6. カミュラ

 カミュラは戸惑っていた。


 彼女はアークに殺されても良いと考えていた。


 先代のガルム伯爵には、家畜も土地も奪われた。


 その結果、家は困窮し、両親も兄も死んだ。


 殺される覚悟で挑んだ。


 殺されるようなことをやった。


 両親が死に天涯孤独の身になった彼女には、伯爵に対する評価は最悪だった。


 アークを襲ったのは復讐だ。


 その結果、殺されても文句は言えない。


 それだけのことを彼女はしていた。


 平民が伯爵に刃物を向けるなんて殺されても当然だ。


 しかし、殺されなかった。


 伯爵の家に連行されるや否や、身体中を洗われ使用人の服を着させられた。


 そしてアークに、


「今日から貴様はオレ専属の使用人だ。いいな?」


 と、わけのわからないことを言われた。


 カミュラは戸惑った。


 しかし油断はしなかった。


 なにか魂胆があると考えた。


 なにかの罰が待ち受けていると考えた。


 油断させておいて、あとでひどい目に合わされると考えた。


 しかし、カミュラは謎だった。


 わざわざアークがそんな回りくどいことをする理由がわからなかった。


 罰を与えるなら、最初から与えればいいだろう。


 カミュラは疑惑と困惑を覚えながらアークのもとで働き続けた。


 アークのもとで働いていると、少しずつ今の生活に満足感を覚えるようになった。


 何一つ嫌なことはない。


 不自由なことはなにもない。


 スラムで生きていた頃と比べて、生活は大きく改善された。


 嬉しいことばかりだ。


 しかしカミュラは、


「クソ喰らえだ」


 今の生活に、耐え難いほどの嫌悪感を抱いていた。


 生活が満たされれば満たされるほどに屈辱を覚えた。


 優しくされればされるのほどに憎悪が増していった。


 とうとう感情が抑えきれなくなったカミュラは、アークの部屋に無断で侵入した。


 ちなみに、アークの部屋に侵入できるというのは、カミュラに諜報や暗殺の才能があるといえる。


 と、それはさておき。


 カミュラはアークが寝ているベッドの前に立つ。


「何用だ? カミュラ」


 アークはベッドに横たわりながら、カミュラに問いかけた。


「お前を殺しにきた」


「はっ。わざわざ殺しを宣言するとは、お優しいこった」


「黙れッ」


 カミュラはナイフをアークの首元に突きつける。


「なぜ僕を生かした! なぜこんな生活を送らせる!」


「それが貴様に対する罰だからだ」


「……ッ」


 カミュラにとって、たしかにそれは罰だった。


 屈辱と憎悪、そして罪悪感を覚えた。


「僕はな。別に大きな望みがあったわけじゃない。

たまにちょっとうまい肉食って、笑っていられればそれで良かったんだ」


「与えているだろう。肉も食えんほど困窮させているつもりはない」


「遅いんだよ。もう……何もかも遅いんだ」


 この生活が満たされるほどに、自分が報われるほどにカミュラは苛立ちを覚えた。


 なぜいまなのか?


 なぜもっと早く救ってくれなかったのか?


「僕は大好きな家族と一緒に食べたかったんだ……」


 小さな望みだった。


 家族とちょっとうまい飯を食えて、笑って明日を迎えられればよかった。


「全部お前のせいだ」


 奪われてから与えられる。


 永遠に満ちないとわかっているのに。


 これほど残酷なことがあるだろうか?


「己の力不足を、不甲斐なさを、他人のせいにするなよ」


 アークが静かに、しかし力強く言った。


「何をッ。お前になにがわかる!?」


「知らんよ。貴様の過去・・・に興味はない。

だがな、他人のせいにしたところで未来は何も変わらんだろう

そうだろう? オレを恨んで何か変わったのか?」


「……ッ」


「オレが興味あるのは貴様の未来だ」


「未来なんて……」


「ないとは言わせんぞ」


 アークがカミュラの腕を握り、ゆっくりと体を起こした。


「貴様はオレのものだ。オレが貴様の未来を作ってやろう」


 過去に生きるのではなく、未来を見て生きろ。


 カミュラはそう言われたような気がした。


「お前に未来を作られる筋合いはないッ!」


 カミュラはアークの目を見るのが怖く、逃げるように去っていった。


 見破られているようで怖かった。


 過去を過去のものにして、自分だけが未来にいくのが怖かった。


 それからしばらくしたあと、カミュラはランパードに尋ねた。


「アーク様はなぜ僕を雇われたのでしょうか?

なぜ生かすのでしょうか? なぜ未来を見せようとするのでしょうか?」


 ランパードは微笑みながら答えた。


「アーク様は責任を取られようとされております」


「責任?」


「先代、先々代から続く罪をアーク様はお一人で受け止めようとされております。

アーク様は受け入れているのです」


 もちろん、アークにそんな高尚な精神はない。


 むしろ欲望まみれな心しかない。


 ランパードの目は、歳ですでに盲目になっているに違いない。


 ランパードの抱くアークのイメージは本物のアークとは大きく乖離していた。


「少々口は悪いですが、アーク様はとてもお人好しでお優しい方です。

先代の過去つみを償い、大切な領民に明るい未来を見せたいと願っておられます。

その大切な領民の中に貴方もいるのですよ」


 カミュラは自分を恥じた。


 自分と同じぐらいの年齢であるはずなのに、自分よりも遥かに大きなもの背負っているアークに、とんでもない無礼を働いていた。


 カミュラから家族を奪ったのはアークではない。


 それなのにアークを殺そうとしてしまった。


「僕は愚かでした。何も知らず、何も知ろうとせず、自分勝手な理由でアーク様に危害を加えようとしていました」


「過去を悔やんでも仕方ありません。ですが、これ以上アーク様を恨まないでいただきたいです。アーク様には何も罪はないのですから。

そしてできれば、カミュラ様のお力を貸していただきたいです」


「僕の力?」


「これからアーク様は大きなものに立ち向かうことになるでしょう。

そのために多くの助けが必要になります。

カミュラ様のお力を貸していただきたいのです」


「ええ。もちろんです。僕ができることならば」


 こうしてカミュラはアークに忠誠を誓った。


 しかし、そんなカミュラの思いとは裏腹に、アークは内心で「ハッハッハ! 今日もあいつをこき使ってやるぜ!」などと考えているのだった。

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