27. 虚像

 近くで見る黒ゴーレムはでかかった。


 まあ、でかいだけの木偶の坊だろうが。


 絶対零度アブソリュート・ゼロを放ってやった。


 だが、


「ぎっ、ぎぎっ、ぎゃ……」


 黒ゴーレムが壊れたロボットのように意味不明な言葉を吐いていた。


「でかいだけが取り柄ではないようだな。だが調子乗るなよ、木偶の坊」


 黒ゴーレムがオレを見下してきた。


 オレはな、見下されるのが一番キライなんだよ。


 他人を見下すのは好きだけどな。


「――――」


 黒ゴーレムが近づいてきた。


「貴様に金持ちブルジョア魔法を見せてやろう」


 オレはポケットから水色の魔石を取り出す。


 魔鉱山からゲットした魔石だ。


 魔石を黒ゴーレムに投げつける。


「凍えろ、木偶の坊」


 魔石が冷たく発光する。


 次の瞬間。


「―――――」


 黒ゴーレムが一瞬で氷漬けになった。


 ハハハッ!


 これが金持ちブルジョワ魔法!


 魔石を贅沢に使ってやったぜ!


 あとは最後の作業だ。


「砕けろ」


――パキンッ


 氷が砕けた。


 黒ゴーレムも一緒に粉々に砕けた。


 しかし、砕けたはずの木偶の坊から声が聞こえてきた。


「いつかこの選択を……必ず後悔しますわ」


 はっ。


 後悔だと?


 馬鹿を言え。


 オレは後悔しないように好き勝手に生きてるのだ。


 後悔など絶対にしないし、あり得ない。


「余計なお世話だ、馬鹿野郎。ゴーレムごときにオレの選択を非難される筋合いはない」


 パタンっと音がした。


 音のしたほうを見ると、第二王女が地面に尻もちをついていた。


 なんだ、いたのか。


 面倒だな。


 この学園で、オレが一番関わりたくない相手だ。


 目が合った。


 はぁ。


 クソ面倒だが、仕方ない。


 オレは王女のもとに行き、手を伸ばした。


「大丈夫ですか?」


 王女はぼーっとオレを見ている。


 なんだ?


 オレの顔に何かついているのか?


「どうされましたか?」


「何もできませんでした……。身代わりになった者たちに顔向けできません。私は彼らを置いて逃げたのです」


「それなら大丈夫ですよ。みな無事ですから」


 ここに来る途中でカミュラからの連絡があった。


 今のところ死傷者は一人もいないようだ。


 まあ別にそんなことはどうでもいいことだが。


 カミュラに命じたのはオレのサポートだ。


 なのに、なぜ他の奴らのサポートをしているかは謎である。


 まあいい。


「そう、ですか……それは良かったです。本当に……」


 良かったという割に、喜んでいるように見えない。


「なぜそんな顔をされるのです?」


「……私が逃げたという事実は変わりませんので」


「逃げたことを後悔しているのですか?」


「……はい」


 どこに後悔する余地があるんだ?


 他の者を犠牲にして上に立つのが王族、貴族だろ?


 少なくともオレはそういうふうに生きている。


「あなたがその選択を恥じるなら、身代わりになった生徒たちはなんのために身代わりになったのでしょうね」


 身代わりも犠牲も上等だ。


 誰かの犠牲の上で生きるのが、オレたちの権利であり、義務である。


 下の奴らもきっと、身代わりになれたことを喜んでいるだろう!


「……」


 相変わらず王女は辛気臭い顔をしている。


「権威も権利も権力も持っているなら、ご自身の選択には自信をもって頂きたい」


「ノブリス・オブリージュということでしょうか?」


「そんな大層なものではありません。ただの誇示プライドですよ」


 オレは王女の手を握った。


 柔らかい手だ。


 苦労も知らない手だ。


 エリザベートも昔はこんな手をしていたな。


「ありがとうございます」


 彼女はオレの手を借りて、ゆっくりと起き上がろうとする。


 しかし、


――ぺたん。


 すぐに尻もちをついた。


 こいつ何がしたいんだ?


 新たな遊びか?


