151. 開戦

「ふむ……。そうきたか」


 敵の陣形とその動きを見たテュールが頷く。


「右翼、左翼から回り込み、側面からの包囲網を作ろうというわけだな」 


 中央突破を強みとするテュールと真正面から戦ったところでアーク軍の勝ち目は薄い。


 当然、そうなると側面攻撃をしかけてくることになる。


 おおよそ中央の戦線を維持しながら、いかに側面、もしくは背後に回り込む魂胆だろう。


「さて、どうするか」


 兵数でいえば第一軍に分がある。


 兵力の差を活かし、あえて敵側の左翼を潰し、敵の狙いを潰すのも悪くない。


「敵側左翼のさらに外側に回り込み、二方向から攻め入るのも良かろう」


 敵側の狙いを潰すだけでなく、片翼の包囲網を形成することで一気に優勢になる。


「それとも敵の望み通り、中央で攻め入るべきか」


 明らかに中央が狙い目であるが、同時にそれが罠だともわかる配置だ。


「まずは様子見といこう」


 最初に動いたのはテュール軍右翼。


 テュール自慢の騎兵隊がアーク軍の左翼に襲いかかる。


 アーク軍左翼はすかさず魔法で応戦し、これが開戦の合図となった。


 続いて、第一軍中央の歩兵隊が動き出し、最後に左翼が動いた。


 双方、その勢いのままぶつかりあう。


 金属同士のぶつかりあい、血しぶきが舞い、雄叫びと断末魔が戦場に轟く。


 激しい戦いが繰り広げられるものの、しばらくは戦線が硬直する。


「ふむ。中央は思った以上に硬いな」


 敵中央に配置される重装歩兵は、五千とは思えないほどの強度があった。


 その理由が装備にある。


 ガルム領は魔石の産地であり、重装歩兵の装備にも魔石が使われていた。


 普通の軍の一兵には手の届かないほどの装備が行き渡っており、兵数は少なくとも兵力としては十分なものになっていた。


 しかし、第一軍の最強の名は伊達ではない。


 徐々にアーク軍の戦列を下げていく。


 アーク軍の左翼が押し出されるように後退し、中央と左翼に小さな歪が生じる。


「我らも前進する」


 テュールが騎兵隊を操り、前に進み出た。


 テュールの前ではわずかな綻びも許されない。


 アーク軍は精強であるが、このような規模の戦をほとんどしてこなかった。


 それに対し、第一軍は反乱軍の鎮圧や北方民族の撃退など、今までに何度も戦を重ねてきた。


 差が出るのは当たり前だ。


 その僅かな戦線の乱れをテュールは見逃さない。


 騎兵隊を率い、中央突破を試みる。


 右翼の中央寄りに配置されていたテュールの騎兵隊が、アーク軍に襲いかかる。


「引くな! ここが正念場だぞっ!」


 しかし、簡単にやれるほどアーク軍は弱くはない。


 怒号と交えながら、戦列を崩さないよう応戦していた。


◇ ◇ ◇


 本陣。


 アークの両隣にはのカニンフェンととりのバレット。


「そろそろだな」


「ん? アーク様?」


 カニンフェンが呑気な声を出しながら、ちょこんと首をかしげる。


「カニンフェン、バレット。貴様の出番が来たようだ」


「んー、ようやくかー。待ちくたびれたよ」


「カニンフェンさん。ちょっと気が緩みすぎです」


「そうかな~?」


「そうですよ」


 戦場とは思えないような緩い会話をするカニンフェン。


 緊張感の欠片も見当たらない。


「手はず通りに頼む」


 アークは大して気にする素振りも見せず、二人に指示を出す。


 卯の兔。


 彼女の跳躍力は干支の中で随一だ。


 その足を使うことでノーヤダーマ城のてっぺんまで跳躍できる化け物じみた脚を持っていた。


 高く跳べることはすなわち、戦場を一望できるということ。


 だが、それだけが彼女の強みではない。


 月渡り・・・・――。


 それがカニンフェンだけが持つ、特殊な力だ。


 人間は空を飛ぶことはできない。


 しかし、カニンフェンはまるで空を飛んでるかのように空中で滞在することができた。


 彼女は扱う魔法は、空中に足場を作成するというもの。


「んじゃ、バレットちゃん。お姫様だっこね」


 カニンフェンはバレットを両腕で持ち上げ、バレットが「え、ちょ、待って!」と焦った声を出すのを無視して一気に跳躍した。


 バレットの悲鳴が響くが、戦場の音にかき消されてる。


 そして空中で停止。


「改めて、すごい魔法ですね」


 カニンフェンの周囲1メートルに空中の足場が作成される。


 空を飛ぶことはできないが、空にとどまることができるというチート級の魔法だ。


「バレットちゃんの能力のほうがヤバめだけどね。

アーク様を撃ち抜くと、マジでやばいんだけど」


 バレットにとっても、アークの腕を撃ち抜いたという事実は、何よりも栄誉なことである。


 バレットは恥ずかしそうに「ありがとう」と言う。


「んじゃ、バレットちゃん。いっちょやっちゃってよ」


「そうだね」


 バレットは魔銃を構え、どんっと音とともに地上に向けて魔弾を放った。

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