173. スルトの問いかけ

 王都に向かうにあたって、オレは一つ天才的なことを思いついた。


 そうだ人質を連れて行こう。


 くははははっ、こいつがどうなってもいいのか?


 なんて感じで敵を脅そう。


 これこそが悪徳貴族だ!


 王都を無理やりにでも開城させて、オレの要求を通そうではないか!


 さあて、誰を人質に選ぼうか?


 当然、偉いやつじゃないと意味がないよな。


 だがテュールはやめよう。


 あいつを連れて行くのはさすがに骨が折れそうだ。


 途中で逃げられたらたまったもんじゃないしな。


 だから、その次に偉そうなやつを連れていくことにした。


 ちょうどいいやつがいた。


 マーリンとかいうよぼよぼのジジイだ。


 ジジイだからどうせ逃げられはしない。


 ふははははは!


 弱者を人質に取るとは、これこそが悪徳貴族の所業!


「どうせ老い先短い貴様の命、オレが最大限使ってやろう?」


 といって、無理やり連れていくことにした。


 敗者は勝者に逆らえんのだ!


 誰もオレには逆らえんのだ!


 ふははははははははっ!


 これで準備は整った。


 ついでにスルトにも声かけとくか。


 あいつ、前の戦いでテュールを破ったらしいな。


 なかなかやるじゃないか、見直したぞ。


 この機会にうちに引き込むか。


 優秀な人材の青田買いだ!


 ふははははっ!


 というわけで、オレはスルトを勧誘した。


「貴様の力、うちで使う気はないか?」


「ちょっと考えさせてくれ」


 ん?


 思ったより反応が悪いな?


 なんでだ?


 さては貴様、ビビってるのか?


 オレは気が短いからな。


 貴様が考えてるのを待ってることなどできん!


 いざ、王都へ!


 出発だ!


 ふはははっ!


 オレに歯向かうやつは誰であろうと容赦はせん!


 だが、さすがに敵が王というのは困るな。


 そうならないように行動してきたつもりだが……さすがに悪徳貴族をしすぎたぜ。


 悪さをしすぎて目をつけられたか?


 かと言って自重する気はないがな!


 それにこのときのためにオレは周到に準備してきた!


 マギサもいるし、第一王子もこちらの味方だ。


 ふははははっ!


 王など耄碌したヨボヨボジジイだ。


 曇った目でオレの偉大さが見えないのだろう?


 それならば仕方あるまい。


 王にわからしてやるまでだ!


 オレがいかに偉大かをな!


 兵士の士気も十分だ!


 さすがはオレ。


 演説の才能もあるときたか。


 前世では、あまり人前でしゃべるのは得意じゃなかったが……環境が人を作るというのは本当のようだな。


 環境がオレを貴族にした。


 悪徳貴族の鏡として、兵士たちをこき使おうではないか!


 ふはははっ!


◇ ◇ ◇


「貴様の力、うちで使う気はないか?」


 スルトはアークにそう聞かれ、答えに窮してしまった。


 今が重要な局面ということをスルトも理解していた。


 王との衝突だけではなく、闇の手との戦いもある。


 闇の手の者たちはスルトがずっと追っていた敵だ。


 復讐の相手だ。


 これが昔のスルトなら迷わずに首を立って振っていただろう。


 一緒に行くと言っていただろう。


 だが、


「ちょっと考えさせてくれ」


 スルトは返事を保留にした。


 闇の手と戦いたくないわけじゃない。


 今でも憎き相手だと思っている。


 しかし、それ以上に守るべきものができてしまった。


 ようやくシンモラに会えたのだ。


 会ってしまったばかりに、スルトの決意は揺らいでしまっていた。


 原作では、スルトの目の前でシンモラが死ぬ。


 それによってスルトの復讐に対する決意が固くなるのだが、今は逆だ。


 死んでしまったと思っていた幼馴染が実は生きていたのだ。


 復讐よりも大事なものができてしまった。


 もう二度と会えなくなる可能性に恐怖した。


 スルトが決断を鈍らせている間に、アークたちが出発してしまった。


「アーク。お前が見ているものは何だ? ここから何が起こる?」


 スルトは知らない。


 アークが何も見ていないということを――。


「俺はどうすればいい?」


 スルトの問いかけに応えるものはいない。

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