーがそれを止めさせた。


「だめだよ、メニューを開けるのはプレイヤーアカウントだけだ」


「うーん、そうか、メニューが開けないなら無理ね……また来るから、待ってて」


 などと言って、冒険者たちは立ち上がり、次々とサイモンの前から去っていったのだった。


 冒険者たちが去ってからも、サイモンはしばらく立ち上がることができなかった。


 ……どうして無理にでも力を貸して欲しいと言えなかったのだろう。

 すぐそこに危機が迫っているというのに。


 悔やんだところで、彼にはどうすることもできない。

 これからやるべき事はひとつだけ。

 サイモンは、けっきょく一人で村を守らなければならないのだ。

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