19. 豚野郎

 授業を受けていると、突然サイレンが鳴った。


 なんだなんだ?


 うるさいぞ?


 オレの鼓膜を破るつもりか?


 部屋に事務員が入ってきて叫んだ。


「魔物が出たッ!」


 ふんっ。


 魔物か。


 そんなんで騒ぐな、と言いたい。


 山賊退治してるとき、何度か魔物と出くわした。


 奴らなんて大したことはない。


 騒ぎ過ぎなんだよ。


 魔物などオレなら一瞬で葬れる。


 だが、わざわざ魔物と戦う理由なんてない。


 そんなのは他のやつらに任せればいい。


 オレみたいない権力者は優雅に結果が報告されるのを待つだけで良いのだ。


「る、ルイン様が魔物に襲われております!」


 事務員がそう言いやがった。


 あの公爵令嬢が魔物と戦っているのか。


 それもどうやら苦戦しているようだ。


 ふはははは!


 オレはなんて幸運なんだ!


 マウントを取れる絶好の機会だ!


 公爵令嬢が苦戦している魔物をオレが倒すことで、オレの偉大さをわからしてやろう!


 オレは避難する奴らを尻目に、魔物のところ向かった。


 魔物は廊下で暴れていた。


 そこではルインと右目に火傷のある赤髪の男が魔物と戦っていた。


「くそっ。なんでこんなところに魔物がッ……!」


 赤髪野郎が悪態をつく。


 ふふっ、苦戦しているようだ。


 ここでオレの力を見せつけてやろう。


 オレはゆっくりと歩きながら魔物に向かっていく。


 二人はオレに気づいたようだ。


「おい、お前! 危ない! 下がれ!」  


 赤髪野郎が不遜にもがオレに注意してくる。


「黙って見ておけ、小僧。この程度の魔物、瞬殺してやろう」


 魔物は体長3メートルくらいだ。


 オレを見下しやがる。


 不快だな。


 実に不快だ。


 豚のような顔に醜悪な表情でニタニタと笑いやがる。


 たしかオークだったか?


 オークなんて雑魚だ。


 今までにも狩ったことがある。


 相手にもならん。


 オークが鼻息を荒くしながらオレに近づいてきた。


 オレを見下すなよ、ブタ野郎。


 オークが無駄に速い動きで混紡を振り回してきた。


 だが――遅い。


「――凍えろ」


 詠唱魔法ではない。


 ただ口にしただけだ。


 なぜならオレは無詠唱魔法が使えるからな!


 シャーリックが新たに考案した魔法理論をもとに、オレだけの無詠唱魔法を作り出した。


 オレのような恵まれた者だけが使える魔法だ。


 オークの足元に青色の魔法陣が展開される。


 そして直後。


「――――」


 オークが氷漬けになった。


「ふはははは! オークの標本の完成だ! だがまあ、醜いな。実に醜い」


 相変わらずオークはオレを見下してくる。


「図が高いぞ、ブタ野郎。天は人の上に人を造らずと言うのに、ブタ風情がオレを見下すとは何事か?

その不敬、万死に値するぞ」


 オレは指をパッチンと鳴らした。


 特に意味はない。


「砕けろ」


――パリンッ


 氷が砕ける。


 同時にオークも粉々に砕けていった。


 オークめ!


 豚野郎め!


 このオレを、伯爵であるオレを見下した罰だ!


 死を持って償え。


 ふはははは!


 オークが砕ける姿は実に見事だった。


 最期の瞬間だけはオレを愉しませてくれたようだ。


「……」


 赤髪野郎と公爵令嬢が呆然とした顔でオレを見てきた。


 おい、公爵令嬢。


 その目にちゃんと焼き付けたか?


 これが格の違いってやつだ。


 親の身分がちょっとオレより偉いからって調子乗るなよ?


 オレはいつでも貴様を氷漬けにできるんだからな?


 ふはーっはっは!


 公爵令嬢にドヤ顔を向けてやったぜ。


◇ ◇ ◇


 ヴェニス公爵令嬢である、ルイン・K・ウラシマ。


 彼女は東洋の血を引く、黒髪黒目の少女である。


 ルインは、アークの魔法に魅入られていた。


 シャーリックが考案したとされる魔法理論――通称シャーリック理論。


 アークに指摘された(マウントを取られた)ときは、ルインは別に悔しいと思っていなかった。


 彼女とて知らないことがあるのは当然のことである。


 知らないなら学べば良いと考えている。


 ルインは徹夜でシャーリック理論を学んだ。


 シャーリック理論は、並行理論とも呼ばれている。


「アークはシャーリック理論を使っていた」


 ルインはアークが無詠唱魔法を見て、無詠唱魔法にはシャーリック理論が使われていることをすぐに見抜いた。


 シャーリック理論をもとにすれば、理論的には無詠唱魔法を構築できる。


 だが、それでも無詠唱魔法の実現には大きなハードルがある。


 無詠唱魔法は、現代でも使用者が片手で数えるほどしかないほどの高度な技術である。


 そもそも無詠唱魔法とはなにか?


 一般的に言われているのが、魔法陣を構築することで詠唱なしに魔法を発動する技術のことだ。


 事実、アークの無詠唱は魔法陣を構築していた。


 しかし膨大な情報から一瞬で魔法陣を構築するのには、多くの演算が必要になる。


 シャーリック理論によって、その演算が大幅に削減されたとしても、いまだに無詠唱魔法のハードルは高い。


「どうやってあの演算を可能にしたの……?」


 考えても、すぐに答えはでなかった。


 ちなみに余談だが、演算を可能にしたのはアークが体に埋め込んだ魔法式である。


 魔法式に演算を肩代わりさせることで、無詠唱魔法を可能にしたのだ。


 しかしルインは、アークが刻印と言われる自傷行為、否――自殺行為を行っているとは夢にも思わなかった。


 ルインはアークに興味を抱いた。


 そして助けてくれたことに感謝した。


 もちろん、アークはルインを助けたつもりは微塵もない。


 ただルインに対してマウントを取りたかっただけである。


 知らぬが仏というものである。


◇ ◇ ◇


 アークが赤髪野郎と呼んだ人物。


 それは原作主人公であり、燃えるような赤髪を持つ男、スルトである。


 スルトとルインが魔物に襲われていた場面だが、これはアニメの中では重要な場面の一つだ。


 彼ら二人は魔物の中でも危険度の高いハイ・・・オークと戦い、力を合わせてハイオークを打ち倒すはずであった。


 しかしアークの割り込みによって、二人の共闘はなくなってしまった。


 本来このイベントでスルトとルインは仲を深めるはずだったが、その未来もなくなってしまった。


 それだけではなく、スルトが成長するはずだったイベントが、アークの活躍によってなくなってしまった。


 相変わらず、アークはストーリー展開をぶっ壊していく。


 この事件をきっかけにスルトはアークに対して敵対心を抱き、ルインはアークに興味を持つようになった。


 こうしてアニメの主要キャラたちとこれでもかと言うほど関わりを持っていくアークであった。





 余談だが、ハイオーク襲撃事件の裏で、とある侯爵の使用人が一人行方不明になったという。


 しかし、その話題は誰にも触れられずひっそりと消え去っていったのである。

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