8. 裏切りの騎士
オレは魔法を覚えた。
一番得意なのは氷魔法だった。
ふっ。
クールなオレに似つかわしい魔法だぜ。
ついでに自分の体に術式を埋め込んだりしたりもしてみた。
タトゥー彫ってるみたいで楽しかったぜ。
優秀な教師のおかげもあって、それなりに強くなれたと思う。
しかし、一つ不満な点がある。
覚えた魔法を存分にぶっ放せる相手がいない。
さすがに使用人相手にぶっぱなすわけにもいかんしな。
妹相手なら……。
いや、さすがにダメだ。
やめとこう。
ここはそうだな……兵士に訓練という名目で魔法をぶっぱなそう!
というわけでオレは兵士の集まっている訓練場に向かった。
兵士をボコボコにして、上下関係をわからせるのは良いだろうな。
ふははは!
これぞ悪徳領主の所業である!
集めた奴らは厳つい顔をした者が多かった。
うひょー、いいね。
さすがは悪徳領主の兵隊さんだ。
こういう奴らがオレにひれ伏す姿とか、考えるだけでゾクゾクするぜ!
◇ ◇ ◇
ランスロットは飲んだくれの兵士だ。
妻と子供を養うために、しかたなくノーヤダーマ家で働いていた。
ノーヤダーマ家の軍隊はゴミクズのような組織だった。
上司はクズの塊のようなやつらで、部下は死んだ目をして働いていた。
そんな中、ランスロットは適当に働いてやり過ごしてきた。
クズな上司には目をつけられないように適度に力を抜いていたが、不正にだけは手を染めなかった。
不正をやらなかったのは彼が真面目だからという理由ではない。
妻に怒られるのが怖いからだ。
ランスロットは何よりも妻を恐れていた。
不正をしていたのが妻にバレたら、どうなってしまうか。
考えるだけでゾッとしてしまう。
真面目ではなかったが、傍から見たら真面目な兵士に見えたのだろう。
その結果、アークの粛清から逃れることができた。
アークの粛清とは、不正に手を染めていた者たちをすべて退職させたことである。
実際はアークから命を受けたランパードが兵士の選定をしていたのだが、ランスロットからしたら同じことだ。
上の者たちはほとんど全員不正に手を染めていたため、クソな上司たち全員辞めさせられた。
その結果、ランスロットがトップになってしまった。
もともと王都で騎士として働いてきたことともあり、ランスロットには実績もあり、反対するものはほとんどいなかった。
さらに彼は知らないかもしれないが、ランスロットは部下からの評価も高かった。
ランスロットは特別に優秀なわけではない。
他の上司が全員ダメなだけであって、相対的によく見えてしまうことはあるものの、仕事ができるわけではなかった。
剣の腕もそれほどだ。
しかし、才能を見分ける能力に長けていた。
手を抜く方法として才能ある者に仕事をふるのが上手かった。
もともとランスロットは妻のご機嫌取りをしていたおかげで、部下のご機嫌取りも上手だった。
その結果、部下からも慕われ、部下が優秀なおかげで周囲からも仕事ができるように思われていた。
そういうこともあり、ランスロットがトップになったことを不満に思う者は一人もいなかった。
本人以外は……。
ランスロットだけはこの状況に頭を抱えていた。
「なんてことしてくれんじゃボケェ!」
彼は適度に力を抜いて、適度に遊びたいだけだった。
酒を飲めさえすれば地位なんて高くなくても良かった。
むしろ、地位が高ければその分責任も重くなり、苦労も増える。
それも伯爵家の軍のトップだ。
大出世とは聞こえが良いが、ランスロットはそんなこと望んでなどいない。
ちょうど良いくらいの給料をもらって、酒のんで適当に遊びたいだけの彼からすれば、むしろ今の地位は迷惑でしかなかった。
だが、辞退することは叶わなかった。
なぜなら妻がランスロットの出世に大喜びしたからだ。
部下たちも喜んでいた。
ランスロット以外はランスロットの出世を喜んだ。
ランスロットだけが悲しんだ。
これほど本人の意思とは関係ない出世は珍しいだろう。
そんな中、アークが直々に訓練に顔を出すといい始めた。
顔を出すだけではなく、参加まですると言い始めた。
ランスロットはストレスで胃に穴が空きそうだった。
アークになにかあったとき真っ先に首が飛ぶのはランスロットだ。
職がなくなったら、妻から何を言われるかわからない。
ランスロットはそれが怖かった。
ちなみに、兵士たちの中ではアークの評価は高い。
前領主が最悪だったこともあるが、評価が高い理由は他にもある。
クズな上司を全員解雇させたことである。
いま残っている兵士は、ノーヤダーマ家という腐った軍組織のなかで、真面目に仕事をしてきた者たちだ。
もちろん、真面目に仕事をして報われる組織ではない。
むしろ真面目にすればするほど、理不尽が待っているような組織だった。
そんな中で真面目に働いてきたのだから、良心を持っている者たちというのは確かだ。
彼らがアークの改革を喜ばないわけがない。
決して最高の職場とは言えないまでも、最悪から普通に変わっただけでも兵士たちにとっては十分だった。
そうしたこともあり、兵士たちはアークを高く評価していた。
しかし領主としては評価していたものの、戦士としては全く評価してなかった。
というよりも、評価のしようがなかった。
アークは兵士たちの前に顔を出したことがほとんどなく、事務仕事ばかりしてきたからだ。
悪い言い方をすれば、兵士たちはアークを軟弱者だと考えていた。
「おい、兵士共。オレが貴様らを訓練しにきてやったぞ。感謝しろ」
アークの尊大な物言いに兵士たちは苦笑を隠しきれない。
まだ10代の子供が強がってるようにしか見えないからだ。
「ほほぅ。それなら私が相手してあげましょう」
三下のような見た目の男――カマセが意気揚々と名乗り出た。
ランスロットはとうとう本当に胃に穴が空きそうだった。
カマセの言い方が領主に対するものではない。
ランスロットは自分の首が飛ぶことを恐れた。
「ふむ。不敬だが、まあ許そう」
アークは口の端を釣り上げる。
「せいぜい踊れ。オレを愉しませろ」
「舐めた口聞くじゃねぇか、小僧。ぶっ殺すぞ」
カマセが吠えた。
――ぷちっ
ランスロットの胃に穴が空いた瞬間だった。
伯爵に暴言を吐くなどあってはならないことだ。
部下の首が物理的に飛ぶ。
その上司であるランスロットにも責任が及ぶ。
ランスロットは下を向いてこめかみを抑えた。
次の職はどこにしようか?
