第2話 ヘカタンの村市場

「さてと、そろそろ昼か……」


 サイモンは、このヘカタン村で唯一の門番だ。

 この山奥の村で、彼の代わりに門番をやれるような若者がいないので、仕方なくやっている。


 と言っても、一日中ずっと門の前に立っている訳ではなかった。


 ススキがふわふわ波打つ草原をちょっと行った先、丘の上に立つとそこから先は崖になっていて、はるか下方の山林を見晴らすことができた。


 村の名前にもなった『ヘカタン』とは、かつてこの世界を席巻していたなんちゃらとかいう帝国の言葉で『山の六合目』を意味するそうだ。詳しい事はサイモンもよく知らない。もう滅びた国の事など、彼は興味がない。


 サイモンが眼下を覗くと、港町からヘカタンまで続く細い道が、うねうねと続いて見えた。

 緑の山間には、白い三角形のアイコンがぽつぽつと浮かんで見える。


 山を登ってきている者たちのホワイトアイコンは、ここから一望することができた。

 うろうろしている赤いアイコンは、モンスターのレッドアイコンだ。

 どうやら2つほどのグループが登ってきているのがうかがえる。


「片方は、あと3時間。もう片方は……明日になるかな」


 先任の門番から教わった技術だったが、サイモンももはや慣れたものである。

 誰がいつごろ到着するか、だいたい目分量で分かるようになっていた。


 山を登ってくる連中さえわかれば、降りてくる連中は放っておいても構わない。

 彼らは一度サイモンと顔を合わせているし、とくに注意しなければいけない人物もいなかったはずだ。


 そうなると、3時間もずっと門の前にいる必要があまりない。

 鳴り始めたお腹を押さえながら、門を開けて村に入っていった。


 料理店も何もないが、村の中央には唯一の市場がある。

 火の魔法石を求めて山に来た者たちが、こんな田舎では必要なものが何も揃わないではないか、と嘆いていると聞いて、村長が山のあちこちの村に呼びかけてできた市場らしい。


 主に手に入るのは、登山をする者にとっては必需品となる装備一式、それをメンテナンスするための革や石やロウ。

 それに、なんといっても食糧だ。


 カートにいっぱいの果物を眺めて、サイモンは甘い香りのバントウを何個か掴んだ。


「これ、いくら?」


「はいよ! 10個で20ヘカタールね!」


「やっす。そんなに食べたら口の中が酸味でごわごわになっちまうよ?」


「今日は10個セットでしか売ってないよ! ほら持ってきな!」


「なんだ、今日はなんでそんなに値崩れしてんの?」


「エアリアルが出たんだよ!」


「エアリアル? あいつら小さいから食っても1、2個だろ?」


「食うんじゃねぇよ! ナワバリ争いで大げんかして、ウチの木に成ってる実をぜんぶ落としやがった! 本当に腹の立つイタチだよ、まったく!」


 果物売りのオヤジはカンカンに怒って、頭上のホワイトアイコンが見えなくなるほど頭から湯気を出していた。


 山の斜面を利用した果樹園があるのは、ヘカタンから少し山の方に進んだクインタ村だ。

 そこは毎年のようにモンスターの被害に遭っている。

 なので食べられてもいいよう、離れた山に別の作物を作ったり、余分に作って備えをしていたはずだったが、ぜんぶ落とされるというのは想定していなかっただろう。

 

 そういえば、今朝あった冒険者たちも、エアリアルの討伐依頼を受けてやってきたと言っていた。

 おおかた、昨日のうちに村長が冒険者ギルドまで速達で依頼書を出してくれたのだろう。

 その依頼書を見て彼らは来たのだ。


 ……本当に、大丈夫だろうか?

 Fランクの初心者パーティだったし、はっきり言って、頼りになりそうな連中ではなかった。


「ありがとう、おっさん。というか、こんなに一気に売ってどうすんの。ドライフルーツとかジャムにしたりしないの? もったいない」


「他の屋台の連中に聞いてくれよ! みんな早く売りさばいて家にまだ山のように残っているぶんをジャムにしたいんだよ! 売れたお金でビンとか大量に買って帰るつもりなの!」


「競争原理が働いてるのか。わかった、邪魔して悪かったな」


 こんな感じで、食料の供給が不安定なのもあって、平和なこのヘカタンにも食堂や料理店はなかった。

 魔の山に住んでいる以上、直接的ではなくてもモンスターの被害に悩まされるのは避けられないのだ。


「うーん、落ち着いて食べられる店があったらいいのになぁ……」


 サイモンが一日に食事を取れる場所は限られている。

 いつも市場で適当にリンゴを買ってすませているか、さもなくば、友人の家に転がり込んでご飯をご馳走になるかだった。


「そうだ、この前のお礼に、何個か持っていってやろう。このスモモはいくら?」


「これも、10個で20ヘカタールね!」


「やっす。コスパ最強かよ」


 サイモンが甘い香りをさせながら市場をぶらぶら歩いていると、朝方に出会ったFランク冒険者たちの姿があった。


「お、あいつらか。……依頼はちゃんとこなせたんだろうか?」


 先ほどの事もあって、つい気になってしまった。

 遠目には分からなかったが、露店に並んだ武具を前に、真剣な顔つきをしている。


 特殊効果のついた剣と盾をにらんでいるが、一体何を悩んでいるのか。


(ん? ……どちらもエアリアル戦では必要なさそうだが)

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