55. 刺客
エリザベートが黒ローブの男たちを叩きのめした。
貴族ならチンピラ風情に負けるなどありえん。
ありえんが……なんかちょっと思っていたのと違う。
血が多すぎやしないか?
まあいいか。
そのあと、エリザベートは息がある黒ローブの男を抱えてどっか行ってしまった。
「うふふ。お兄様。少し用事が出来ましたので、失礼いたします」
とかなんとか言っていた。
そういえば、エリザベートは昔から山賊やチンピラ風情を部屋に招いて色々とお遊びをしていた。
まさか妹よ。
ちょい悪系の男が好きなのか?
悪徳領主であるオレが言えたことではないが、さすがに趣味悪すぎないか?
まあ、妹の好みにとやかく言うつもりはないが……。
兄として少し悲しい。
「で、貴様の名前は?」
チンピラ共に絡まれていた餓鬼に尋ねる。
「私は、グレーテルよ!」
グレーテルか。
どこかのおとぎ話で聞いた名前だな。
「あなたは?」
「オレはアーク・ノーヤダーマだ」
「ふーん」
こいつ、オレの名前を聞いて何も反応しないとは……。
オレの領地なら、オレの名前を聞くだけで恐れおののくのに。
まあいい。
いずれオレの偉大さを世界中に轟かせてやろう。
グレーテルは頼んでもいないのに自分の過去を語り始めた。
どうやらグレーテルは孤児らしい。
だが、グレーテルのいる孤児院の環境が最悪で、そこから逃げ出してきたらしい。
運の悪いやつめ。
同情はしないがな。
いまどき孤児など珍しくもなんともない。
カミュラもスラム街で生きていたしな。
可哀想というにはありふれている。
というわけで、グレーテルとはここで別れるつもりだった……のだが。
なぜかグレーテルはオレにべったりとついてきやがった。
ついてくんなよ、ガキ。
オレはガキが苦手なんだよ。
◇ ◇ ◇
半分の月が姿を消した夜。
ふん、ふーん。ふふーん、とヴェニスの裏通りで鼻歌を口ずさむ少年がいた。
周囲には大量の死体が転がっている。
少年の持つ斧には血が付着しており、この少年が犯人だということはひと目でわかるだろう。
ただ、この場所で少年を咎める者はいない。
少年以外に生きている人間がいないからだ。
少年はつい先程殺した黒ローブの男からの伝言を反芻する。
「へー。妹に逃げられたのかー」
木こりのヘンゼル。
グレーテルの兄を自称する男であり、よくグレーテルと行動を共にしていた。
ヘンゼルはグレーテルとは違い、今の環境に満足していた。
大好きな
捨てるなんてもったいない。
これ以上の環境を彼は知らないからだ。
「グレーテルも変わった子だったからねー」
ヘンゼルの中では、グレーテルは異常だった。
他の子供達もみな母が好きだった。
だが、グレーテルだけが母からの寵愛を嫌がっていた。
そしてグレーテルだけが殺人に対して忌避感を抱いているように感じていた。
孤児院では殺しが当たり前であるのに。
しかし、グレーテルは孤児院の中で一番二番を争う実力を持っていた。
だから、グレーテルが母からの寵愛を拒もうとも、殺しを嫌っていようとも、文句を言える子供はいなかった。
ヘンゼルはそんな変わったグレーテルを観察していた。
いつか必ずグレーテルが逃げ出すとも思っていた。
その機会を伺っていた。
「あー。これでようやくグレーテルを殺せる。マザーの寵愛を拒むあいつを殺せる」
孤児院では
子供は仲良く。
それが絶対のルールだ。
だからヘンゼルもグレーテルを殺すことができなかった。
しかし、今回の件でグレーテルは家族ではなくなった。
殺すための正当な理由ができた。
「はやく殺したいなぁ家族を
そういえば
二人も殺せるなんて、ボクはなんて運が良いんだろう。楽しみだなぁ」
ヘンゼルは月に目を向けて、猟奇的な笑みを浮かべた。
またもや狙われるアークなのであった。
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