155. 正義は我にあり

 ニーベルンゲン平原の戦い。


 アーク軍と第一軍の戦いである。


 後世で、最も有名な戦いの一つと言われている。


 アーク軍が数の不利を覆し、当時最強と謳われた第一軍を破ったこと、さらには四方から第一軍を囲った戦術はあまりにも有名だ。


 小説や劇にもされたほどの戦。


 だが、この戦いが有名になったのは他にも理由がある。


 この戦を機に第一王子・第二王女派が初めて王派を戦力で上回ることができた。


 流れが大きく変わったのだ。


 わずか半日足らずで決したこの戦いは、歴史を変える大きな戦のきっかけとなり、大国の内乱に発展していくのであった。


 アーク・ノーヤダーマを中心として歴史が動いた瞬間だった。


 だが、その当事者はというと、


「ふははははっ! 誰か知らんが、オレの領地を荒らすとは、なんと愚かな奴らだ! 成敗してやったぜ!」


 と、世の中で起きている出来事を何一つ把握していない、ただのポンコツなのであった。


◇ ◇ ◇


――胃が痛い。


 ランスロットはすぐにでも軍をやめたかった。


 もう彼には耐えられない。


 彼の胃は破裂しそうなほどに荒れ狂っていた。


 あの鬼のような形相で襲いかかってくるテュールと戦うなんて、正気の沙汰ではない。


 大戦の指揮官を任せられたときは、重圧で胃が破裂しそうだった。


 そして考えなしに発言した策が採用されたときは、トイレに真っ先に駆け込みゲロ吐いた。


 胃がすっからかんなのに胃が重かった。


 そして迎えた第一軍との戦。


 ランスロットは何も考えることができず、ただただぼーっと立つことしかできなかった。


 そして途中から立ちながら気絶していた。


 気がついたら、なぜかアーク軍が勝利していた。


 わけがわからなかった。


 相次ぐ賛辞をもらったが、ランスロットは何もしていない。


「私は何もしていない」


 といっても、謙遜だと受け取られた。


 本当に何もしていないのに……。


 ただ立ちながら失神していただけなのに……。


「さすがランスロット様。あの猛攻を受けながらも微動だにしないとは」


 意味のわからない褒め言葉をもらった。


 微動だにしなかったのは、気を失っていたからだ。


「アーク様とも阿吽の呼吸でしたね」


 はたから見れば、ランスロットはアークの動きと策を正確に読み、それに合わせた戦術を練り、テュールの猛攻に対しても毅然と立ち向かった傑物にうつる。


 特にランスロットが提案した、テュール包囲網。


 これはアークの動きを想定していなければ、テュールに突破を許し、最悪の事態を招きかねない愚策になっていた可能性が高い。


 ランスロットは図らずも、今回の戦でまた評価を高めてしまった。


 だが、悲しいことにランスロットはアークと違って脳天気な人間ではない。


 周囲の評価が高まれば、その分だけ期待され、責任も重くのしかかる。


 ランスロットは己の実力を正しく把握している。


 周囲の評価と自身の実力に大きなギャップがあることを理解している。


 自分の能力よりも遥かに高い期待を抱かれる現状に、ランスロットは耐えられなかった。


「……はやく辞めたい」


 トイレに引きこもりながら、彼は誰にも言えない悩みを、胃の中のものと一緒にぶちまけるのであった。


◇ ◇ ◇


 ふははははっ!


 戻ってきたぜ、我が家、我が城に!


 最高だ!


 久しぶりにゆっくりできるぜ!


 それにしても我軍はさすがだな!


 特にランスロット。


 オレがいない間に攻めてきた不届き者どもを、ランスロットがボコボコにしてくれた。


 やはり、やつは優秀だ。


 やつを選んだオレも超優秀というわけだ!


 ふははははっ!


 カミュラから状況を聞いた。


 不届き者はなんと、実は第一軍らしい。


 え?


 それってやばくね?


 国王軍が攻めてきたってことは、オレは王に睨まれているということらしい。


 どういうことだ?


 なぜオレが睨まれるか、さっぱりわからん。


 さすがに悪徳貴族をやりすぎたか?


 まあいい。


 こういうときのためにオレは王女に尽くしてきた。


 それにうちの妹エリザベートと第一王子は仲が良い。


 こちらには第一王子と第二王女がいるんだ!


 ふはははは!


 正義は我にあり!


 第一軍だろうが、なんだろうが構うものか!


 ぶっ飛ばしてやる!


 ふははははっ。


 とりあえず、飯をくってゆっくり風呂にでも入るか。


 めんどくさいこと考えるのはその後だ。


 いや……その前にひとつやることがあったな。

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