101. 因縁の相手

 ロストが部屋を出ていったあと、マギから連絡が来た。


 宝石の魔導具がチカチカと光った。


 なんかいまバベルの塔に来てるらしい。


 なんだよ、やっぱりもあいつも来たかったのか……。


 会話してたら、ついポロッとフレイヤから大切なモノを奪った話をしてしまった。


 口が滑ったぜ。


 色々と追求された。


 ちっ、細かい奴め。


 面倒だったから、シャーフに変わってやり、オレは退散することにした。


 ふははははっ。


 面倒事は他人に任せるのが一番だぜ!


 適当にうろちょろ散歩してると、ルインと出くわした。


「アーク。私は何をすればいい?」


 いや、なにって言われても……。


 まさか、


 遊べばいいんじゃない?


 暇なの?


 まあオレが無理やり、ルインを留学メンバーに選んだんだがな!


 でも、せっかくバベルの塔に来たんだし、楽しめば良いだろ?


 オレも講義の時間を除けば、ずっと敷地内を散策してるし。


 あと行ってないのは、バベルの塔くらいだ。


 まあ正確にいえば、バベルの塔以外にも行ってないところはある。


「敷地外がまだだな……」


 敷地外に行ったところで大したものはないがな。


 荒野が広がってるだけだ。


「敷地外……。それはどういう意味?」


「特に意味はない」


 マジで意味はない。


「言って。私もアークの役に立ちたいの」


 いや、そんなこと言われても……。


 もうフレイヤからの強奪も終えたし、特にやることはない。


 そもそもルインはフレイヤと何も関係ない。


 オレの事情だ。


 フレイヤは、オレにとっての因縁の相手だった。


「因縁もここで終わる」


 あいつを貶めれば、ようやくオレはスッキリした気持ちになれる。


「因縁? それって……」


「いや、なんでもない」


「私ではダメなの? アークの役に立ちたいだけなのに……」


 役に立ちたい……か。


 まあそういうなら仕方ない。


 任せることは特にないが……まあ強いて言うなら、


「バベルの塔の外を見てきてくれ。そして、何か(面白いものが)あったら、オレに報告してくれ」


 もし外に面白そうなものがあれば見に行きたいし。


 我ながら天才的なアイディーアだ。


「わかった。その何かってのが重要なものなんだ」


「ああ。わざわざバベルの塔に来たんだ。取りこぼしたくはない」


 旅行は遊び切ってこその旅行だからな!


 バベルの塔を最大限遊びまくってやるぜ!


 一緒にバベルの塔を満喫しようじゃないか!


 ルインよ!


「頼んだぞ、ルイン」


「任せて」


 ん?


 そんなガンギマリな顔しなくても良いんだけど……。


 ちょっと気合いれすぎでしょ。


「ところで、アークは今からどうするの?」


「オレか? そんなの決まっておろう」


 オレはバベルの塔の頂上を指す。


「あれを攻略する」


 まあ登るだけなんだけどな。


◇ ◇ ◇


 ルインはヴェニスでの出来事以降、積極的にアークに協力するようになった。


 ルインだけではなく、ヴェニス公爵がアークに協力している。


 三大公爵の一つが味方になったというのは、第一王子・第二王女連合にとって朗報であった。


 アークは所詮、伯爵である。


 伯爵も大貴族であるものの、三大公爵、四大侯爵、および辺境伯と比較すると1つ、2つと格が落ちる。


 ヴェニス公爵が味方に加わったのは、今後のことを考えると大きな収穫であった。


 もちろん、アークはそんなこと知らないが……。


 そもそも派閥争いが起きていることを認識していないが……。


 最近、なんかヴェニスと仲が良いなー、まあ観光行けるからいっか、としかアークは考えていない。


 だが、アークに仕える者たち、特に諜報機関’指’の長であるカミュラや干支の総指揮官ラトゥからみれば、これを生かさない手はなかった。


 カミュラは、ルインと情報交換をしてきた。


 そのため、ルインはいま塔で起きていること、そして今後起こるだろうことをある程度把握していた。


 カミュラいわく、この塔が前哨戦になる可能性が非常に高いということだった。


 闇の手の目的はおそらく、バベルの塔の制圧、もしくは破壊。


 バベルの塔が保有する最強の魔法――グングニルを制御下に置こうというのが闇の手の狙いだろう。


 ルインはすでにカミュラからこの情報を受け取っていた。


 そして、今回アークが「バベルの塔に行く」と言い出したのも、おそらく……いや、確実に闇の手絡みだろう。


 と、ルインは考えていた。


 アークがただ”面白そうだから”という理由で塔に来ているとは……微塵も思っていなかった。


 ちなみにグングニルというのは、オーディン神が作り出した魔法だ。


 威力はもちろんのこと、その射程範囲の広さが脅威となる。


 国の中ならどこでもグングニルを落とせると言われている……が、実態を知るものはいない。


 現代を生きる者でグングニルが放たれた瞬間を見た者がいないからだ。


 闇の手がグングニルを奪いにやってくるだろう。


 それを食い止めることが、今回のバベルの塔での重要なミッションであった。


 そして、アークが「バベルの塔に行く」といい出したこのタイミングこそが、闇の手が攻め入るタイミングと考えて間違いなかった。


 当然のことながら、ルインは最初から観光など全くするつもりはなかった。


 おそらくバベルの塔に来ているメンバーは誰ひとりとして観光など考えていないだろう。


 それほどに緊迫感がある状況であった。


 観光を考えるような能天気なやつをアークが選ぶはずがない、とルインは考えていた。


 その能天気なやつがアークだということを、彼女は知らない。


「バベルの塔の外を見てきてくれ。そして、何かあったら、オレに報告してくれ」


 そうアークが言っていた。


 何か? とは考えるまでもない。


 つまり、闇の手が攻め込んでくるということだ。


 おそらく、ルインが行かなくてもどうにかなるのだろう。


 アークがどうにかしてしまうのだろう。


 だが、ルインはそれをただ見ているのは嫌だった。


 あのヴェニスでの出来事のように、守られているだけは嫌だった。


 アークの役に立ちたかった。


「それにしても、因縁……か」


 因縁の相手。


 それは一人しか思い浮かばない。


「ロキが来る」


 かつて、ヴェニスを破壊しようとした男。


 ルインの宿敵。


 騎士団や干支をもってしても捕まりきれなかった人物。


 ロキが来ると言うなら、まさしくそれはルインの因縁の相手だ。


 何百年も昔、ヴェニスを奪ったのはウラシマ家だ。


 ロキにはヴェニスを滅ぼすための理由がある。


 でも、ルインにもヴェニスを守るための理由がある。


 戦いは避けられない。


「だけど、私では勝てない」


 ロキはあのトール・・・・と互角に戦っていた。


 アークを除けば、国内最強の男と言われるトール。


 そのトールと互角というだけで、どれほど厄介な相手か想像に難くない。


 だが、ルインは恐れてなどいなかった。


 アークが言ったのだ。


 バベルの塔を攻略する、と。


 攻略した先に何があるのか?


 神級魔法グングニルがある。


 つまり、アークはグングニルを発動させようとしているのだ。


 グングニルがあればロキが来ようと怖くない。


 ならば、ルインに任された役割は、敵の居場所を突き止めること。


 そして目印になること。


「因縁の決着をつけるとしよう」


 ルインは決意のこもった目で敷地外へと歩き出した。





 こうして、アークの中身うっすうす発言を真剣に受け止めてしまうルインなのであった。

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