第3話 冒険者たちの打算と妥協
エアリアルは、イタチのようなモンスターだ。
風属性を持っていて、土属性の魔法か、さもなくばボウガンが武器として有効である。
となると、冒険者たちが火属性の武具を買おうとしているのは、別の理由からだ。
おそらく、エアリアルに到達する前の雑魚モンスターで苦戦しているのだろう。
曲がりなりにも、ここは魔の山だ。
やはり初心者には荷が重かったかもしれない。
魔の山の推奨ランクはC以上だ。
冒険者ギルドが、どうしてFランクの彼らを送り出したのか。
そのあたりのことは、ただの門番であるサイモンにはよく分からない。
しかも、冒険者は装備も自前で調達しなくてはならない。
経済的にも大変だろう。
「うへぇ、炎低減の盾って、防御力が5も下がるのか……悩むなぁ」
「え? 魔の山の攻略に必要なんでしょ? いーじゃん、ぱぱっと買っちゃおうよ!」
「あのねぇ……ダメダメ、フツーにダメだよ。まったく、お前は今までどんなゲームやってきたんだ?」
「え? だって魔の山の敵って、炎属性ばっかりでしょ? 炎攻撃が防げないと、そもそもキツイって話だったじゃない!」
「ああ、『今回の敵』はな……次はこれを装備して楽に戦えるようなクエストが来るかわからないだろ?」
「大丈夫だって! 見た感じ、他のクエストも炎属性ばっかだったし! 全然イケる!」
「ちがうよ女戦士、それはただの夏イベだよ」
「夏……イベ……?」
リーダーの放った言葉は、軽薄そうな響きをしているくせに、やたらと重みを帯びていた。
分析好きの魔法使いの男も、同意するように、うんうん、と頷いた。
「夏は季節感だすために、海に関連するイベントが多くなるんだよ。これはどんなソシャゲでも同じことで、水着キャラを出したり、海水浴イベントを出したりするのは定石だ。つまり運営の思惑としては、水属性のアイテムを売りに出したいわけだから、必然的にモンスターはそれが弱点となる火属性が多くなる傾向にあるんだ。だが、次の期間アップデートで、そろそろ秋に変わる。秋は魔の山以外の別のステージが解放されて、恐らく、風属性や土属性が増えてくるだろう。このときは火属性の敵もまだいるだろうが、その次の冬イベには夏の反動でまったくと言っていいほど姿を現さなくなる。代わりにハロウィンやクリスマスに関連するイベントが増えるから、光属性と闇属性が増えて……」
「分析オタキモい! とりあえず、火属性は減るのよね? 次の期間アップデートっていつよ?」
「土曜だよ。冒険者ギルドのクエストは早い者勝ちだ、他のプレイヤーとの取り合いになったら、俺たちに勝ち目はない」
「つまり、この盾、来年までおあずけってこと?」
「その方が効率がいいって話だが、それも気の長い話だな。……来年になったら俺たちのレベルが上がってるだろ? こんな低レベルな盾、使い物にならなくなってるだろうな。レベルに合った盾を新しく買わなきゃならない……スパイラルだ……」
「えー。じゃあ、けっきょく今回の依頼はどうするのよ!」
「今回の依頼は、断念しよう。途中棄権するんだ。運が悪かったと思ってさ」
「そうそう、次のステージに期待しよう。ちょっと難易度高めだったし。そもそもFランクで挑戦できるクエストじゃないし?」
「ちょっと舐めてたかも」
「嫌だよ私、そういうの!」
女戦士が、声を張り上げた。
なにやらパーティの空気が悪くなっている様子で、すぐに去るつもりだったサイモンも思わず立ち聞きしてしまう。
相変わらずブルーアイコン達の言葉は理解できないが、サイモンにも女戦士が必死になっているのが分かった。
「私さ、そういうの嫌なんだけど? ちょっとその気になれば出来ることなのに、盾を買うのが嫌だからって諦めちゃうわけ? それってこの世界の人たちに失礼じゃない?」
「え、ど、どうしたのさ、女戦士? ……急にこの世界の人たちに感情移入するようになったの?」
女戦士は、手にビワの実を持っていた。
どうやら、彼らもどこかの屋台で買わされ、エアリアルの被害がある事を知ったのだろう。
「言ったよね、このゲームは、イベントも自動生成するんだって。つまりこれ、この世界に困っている人がいて、その人が依頼を出してるってことだよ? そういうゲームなんだよ、これ」
つい先ほどの傍若無人な様とは、まるで違う言葉に、他のメンバーたちは少々困惑していた。
魔法使いは、何やら言いにくそうに頭をかいて、ぽつりと言った。
「でもさ、たかがゲームだろ?」
サイモンには、なぜか魔法使いのその言葉が強く印象に残った。
どうやらそれは、ブルーアイコンにとって言ってはいけない事だったらしい。
女戦士もリーダーも、一瞬黙った。
けれど、ほんの一瞬だった。
「おまっ……! この世界で一番言っちゃいけないことを……! これがいつものTRPGだったら出禁にしてやるところだぞ!」
温和なリーダーが珍しく度を失って怒っていた。
びしっと、女戦士は魔法使いを指さし、鋭く言い返した。
「そうよゲームよ! だから、私たちが気持ちよく遊べることを重視しなきゃ意味がないでしょ! ちまちま効率を上げたり、手を抜いてダラダラしたり、そういうの鬱陶しいからリアルだけでやってなさいよ! 真剣にゲームで遊んでる時にふざけないで!」
「う、ご、ごめん、確かに……クエストを棄権してもペナルティはないけど、あんまりいい気分ではないよね」
「それに、そういう無法者みたいなプレイを繰り返していると、NPCの対応が悪くなるらしいって。……さっきXで言ってた。やっぱあると思うわ」
「何が」
「『心』だよ」
「おいマジか、恐いな」
冒険者たちは、互いにうん、うん、と頷き交わして、お互いの意志を確認しあっていた。
サイモンには何を言っているのか聞き取れなかったが、それから2、3語かわしたあと、炎の盾を持って、隣に座っている商人に声をかけていた。
「これ……ください……」
買うことになったようだ。
女戦士は、いまから興奮が抑えられないといった顔で、ため息をつく魔法使いの肩をバンバン叩いていた。
「そうでなくっちゃ! いくよ! エアリアル討伐に!」
「待って、お金払うから」
ちなみに、ブルーアイコンは物を売り買いするとき、財布からお金を出さない。
リーダーが商人に向かって指を動かす不思議なお祈りをすると、じゃららっと硬貨が散らばった。
商人は枚数を数えているが、たいていぴったりの金額である。
それでブルーアイコンの売買は完了するのだった。
返す返すも、変な連中だった。
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