いや、その前に妻にはなんと説明しようか?
ランスロットの頭は妻への謝罪をどうするかで頭がいっぱいだった。
ついこの前、妻はランスロットの出世を祝ってくれたばかりだ。
言い訳はなににしようか?
などとランスロットは妻への言い訳を考えていたのだが……。
「――――」
会場が静まっていた。
ランスロットは顔を上げて、状況を確認してみた。
カマセが氷漬けにされて倒されている。
アークがカマセを見下ろしている。
つまり、アークがカマセを氷漬けにしたのだ。
意味がわからなかった。
カマセは決して弱くはない。
むしろ軍の中でもトップクラスの実力者だった。
「こんなものか? つまらんな。おい、兵士共。次はおらんのか? これじゃあ肩慣らしもならねーだろ」
その後、兵士たちが次々とアークに挑むものの、まるで刃が立たなかった。
たった一人の子供に兵士たちがやられる様は見ていて気持ちの良いものではない。
ランスロットは思った。
――貴族ってヤベェ。
◇ ◇ ◇
裏切りの騎士ランスロット。
騎士の中の騎士ランスロット。
原作では、主人であるアークを裏切り、主人公陣営についた人物である。
ランスロットはアークの領地が闇の手の者に占領される前に、奇跡的に家族と一緒に脱出していた。
そこには彼の優秀な部下たちもいた。
無事危機から逃れたランスロットだったが、不運なことに主人公たちに出会ってしまった。
アークと戦うために戦力を欲していた主人公たちは、ランスロットに力を貸してほしいと頼み込んだ。
もちろん、ランスロットは戦いに参加する気はまったくなかった。
彼は適度に給料もらって、酒のんで、適当に遊んでいれば満足する男である。
わざわざ戦いに赴くなんて馬鹿げていると考えていた。
しかし、妻や部下たちは「領地を取り戻すぞ!」とやる気が十分なのようで、ランスロットはいやいやながら戦いに参加させられた。
そして主人公たちとともに見事アークたちを打ち倒し、領地を救った英雄になった。
騎士の中の騎士ランスロット。
それが原作での周囲からの評価である。
もちろん、原作でもランスロットはランスロットである。
本当は楽に生きたいだけなのに、周囲から請われ担がれただけの人物である。
原作でもこの世界でも、ランスロットは自分の器よりも大きなものを背負わされる運命は変わらないのかもしれない。
ちなみに戦闘経験のないアークが、魔法を覚えただけで兵士たちを倒せたのにはからくりがある。
アークに特別な魔法の才能があったら別だが、彼の才能はよく言っても中の上……もしくは上の下だ。
要はちょっと才能があるだけの凡人、それがアークだった。
ただし、魔力量は膨大だった。
作中でもトップクラスの魔力量を保有していた。
しかし、原作ではそれが原因で、キメラにされた後に再生の術式が発動し続け、死にたくても死ねない状態になってしまった。
可哀想な男である。
だが、そんなアークでも唯一抜きん出た才能があった。
それは術式との親和性である。
原作でも体に埋め込んだ再生術式がまともに発動していたように、アークは魔法術式を体に埋め込める体質であった。
アークが一瞬で強くなる方法。
それは体に魔法術式を埋め込むこと――いわゆる刻印と呼ばれる技術である。
しかし、これは狂人じみた行為であり、命を落としこねない危険な行いである。
術式との親和性が低ければ、術式が暴走して体を蝕む。
一生魔法を使えない体になったり、体を動かせなくなったり、精神が崩壊して廃人になったりする。
そんな危険な行為を、アークはタトゥーを彫るような軽いノリで行っていた。
運良くアークの体は術式との親和性が高かったためまともに動けているが、アークでなければ死んでもおかしくなかったのだ。
しかしそのおかげもあって、アークは兵士を軽々と蹴散らせるほどの力を得た。
そして兵士たちから尊敬を集めることに成功したのだ。
こうしてまた原作とズレていくのである。
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