182. マギサは殺めない

 予想も準備もできたとして、行動に移すのには時間を要する。


 それが覚悟の差というのなら、マギサはどれほどの覚悟が必要なのだろうか?


 原作、最後の戦い。


 ヘルとの最終決戦。


 原作で生き残っていたのはマギサとスルトの二人だけ。


 それに対し、この世界ではアークをはじめとし、ルインやカミュラ、干支がいる。


 マーリンとシュランゲは参加できないが、戦力としては十分だ。


 闇の手も総戦力である。


 その中には当然、ナンバーズもいる。


 ナンバーズの上位陣はいないものの、それでも厄介な敵であることに間違いない。


 マギサは緊張のあまり喉がカラカラした。


 ごくんと唾を飲み込む。


「――――」


 最初に動いたのは、やはりアークだった。


 遅れてカミュラが動き出し、それにつられてマギサも動き出した。


 一瞬でも行動が遅れてしまったことに、マギサは顔を歪ませた。


 とはいえ、それは致命的なものではない。


 どちらかというと、この戦いにおいてマギサの致命的弱点は彼女の信念にあった。


 マギサは人を殺めない。


 殺さないように倒していく。


 こんな戦場で殺さずを貫くことは簡単ではない。


 それでもマギサには譲れないことであった。


 たとえそれが戦争の場においてでも、彼女は人を殺めることはしない。


「――――」


 神級魔法を使い、ゴーレムを作り出していく。


 限りになく人間に近いゴーレムを作り出せるマギサだが、今回の場合、そこまでの精度は不要だ。


 そもそも人間に近いものを作り出してしまうことに、マギサは抵抗感を覚えている。


 それは果たして人間とどう違うのか?


 考えれば沼にハマるような問いであり、今すぐに答えはでない。


 あえてゴーレムを、ゴーレムとわかるような形で作り出す。


 アークに似せて作られたゴーレムソードマンを筆頭に、生成されたゴーレムたちが敵をなぎ倒していく。


 戦いは激しさを増していく。


 敵味方が入り乱れる中、マギサは仲間と分断されてしまった。


 そして気がつくと――


「ここは……」


 マギサは城の中にいた。


 広いホールのような場所だ。


 パーティーなどに使われる部屋だろう。


 しかし、埃を被り塗装が剥げているこの部屋に華やかさはなく、むしろ不気味さを覚えた。


――ガタッ。


 マギサはビクッと肩を揺らし、即座にゴーレムで周りを固めた。


「マギサ様」


 ルインがいた。


「ルイン様……」


 ほっと胸をなでおろすマギサ。


 ゴーレムに囲まれていても一人なのに変わらない。


 人間の味方がいるだけで安心するものだ。


 それもルインならなおさら。


 だから――


「なぜ本気じゃない?」


「え?」


 まさかこの場でルインに睨まれるとは思ってもいなかった。


「私たちはいま戦争をしています。

マギサ様は王女だ。だから自らの手を汚す必要はない。そういうことですか?」


「え……いや、なにを……?」


「人を殺さないようにしてる」


 そのとおりだ。


 マギサは人を殺めない。


「マギサ様の信念は理解している。でもそれは、今ここで貫くこと?」


 マギサは正義を問われていた。


 なぜ人を殺めないのか?


 それはマギサが自分の力を、人を生かすために使いたいからだ。


 人を生かすことができる力を手に入れた。


 その力で人を殺してしまっては、マギサの信念が崩れてしまう。


 王族としての正しいあり方を求めてきた。


 今でも正しさが何なのかわからなくなるときがある。


 それでも間違っていると思っていることはしたくなかった。


 ルインの言い分も理解していた。


 この重要な局面で貫くほどの正義なのだろうか?


 その答えは、イエスだ。


「やめましょう。ここで言い争っても意味がありません」


 マギサはルインの問いに答えない。


「わかった」


 別にルインとて言い争いがしたいわけじゃない。


 少し気が立っているだけだ。


 こんな状況だから仕方ない。


 と、そのときだ。


「……あぎあうけれど、ごろさなくじゃ」


 奇妙な形の生物が現れた。


「魔物……っ」


 ルインが声を上げる。


「違う」


 マギサは首を振った。


 そう、それは魔物にみえるが魔物じゃない。


 キメラ。


 干支になれなかった者たち、キメラ実験の成れ果て。


 悲しき過去の産物。


 救われなかった者たち。


 ひとり・・・・じゃない。


 群れだ。


 キメラの成れ果ての群れ。


 アークであってもすべてを救えるわけじゃない。


 ハゲノー子爵も死にイカロスもいなくなり、研究員もいなくなったはず。


 それではなぜキメラの成れ果てがいるのか?


 理由はわからない。


「ニライ――」


 黄泉の国に導いてあげることがキメラを救うことにつながる。


 ルインはそう考え、迷わず魔法を放とうとしたが、


「ルイン!」


 マギサにとって彼女らは敵ではない。


 救うべき者たちなのだ。


 マギサなら救うことができる。


 彼女はとっさにゴーレムを使って、ルインの動きを封じた。


「なっ!?」


 ルインは驚愕に目を丸くする。


 まさか仲間マギサから攻撃を受けるとは思っていなかった。


「なにを――!?」


「やめてください!」


「やめて? 甘いんですよ! 死んだら終わりです! なくしたら終わりなんです!」


 ルインの苛立ちが大きくなる。


「甘くてもいい! どれだけ甘いと罵られるようが、現実が見えてないって言われようと、私には貫きたい正義があるのです。

貫かなければいけません。じゃないと……私には、何もなくなってしまう……」


「貴女は何もなくしたことがないからそんな甘いこと言えるのです!」


 ルインが叫ぶ。


 彼女はかつて酷い夢を見た。


 自分の力ですべてを壊してしまった夢、記憶。


 ヴェニスを崩壊させてしまった記憶だ。


 それはこの世界での記憶ではない。


 しかし、あのときの絶望をルインは忘れることができない。


 だからルインは失わないように動いている。


「ルイン様の、仰ることはわかります。理解もできます。

全部なんて救えません。

それでも……目の前にある命ぐらい救わせてください」


 マギサの願い。


 本来ならそれは美しいものである。


 原作のマギサも、異なる世界線のマギサも己の願いを捨ててしまった。


 この世界のマギサだけが持ち続ける願い。


 信念。


 甘いと言われようが、誰かを人々を救いたいという気持ちは変わらない。


「マギサ様。その気持ちは美しい。そして今の貴女なら……ひょっとすると本当に彼女らを救えるかもしれない。

でも、今じゃない。今じゃないんです。救うべき相手を間違えないでください」


 そういって、ルインは詠唱を放った。


――浄土の水二ライカナイ


 キメラたちが浄化されていく。


 もう人間ではない者たち。


 救われなかった者たち。


 救えたかもしれない者たち。


「お姉ちゃん……。見捨てないでくれてありがとね」


 そういってキメラにされてしまった少女が微笑んだ。


 そしてニライカナイに包まれ、消えていった。


 他のキメラも次々と消失していく。


 マギサはただそれを呆然と見ていることしかできなかった。

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