154. 希望を打ち砕く炎

 この戦で一番活躍したのは誰か?


 そう聞かれたら、おそらく多くの者がこう答えるだろう。


 鳥の目を持つ狙撃手――バレット、と。


 彼女は遥か遠くのものを寸分の狂いもなく撃ち抜くことができる。


 この戦場においても、その力は遺憾なく発揮されていた。


 バレットは敵の指揮官を次々と撃ち抜いており、テュール陣営に多大なダメージを与えていた。


 テュールは気づいていなかったが、テュールたち騎兵隊は彼の予想以上に突出していたのだ。


 もともと突破のために動いていたため、突出するのは当然である。


 それに加えて、空からバレットがテュール軍の指揮官を撃ち抜いていた。


 彼女はテュールの騎兵隊を分断させるように騎兵隊以外を狙っており、それによって、騎兵隊とそれ以外で前進スピードに大きな差が出ていた。


 テュールの軍は、当然だが、規律正しく上からの命令が絶対である。


 軍として正しい姿が仇になり、指揮官を失った部隊は右往左往する羽目になった。


 こうしてバレットは、テュールの騎兵隊を分断させるのに一役買ったのだった。


 これによってテュール包囲網が完成。


 さらにテュールの共進アドバンスが解けたあと、彼女はテュール騎兵隊に集中して射撃を実行。


 突破を試みるテュール騎兵隊を次々と打ち抜き、動きを止めていった。


 バレットの活躍もあり、テュールたちは完全に囲まれてしまったのであった。


◇ ◇ ◇


 テュール包囲網が敷かれ、さらに腕を撃ち抜かれたテュール。


 絶望的な状況である。


 だが、ここにきてテュールは、


「がーはっはッ! これこそ戦場というものよ!」


 豪快に笑ったのだった。


 北の異民や諸侯の鎮圧など、数多くの戦場を経験してきたテュール。


 今までに危機に陥ったことは何度もあった。


 そのたびに乗り越えてきた。


 しかし、その中でも今回の危機は今までを軽く超えるものである。


 だが、それでもテュールは笑ったのだ。


 この状況を喜んでいるように見えた。


 周囲の兵もテュールのその姿に勇気づけられる。


 指揮官の気持ちが伝染していく。


「まだ勝ち筋がある」


 結局、ここを突破するしか道はないのだ。


 それがどんな困難に見えても、それしか方法がない。


 テュールの最大の強みは、共進アドバンスでもなければ戦術眼でもない。


 不屈の精神だ。


「見えたぞ。ああ、見える!」


 わずかな光をたどり、この絶望を退ける方法を見つけ出した。


 テュールは一筋の光をたどって前進していく。


 騎兵隊もテュールに続いていく。


 彼らの思いが一体となる。


 どんな窮地であろうと、テュールについていけばなんとかなる。


 盲信とも言えるほどの信頼感があった。


 共進アドバンスが発動しようしていた――。


 だが、


「――ムスペルヘイム」


 希望を打ち砕く炎がテュールたち騎兵隊に襲いかかったのだった。


◇ ◇ ◇


 スルトは原作主人公だ。


 原作では数多くの苦難に立ち向かい、それを乗り越えてきた。


 否――、乗り越えられずに絶望に追い込まれてきた。


 数々の鬱シナリオによって、数々の困難を出くわし、数々の絶望を味わってきた。


 しかし、この世界のスルトは原作とは異なる存在だ。


 原作スルトとこの世界のスルトとの決定的な差。


 それは明確であり、アークの存在だ。


 アークによってスルトは大きく変わった。


 スルトがこの世界で得たものは多く、希望であり、仲間であり、戦う力である。


 たとえば、魔力感知。


 アークに教わった力であり、スルトはこの力を使いこなしていた。


 ちなみ原作では、師事する存在がいなく魔力感知を身に着けていなかったものの、彼は天才的な嗅覚で危機を察知し生き残ってきた。


 原作の絶望シナリオで生き残れたのは、その嗅覚のおかげである。


 この世界でのスルトは、本来持つ天才的な嗅覚に加え、精度の高い魔力感知を扱えるようになっていた。


 戦場で、流れを読みという面でいえばテュールの右に出る者はいない。


 だが、そのテュールに迫るほどの嗅覚をスルトは持っていた。


 魔力感知で全体の魔力の流れを把握。


 だがノイズが多分に混じり合っており、それだけでは不十分だ。


 魔力の流れから戦場のうねりを感じ、天才的な嗅覚で戦況を読み解く。


「――ここだ」


 スルトは己の感覚に従って動いた。


 右翼の遊撃隊の一員であるスルトだが、周囲の動きに合わせていては、好機を逸し取り返しがつかない事態になってしまうと判断。


 即座に遊撃隊を抜け、単独行動に出る。


 本来の軍ならあり得ない行動。


 処罰されてもおかしくはない。


 だが、この状況でスルトの離脱を咎めるものはいない。


 スルトはまるで導かれるように、本能に従って足を動かす。


 この戦の中心地・・・・にたどり着く。


 そして、炎の剣――レーヴァテインを上段に構え、


「――ムスペルヘイム」


 勢いよく振り下ろし、テュールに向け渾身の一撃を放ったのだった。

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