200. 奪われる体

 一瞬だ。


 そう、一瞬で良い。


 オレはその一瞬の隙ができるのを待っていた。


 ヘルを倒すための一瞬。


 それがやって来た。


 ふははははっ!


 やはりオレは運が良い!


 なぜかは知らんがスルトがきてヘルが隙をみせた。


 こんな都合の良い展開、オレでなければ無理だろう。


 やはりオレは世界に愛されている。


 最後にはオレが勝つようにできているのだ!


「ニブルヘイム――」


 氷の世界ニブルヘイムが一瞬で空間を支配した。


 ふははははっ!


 最後に勝つのはオレだ。


 相手が誰であろうと、神であろうオレが勝つ!


 そういう世界にオレは生きている。


 そういうふうに世界はできている。


「――――」


 ドゴーンという爆音とともに衝撃波がやってきた。


 ヘルがニブルヘイムとムスペルヘイムを両方向から受けた。


 これにはさすがのやつでも起き上がれまい。


「ふははははっ!」


 勝った。


 手応えはあった。


 これでヘルを倒したぞ!


 ふははははっ!


 ふははははははははっ!


 ふはははははははははははははっ!


 ふははははははははははははははははははっ!


 クハハハッ!


 クハハハハハハハハハッ!


 最高だ!


 この体は最高だ!


 ……あれ?


 なんだ?


 何かがおかしい。


 違和感だ。


 なんだ、この違和感は……。


 遠く見える。


 視界が遠のいていく……。


 どういうことだ?


 感覚がおかしい。


 手足の感覚が失われていくような……奪われていくような。


 手足だけじゃない。


 すべての感覚が奪われていく。


 オレがオレでないような……。


 なにが起きてる?


 オレの体に何が起きてるんだ?


「くはははははっ! なんという素晴らしい体! オーディンすらも凌駕する、完璧な肉体だ」


 オレの口からオレの意思ではない言葉が紡がれる。


――獲物を狩るときが一番油断する。そのとおりだったな、番犬よ。


 オレがオレに語りかけてくる。


 これは……どういう状況だ?


◇ ◇ ◇


「くはははははっ! なんという素晴らしい体! オーディンすらも凌駕する、完璧な肉体だ」


 スルトは目を見開く。


「これで世界を壊すのがずいぶんと楽になった。例を言うぞ、番犬」


「お前は……この死臭……。くそっ、そういうことか」


 スルトが拳を握りながら悪態をつく。


 彼の嗅覚が目の前の人物がアークではないことを告げていた。


「アーク様!」


「アーク!」


「アーク様、ご無事ですか!?」


 遅れてマギサとルイン、そしてカミュラがやってきた。


「お主らの好きなアークはもういない。私の糧となった。私にもう死角はない」


 アークの体を奪ったことで珍しくヘルが昂揚していた。


 それもそのはず。


 最強の体を手に入れたヘルに、恐れるものは何もなかった。


 マギサが瞬時に状況を理解した。


「アーク様の体を奪ったのですね」


 アークの雰囲気が明らかに違う。


 そしてなにより、アークの体から死の気配が漂ってきていた。


「この体で世界を滅ぼす。オーディンの子よ、どうだ? 最愛の男が世界を滅ぼすのはどういう気分だ?」


「アーク様が負けるはずありません」


「残念だが、この体は完全に私の制御化にある。アークは私に負けたのだよ」


「……ッ」


 マギサは唇を噛みしめる。


 アークがここまでやって倒せなかった敵を、マギサたちが倒せるはずない。


 いや、それ以前に彼女らはアークと戦えない。


 たとえそれがアークの面を被ったヘルであっても戦うことができない。


「今の私は気分が良い」


 その言葉通り、ヘルは愉快そうに笑う。


「これは慈悲だ。お主らの大好きな魔法で殺してやろう」


 ヘルはマギサたちに向けて。アークの必殺技であるニブルヘイムを放とうとした。


 だが――


「――――ッ」


 アークの・・がヘルの動きを止めた。


「なんだ? なぜお主が……」


 ヘルは手足が不自然に動く。


 まるで2つの異なる意思が宿っているかのように――。


「ああ、なんだよ。くそっ。人の体使って勝手してくれてんじゃねぇぞ、クソ野郎。オレの体はオレのもん――」


 アークがヘルに抗っていた。


 ヘルから体を奪い返そうと戦っていた。


 しかし、無理である。


 体がヘルの制御下に入った時点で、いまのアークではどうしようもなかった。


「最後まで抗うか……? だが無駄だ。すでにお主の体は私の制御下に――」


「しらねぇよ、クソ野郎。オレのもんを奪うってなら容赦はしねぇ。死んでも貴様を殺してやる」


 アークは体を奪われ絶望できない状況であると言うに、不敵な笑みを浮かべながらヘルを挑発するのであった。

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