104. フルダイブ体験
燃えている。
あらゆるものが燃えている。
城が真っ赤に燃えている。
王都全体が燃え上がっていた。
空が曇っているのは、何も雲だけが原因ではないだろう。
煙によって視界が遮られる。
視界が遮られるのは、何も煙だけが原因ではないだろう。
涙によって目の前が曇って見える。
いっそのこと、雨が降れば良いものを。
そうすれば火を消してくれるというものを。
世界は残酷であった。
王都を燃え上がらせる炎は消えることなく、ただ鬱々とした雲だけが空に広がっていた。
逃げ惑う人々。
それを追う魔物たち。
死体が積み重なっていく。
やがて、その死体が魔物となってさらに人々を襲っていく。
死がまん延する世界。
地獄絵図が広がっていた。
いっそのこと、自らその命を断ってしまうほうが幸せなのであろう。
事実、生を諦め自害する者もいた。
明日に希望を持てないものが自殺をするのだという言葉があるが、この状況では明日にどころか今に希望を見出すことができない。
しかし、自害したところで待っているのは、また地獄である。
魔物へと変化して、さらに地獄を演じる役者にさせられるのだ。
「ひどい光景ですね」
マギがぽつりとつぶやく。
「ええ。本当に」
この騒動の中心にいるのは、
マギサは、この光景を無表情で眺めていた。
それは間違いなくマギサであり、普段の心優しい姿とはかけ離れた存在だ。
マギサが、魔物を従え、街を襲わせていた。
「なるほど。そういうことですか……」
アークが頷く。
「ええ」
マギもつられるように頷く。
これは、マギの過去であり、記憶であり、記録である。
オーディンがマギの願いを叶え、彼らに過去を見せているのだ。
つまり、これはマギの記憶の中の出来事。
街で魔物を従えているのは、前の世界のマギである。
「まさに夢のような体験というわけですか」
「そうですね」
過去を体験できるというのは、たしかに夢のような体験だ。
「夢というには、悪夢というのがしっくりきますね」
と、アークがいうと、
「悪夢ですか。夢であればどれだけ救われたことでしょうか」
とマギが切り返す。
これは紛れもなく過去に起こったことだ。
マギが起こしたことだ。
忘れてはならない過去。
消してはならない記憶。
この悲惨な光景を目に焼き付けるのが、マギのやらねばならぬことだった。
「この結末がどんなものであれ、私は見届けなければなりません」
そうマギは宣言するのだった。
◇ ◇ ◇
ここではない世界、それは平行世界と呼ばれるところ。
人類の半分を滅ぼした、人類史上最悪の魔女がいる。
のちに魔核を使って大量殺人兵器を作った人物は「私はひとつの街を壊したが、魔女が壊したのは世界だ」と言った。
のちに史上最悪の君主にして独裁者として1/3の自国民を虐殺した人物は「私は自国民を虐殺したが、魔女は人類を虐殺した」と言った。
のちに教祖として集団自殺を導き、世界を震撼させた人物は「私が導いた人間の数は魔女の0.1%にも満たない」と言った。
どんな凶悪犯も魔女と比較すれば霞んで見えてしまう。
彼女が現れるまでは、魔女と呼ばれていた人物は歴史上に何人も存在した。
しかし、彼女が現れたからは魔女とは彼女を示す言葉となった。
魔女の名は、マギサ・サクリ・オーディン。
マギのことだった。
マギはかつて自分が引き起こしてしまった出来事を思い出すために、記憶を求めていた。
◇ ◇ ◇
オレの目の前には、燃え盛る街が広がっていた。
夢のような体験か……。
なるほど、なるほど。
たしかにこれは夢のような体験だな。
つまり、これは……VRか!!
なるほど、なるほど。
マギの望みはVR体験をすることだったのか。
なんだよ、こいつ。
子供っぽいやつめ。
まあわからんでもない。
オレだってVRは好きだ。
全身フルダイブはまさに夢の技術だからな!
オレがいた世界でも、まだそこまでの技術はなかった。
まるで夢のような体験だな!
ふはははっ!
それを体験できるなんて、神様最高じゃないか!
これは魔物に追われるゲームか?
襲ってくる魔物を倒していくゲームなんだろうな。
こういうゲームって面白いよな。
VRで人気ジャンルの一つがゾンビゲームだ。
ゾンビの代わりに魔物が出てきているが、まあそこは大した問題じゃない。
神様もよく人間のことわかってるじゃないか!
さすがだな!
あれだけ人間の記憶を集めてたのも、人間の趣味嗜好を把握するためだったんだろうな。
神様も勤勉なことよのぉ。
フォーッフォッフォ。
だが、神様もまだまだ人間というものを理解していないと見える。
今のオレはこの光景を見ていることしかできない。
眼の前で王都が焼かれる瞬間を第三者として見続けている。
これは、ちと違くない?
これじゃあフルダイブの良さがまったくいかしてきれていない。
リアリティはあるし迫力もあるが、面白みがない。
自分がその世界に入り込めるのが、ゲームの醍醐味だろ?
それに設定も雑だ。
魔物を操っているのがマギサだ。
マギかもしれん。
どっちにしろ、二人はこんなことするやつじゃない。
ちょっと設定がぶっ飛ぶすぎてるな。
まあでも、ゲームなら設定が少しおかしくても問題はないのかもしれないが。
そこはゆるそう。
とりあえず魔物を引き連れてるマギサを魔女マギサとでも呼んでおこう。
なんか、雰囲気が魔女っぽいし。
魔女マギサのやつ、やりたい放題だな。
王都が燃え上がってるし。
リアリティがありすぎて、本当にあった出来事だと思わされる。
まあ現実にこんなことは起きてないから、仮想世界なのは間違いないんだが。
このクオリティの高さは称賛に値する。
オレの隣にいるマギが、この光景を食い入るように見ていた。
「これがマギ様の望みですか?」
「……ええ」
なるほど?
逃げ回っている集団の中に、見知った顔を見つけた。
たしかあれは、第一王子だ。
部屋着みたいなので逃げ回っている。
顔ぐちゃぐちゃにさせてパジャマで逃げ回るとか、王族の威信がかけらもないな。
「お兄様」
マギも第一王子に気づいたようだ。
「――――」
鮮血が舞った。
魔女マギサが王子を殺しやがった。
なるほど。
つまり、だ。
マギは第一王子を殺したいほど憎んでいるということか。
でも現実でそれをやるとやばいから、こういうVRで体験してみたかったということか。
なるほど、なるほど。
ストレス発散ってわけか!!
あの王子なら憎まれていても不思議じゃないしな。
エリザベートには悪いが、第一王子はクソだからな。
「これで満足ですか?」
マギが首を横に振った。
「いえ……。まだです。まだ足りません。
私はもっとこの光景を見続けなければなりません」
王子を殺したくらいでは、ストレス発散はできないらしい。
なるほど……。
マギは相当ストレスが溜まっているようだ。
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