12. 社交パーティー
オレは妹と一緒に社交パーティーに出ていた。
社交パーティーとは面倒なものだ。
誰が好き好んでこんなのに出るんだ?
ここは貴族が多い。
オレよりも偉いやつもたくさんいる。
オレはオレが偉ぶれない環境が嫌いだ。
パーティーに出るよりも、使用人がせっせと働いている姿を見ながら紅茶を飲みたい。
家ならオレが一番偉いからな!
まあとは言うものの、オレが偉いのには変わりはない。
それは普遍の事実だ。
伯爵というのは、ほとんどの場では威張れる立場だからな。
妹が会場の中央で、貴族のイケメンな野郎どもと談笑してやがる。
オホホホ、と笑う妹を見てちょっと気味が悪かった。
ていうかあいつ、目が笑ってない。
妹ながら女って怖いなって思う。
オレの前ではもう少しマシな顔してるのにな。
てかあいつ、昔は貴族のイケメンにちやほやされたら喜んでただろ。
どうしちゃったんだ?
教育をしすぎて目が悪くなったのか?
そもそも、いつの間にあんなに人気になってるんだ?
昔は誰からも相手をさらなかっただろ。
まあいい。
妹のことは放っておいて、オレは一人で豪華な食事を堪能しよう。
さすがは貴族のパーティー。
どれもこれも平民では絶対に手を出せない料理ばかりだ。
こんな贅沢味わいつくさない手はない!
ハッハッハ!
やはり金持ちは最高だぜ!
何が美味しいか全くわからんが、三大珍味とやらを味わう。
ふむふむ。
味はわからんが、高いってだけで美味しく感じてしまうな!
料理ってのは口で食べるものじゃない。
頭で食べるものだ!
とりあえず一通り高そうな料理は食べといた。
贅沢のし放題だぜ、まったく。
これだから貴族はやめられん。
ついでに貴族共の相手をしてやった。
昔はオレのことを見くびっていた貴族も、最近はペコペコと頭を下げてくる。
ふはははは!
最高に気分がいいな!
だが、ちょっと疲れた。
ふうっと一息つきながら会場全体をサラーっと流し見た。
もうこれ以上高い食べ物はなさそうだ。
ん?
なんか見たことあるおっさんがいる。
どこで見たっけ?
あっ、思い出した!
前世でオレに不正の罪をなすりつけてきた糞上司だ!
あのクソ野郎に似ている。
考えるとムカついてきた。
オレは近くにあったワイングラスを手にもつ。
前世の恨み、晴らさせてもらおう!
◇ ◇ ◇
バード男爵令嬢――バレット・フロムアローは居心地の悪さを感じていた。
もともとバード男爵は貧乏だ。
貴族の格を重んじる両親が無理矢理に参加したのだが、こんな豪華なパーティーに呼ばれるほどの余裕はないのだ
それに周囲から馬鹿にされていることも理解している。
だからバレットは壁の花に徹していた。
なるべく目立たずやり過ごそうと考えていた。
しかしハゲノー子爵に絡まれてしまったのだ。
ハゲノー子爵の悪い噂はたくさん聞く。
その中でも
自分よりも立場が低い少女を狙って卑猥な行いをする。
今回の標的にバレットが選ばれてしまったのだ。
バレットは男爵令嬢。
それも貧乏男爵であり、今のフロムアロー家は権力も権威も何もない。
対してハゲノー子爵には力がある。
彼は金を持っているのだ。
多くの者に対し、金を貸しており、フロムアロー家もハゲノー子爵から借金をしていた。
名ばかりのフロムアロー家を助けようとするものなどいない。
そもそも、フロムアロー家はハゲノー子爵に逆らえないのだ。
つまりハゲノー子爵にとってバレットは最高のターゲットだった。
ハゲノー子爵は下ひた笑みを浮かべながら、バレットの尻を触った。
「あ、あの……ハゲノー子爵……」
バレットが思わず声を上げる。
「ん? なにかな? お嬢さん?」
子爵はなんでもない顔をする。
その手でバレットの尻を触っているというのに。
「さっきから、その……」
「なにかね?」
「えっと……それは……」
バレットは涙が出そうになった。
30以上も上の男から体を触られるなんて、彼女にとってはトラウマにもなりかねないことだ。
しかし、相手はハゲノー子爵である。
ここで彼を起こらせたら、実家に被害が及びかねない。
バレットは耐えるしかなかった。
しかし、そんなときだった。
「ハゲノー子爵」
少年の声が聞こえた。
ハゲノー子爵とバレットは同時に声のしたほうを向いた。
と、その瞬間だ。
ザザザーっと。
音がした。
バレットは一瞬何が起きたのか理解できなかった。
ハゲノー子爵が頭から爪先までワインでびしょ濡れになっていた。
そこでバレットは理解した。
少年がハゲノー子爵にワインをかけたのだ、と。
「な、なにをする! 貴様!」
「申し訳ございません。つい手が滑ってしまいました」
少年は悪びれもなくいった。
「小僧が!? こんなことしてただで済むと思っているのか!?」
「申し訳ありません。着替えを用意しますね。あ、カツラも必要でしょうか?」
ハゲノー子爵のカツラがズレていた。
「き、キサマァー!」
ハゲノー子爵は怒りで顔を真赤にした。
「どこだ! どこの餓鬼だ! 親は何をしている!?」
「申し遅れました。私はガルム伯爵と申します。どうぞお見知りおきを」
バレットはガルム伯爵と聞いて少年の顔をまじまじと見た。
ガルム伯爵は有名だ。
8歳でガルム伯爵となり、領地を立て直した傑物。
自ら山賊討伐に参加し、一騎当千の活躍をした英雄。
最近のガルム領の発展は目覚ましいものがあり、貴族たちは一目置いていた。
ガルム伯爵を知らないものはいない。
案の定、ハゲノー子爵もガルム伯爵のことは知っていたようだ。
「い、ガルム伯爵ですと!?」
「いかにも。私はね、ハゲノー子爵。貴族には貴族としての振る舞いが必要だと考えております」
「も、もちろんですとも! 我々貴族は民を支配するもの! それ相応の振る舞いが求められるでしょう!」
「で、あるならば。あなたの行動は貴族足らんとするものでしょうか?」
「そ、それはですね……手が滑ってしまいまして」
「おや? そうですか。それは仕方ないですね。
アークは「ハッハッハ!」と笑い始めた。
ハゲノー子爵もそれに合わせるように「ははは」と弱々しく笑い始めた。
「しかし今回は私の不注意です。こちらで弁償しましょう。特注のカツラも用意します」
「は、ハハッ。か、構いませんよ。で、では私はこれで……」
ハゲノー子爵は逃げるようにその場を去ろうとする。
その後ろ姿に向かってアークは言った。
「ああ、そうだ。ハゲノー子爵。私は貴方のことを知っておりますよ。もうずっと前から」
ハゲノー子爵が何かに怯えるようにビクッと肩を揺らす。
「カツラよりも、もっと大きな秘密があるということも」
ハゲノー子爵は顔を真っ青にして「し、失礼します……」といって去っていった。
バレットはアークの顔を盗み見る。
キリッとした顔をしていた。
彼女の目にはアークが白馬の王子様のように映っていた。
ちなみにアークは内心で『ふっはっはっは! ざまーみろ、クソ上司!』としょうもないことを考えていたのだが、もちろんバレットがそれを知る由もない。
こうしてアークは図らずも一人の少女を救うのだった。
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