59. 顔面崩壊、キャラ崩壊
倉庫に入ったら、変な奴らがわんさかと湧いてきた。
オレを狙うなど、愚劣極まるな。
ふははは!
雑魚ども!
愚か者ども!
オレを殺そうなど100億万年早いぜ!
皆殺しだ!
全員、丁寧に
元日本人としてはオモテナシって大事だからな!
ふははは!
敵をぶっ殺していると、倉庫の奥にたどり着いた。
「んん……」
うん?
あそこにいるは……たしか貧乏男爵?
なんであんなところにいるんだ?
「アーク・ノーヤダーマくんねぇ。あなたのことはよーく聞いてるわよぉ」
「誰だ、貴様」
なんだこのピエロ野郎は。
まさかこいつが最近ヴェニスで出没するピエロのことか?
いや、そんなわけないか。
さすがにこんな気持ち悪いやつが人気になるわけがない。
どうせ流行りに乗っかっただけのクソ野郎だ。
「貴様だなんて下品な言い方やめてよね、もぉ」
ピエロ野郎がクソ薄ら寒い演技をしやがる。
見ていて嫌悪感を抱く。
「不快だな。貴様の存在そのものが不快だ」
オレはピエロ野郎に向かって無詠唱魔法を放つ。
しかし、
ぴゅ~、ピエロ野郎が笛を鳴らすと、オレの魔法がかき消えた。
「もうせっかちなんだからぁ。
でも、ざーねんでーしたぁ。私に魔法つうじませぇん」
こいつ、まじでうざいな。
「でもでもぁ、さすがにあなた相手では荷が重いわぁ。肩こるのは嫌だものぉ」
ピエロ野郎はまたもや、ぴゅ~、と不快な音を鳴らす。
すると、ピエロ野郎の後ろに黒い穴が出現する。
「それにいまはお仕事中ですものぉ。大切な荷物を丁寧に送り届ける必要があるわぁ。
こうみえても私、仕事熱心なのよ」
黒い穴がピエロ野郎とバレットを飲み込もうとする。
「ではでは~。またどこかで会いましょうねぇ」
「行かせると思うか?」
オレは
「な……ッ」
ピエロ野郎が驚愕の表情を浮かべる。
ふははは!
最高だぜ!
貴様のそういう表情が見たかったんだ!
「なんだ? どうした?」
「なぜ私の魔法が……」
「ふははは! 気分がいいから教えてやろう。貴様の
簡単な話だろ?
「そんなこと……できるわけが……」
「できるのさ。なんたってオレはアーク・ノーヤダーマだ。そこらへんの凡人と一緒にしてもらっては困る。
それとピエロ野郎。さっきから口調が崩れてるぞ? キャラ崩壊か?」
ピエロ好きのフントからしたら、さぞムカつくだろう。
こんあまがい物がでしゃばるなんて。
「フント。貴様も怒っているだろう? ピエロ野郎の顔面も崩壊させてやれ」
「仰せのままに」
フントの体が内側から燃える。
灼熱のフント。
彼女は全身を炎に身を包み戦うスタイルだ。
以前は身近にいるオレまでも熱さを感じていた。
だからフントには魔法の制御を教えといた。
暑苦しいのは苦手だからな。
「……ッ」
ピエロが焦った表情を浮かべる。
駄目だなぁ、ピエロ野郎。
この程度のことで動揺していたら、本物のピエロを名乗ってなんかいられないぜ?
「なあピエロ。良いことを教えてやろう。道化師というのは、最後まで道化を演じ続ければ本物の道化になれるらしい。
貴様には道化を演じさせてやろう。さあ、サーカスの始まりだ! 存分に狂うといい」
ふははは!
さあさあ始めようか!
最高のショータイムを!
◇ ◇ ◇
ハーメルンは倉庫の中で目を覚ます。
「うっ……」
頭がガンガンした。
「……ッ」
体を拘束されている。
さらに魔法が使えないように魔法封じの魔導具をつけさせられていた。
拘束する立場から拘束される立場へと入れ替わっていた。
「やあハーメルン。俺のことは覚えてるか?」
フントが仮面を外して話しかける。
「……ああ。たしかどこかのジジババから奪った娘だったな……でしたねぇ、子犬ちゃん?」
対して、ハーメルンは
「良かった。覚えてくれてたんだな。嬉しいよ」
「私からの贈り物はどうでしたかぁ?」
「ああ、最高だったよ。クソ野郎」
「うふふ。それは良かったですねぇ。頑張って用意したかいがありましたわぁ」
ハーメルンはニタニタとフントの顔を見る。
――さあ私に絶望を見せてください! 怒りを見せてください! あなたの目が見たいのです! さあ早く!
彼はこういう状況であっても、己の欲望に忠実だった。
だが、フントの表情は一切変わらない。
「俺はな、お前のことをずっと考えてきた」
「私のことが大好きなんですねぇ」
フントはハーメルンの言葉を無視して続ける。
「お前はクズでゲスで下品で最低な最悪やつだが、お前には美学というものがあるようだ」
フントがピエロの仮面をしていたのには2つの理由がある。
1つ目は怒りを忘れないためだ。
そしてもう一つがハーメルンの思考をなぞるためだ。
「そのクソださいピエロの仮面も美学の一つだろうが、他にもお前にはどうしても外せない美学がある」
「美学ですかぁ?」
「人身売買以外の犯罪はやらないということだ」
「人身売買などという低俗なものと一緒にしないでほしいですねぇ」
「そうだな、この言い方には語弊があった。お前の目的は人身売買などではない。
あれはあくまでもおまけだ。
お前は未来を奪うことに美学を感じている。そして奪われた者たちの絶望を見ることに快楽を感じている」
「それで、なにが言いたいのですかぁ?」
「お前はじいちゃんとばあちゃんの首をわざわざ届けてくれたんだよな。
でも二人を殺したのはお前ではないだろう? なぜなら殺しはお前の美学に反するからだ」
「……だったらどうしたのです?」
「感謝を伝えたいんだよ。死に目には会えんかったが、二人の顔を見れて良かった。
たとえそれが首だけの形になろうともな」
「……ッ」
「俺から伝えたいのはそれだけだ。ありがとう。じゃあなピエロ」
ハーメルンは唇を噛みしめる。
感謝とは最大の侮辱であり、屈辱だった。
感謝など求めていない。
欲しいのは絶望した顔である。
恨んでもらっても構わない。
恨みが大きければ、その分だけ幸福を踏み潰せた証拠になるのだから。
一番嫌なのは、自分の行いで誰かが幸せを感じてしまうことだ。
――ああ、最悪だよ。本当に。くそったれだ。
ハーメルンは、フントの絶望を見るために老夫婦の首をプレゼントしたのだ。
実際、当時のフントの絶望した顔は最高だった。
それなのに感謝されるなど……ハーメルンにとっては耐え難い屈辱である。
彼はハーメルンの去った先をしばらく睨み続けていた。
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