87. 親子

 塔長であるイカロス。


 原作でも登場するキャラであり、主人公たちの明確な敵である。


 塔長であり、魔法界で絶大な権力を有している。


 塔はただの研究機関ではない。


 バベルの塔とはすなわち神の塔。


 その長を任されるというのは、神を重んじるこの国にとってどれほど重要なことか。


 それだけ国王から信頼を置かれているということだ。


 つまり、イカロスは国王の派閥に属しているとも言える。


 この塔で国王派は”保守派”と呼ばれていた。


 バベルの塔はアークたちからすれば敵の本拠地でもある。


 だが塔がすべて保守派というわけではない。


 さらにいえば、保守派といえどもアークたちの敵というわけでもない。


 正確には、国王派と保守派はイコールではないということだ。


 塔の場合、研究分野によって保守派と急進派が分かれている。


 たとえばイカロスやフレイヤの研究は伝統的な研究分野であり、その研究内容から保守派と呼ばれている。


 逆にシャーリックのような比較的新しい研究分野は急進派と呼ばれている。


 つまり、保守派が敵ということではなく、保守派に属する権力者個人が敵ということだ。


 もっといえば保守派のトップであるイカロスが敵なのである。


 原作で主人公たちを苦しめた敵、イカロス。


 彼の悪行は、ハゲノー男爵の実験まで遡る。


 ハゲノー男爵はキメラを作るという非道な実験を行っていた。


 アークの介入によって、その行いが明るみに出て処刑された。


 だが、ハゲノー男爵にキメラの研究をするだけの能力はない。


 その研究を進めていたのがイカロスであった。


 己の研究のためなら、どんな犠牲が出ようと構わない。


 むしろ魔法の発展のために犠牲になるのだから、幸せなことだろう。


 イカロスは本気でそう考えていた。


 たとえ実の娘であろうと実験対象にすることに何の抵抗感もなかった。


 たとえ闇の手の力を借りようと、己の研究を前に進めることができれば問題はなかった。


 原作で最も非道な人物の一人と言われたイカロス。


 彼の研究によって作り出されたキメラたちがバベルの塔を襲う場面がある。


 主人公スルトたちはキメラの軍勢から、逃げることしかできなかった。


 そしてそれはスルトの非情な決断にも繋がる。


 だが、この世界は原作とはまったく別のストーリーとなっている。


 果たして、アークの介入によってどうシナリオが変わっていくのか?


 それは誰にもわからない。


◇ ◇ ◇


 馬のプフェーアト。


 彼女には古い記憶があった。


 プフェーアトは幼少期、イカロスとともに過ごしていたのだ。


 普通では記憶に残らない頃の話だ。


 事実、一緒に暮らしていた妹のシャーフは覚えていない。


 だが、プフェーアトは普通ではなかった。


 彼女の記憶力は常人のそれを遥かに超えていた。


 プフェーアトの記憶には、イカロスと過ごしたときのモノがしっかりと刻まれていた。


 プフェーアトとシャーフの父親はイカロスだった。


 そして彼女らをイカロスの非道な実験体にされてしまったのだ。


 しかし、プフェーアトの父親であること、そして非道な行いを行った張本人であることを彼女は誰にも告げなかった。


 それは妹を守るため。


 そう、彼女はアークにすらその事実を打ち明けていなかったのだ。


 だが、


「やはりアーク様には気づかれていた」


 アークはわざわざプフェーアトにだけ、イカロスを処分するよう命令を下した。


 それ以前に、アークはプフェーアトに対して「終わらせてこい」と言っていた。


 すべてを把握した上で、アークはそういう発言をしたのだろう。


 隠していたことに申し訳無さを感じつつ、アークならイカロスの正体を知っていても当然だろうと考えていた。


 さらにアークはパーティーの席で、イカロスに対し皮肉を言っていた。


「ナンバー・・さん。あまり調子にノリすぎるとハゲノー男爵みたいになりますよ」


 パーティーに出れなかったプフェーアトだが、持ち前の耳の良さを生かしてちゃんと会話を聞いていた。


 ナンバーⅡ、つまり闇の手のナンバーズⅡ――傲慢のイカロス。


 プフェーアトの父親であり、敵であり、そして何よりもアークの敵であった。


 すでに戦いは始めっていることが馬の目から見て明らかだった。


 ならば、プフェーアトのやるべきことは一つ――イカロスの抹殺である。


「ようやくイカロスを殺せるんだね。シャーフを苦しめた、あいつを」


 プフェーアトは口の端を吊り上げて笑ったのだった。

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