 なんか王女が顔を赤くしている。


 わけがわからん。


「立てないのですか?」


「い、いえ! その……はい」


 どっちだよ。


 はぁ。


 面倒だ。


 他の奴らだったら無視できたが、さすがに王女を無視はできない。


 仕方ない。


「失礼いたします」


 オレは王女をお姫様抱っこした。


 リアルお姫様抱っこだ。


 思った以上に重いな。


 やべぇ。


 おろしてぇ。


「な!? なにをするのです!」


「歩けないのでしょう? ここにいても危険があるので、拠点まで担がせていただきます」


 まあぶっちゃけ試験なんだから、大きな危険があるわけでもない。


 それにおそらく、オレが今倒したやつがラスボスだろう。


 でも、王女を無視して立ち去ったら後々面倒だ。


「……ッ」


 王女が顔を真赤にしながら、色んな表情を見せている。


 顔芸かな?


 まあ王女の趣味をとやかく言うつもりはないが。


 オレを笑わせようとするはやめてくんない?


◇ ◇ ◇


「まさか彼のいうことが本当になるとは……」


 学園長はアークに対して申し訳ない気持ちになっていた。


 最初は、貴族がただ演習嫌いで、中止を言ってきているのだと考えていた。


 実際、過去にも演習に参加したくない生徒が直談判しにきたことがあった。


 裕福に過ごしてきた貴族ほど、サバイバルに参加したくないと言う。


 そして彼らは貴族であるから、多少の融通が効くと考えている。


 しかし、この演習は学園長に就任してから作ったものであり、一年生は全員参加が義務となっている。


 ここ最近、魔法は加速度的に発展を遂げている。


 学園長は、貴族だからといって教育を変えることによる弊害を理解していた。


 学園長にとっての平等とは、あくまでも魔法の発展のためである。


 そして、この演習の目的も魔法の発展のためである。 


 だから貴族であろうと、参加を必須としていた。


 アークが演習に参加したくないと言ったのが、他の貴族と同じように自分勝手な理由だと考えていた。


「アーク君がそんな浅はかな理由で言うはずがないと、なぜ気づかなかったのでしょうか……」


 学園長はアークの言葉を軽視したことを恥じた。


 そのせいで今回の事件が起きた。


 結果的に死者は一人も出ていない。


 突如、現れた黒ゴーレムのほとんどをアークが倒したのだ。


 あとは生徒たちと監査役の教師で何体か倒したくらいだ。


 ちなみに、カミュラが演習に参加していたことに関しては、学園長は不問にしていた。


 称賛することはあれど、責めることなどありえない。


 学園長は、アークの先見性を称賛した。


 アークやカミュラがいなければ死傷者が出ていても不思議ではなかった。


 さらに今回の一件、内部犯の可能性が高いことが判明した。


 事前に数十体のゴーレムに操作魔法と強化魔法がかけられており、それらが黒ゴーレムと化していた。


 また本来、演習の目玉である巨大なゴーレムにも同様の仕掛けが施されていた。


 演習場所の情報も掴まれていた。


 カミュラのように学園から情報を盗み取って、演習の情報を盗み取ることもできる。


 しかし、外部犯にしてはやり方に手間がかかりすぎている。


 そのため学園長は、内部犯の可能性が高いと判断した。


 魔法学園には有望な生徒が大勢いる。


 そして貴族も多く通っている。


 さらに第二王女であるマギサも学園に通っている。


 国に混乱をもたらすという目的で、学園の生徒達を狙ったと考えるのが自然だ。


「アーク君なら何か知っているかもしれません」


 アークは今回の襲撃も事前に察知していたのだから、きっと何かしらの情報を掴んでいるのだろう、と学園長は考えた。


 学園長は早速アークに尋ねたが、


「申し訳ありません。私は何も知りません」


 と、丁寧に返された。


 知っていても教えてくれないのだと考えた。


「仕方ありませんね。私は一度アーク君の信頼を裏切っているですから」


 しかし実際は、アークは本当に何も知らないのである。


 こうしてまたアークの行動が奇跡的な勘違いを生み、アークの虚像が作られていくのであった。

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