私版 「明日への逃避行」
男は首を吊った。
未来に希望を感じなくなったからだ。
言葉にもしたくないような理不尽、挫折、悪意。その全てに触れ、心が擦り切れてしまったのだ。
男は首を吊った。
7月の終わり頃だった。
闇夜の静寂に、コオロギの鳴き声がこだまする。
4畳ほどの部屋に3枚の布団。
電気は消えていた。
布団と同じ数の少年たちが、その上に仰向けに寝転がりながら、話していた。
男は突然のことに驚いた。
いや、男という表現は些か違和感がある。
少年といった方が正しいだろう。
少年は突然のことに驚いた。
そして、すぐに走馬灯めいたものだと理解した。
走馬灯と思うと、不思議と心が軽くなった気がした。少年にその因果はわからなかったが、今度は懐かしい気持ちが湧いてきた。
覚えている。2005年の夏だ。
確か、当時熱中していたカードゲームの大会に出場するために、会場から近い祖母の家に仲間と一緒に泊まったのだ。結局、大会は予選落ちしてしまったと思う。埃被っていた古い古い思い出だった。
「なぁー、聞いてる?」
少年から見て右の布団、声からしてスポーツカットのゆうきちだ。
「俺たちってさ、もう小6じゃん。来年から大会、レギュラークラスじゃなくてオープンクラスにしか参加できねーってことだぜ。」
ゆうきちは少し不満気に呟くと、「大人になってくってなんか残酷だな。」と付け加えた。
「でも、悪いことばっかじゃないかもよ。」
少年から見て左の布団、声からしてメガネがトレードマークだった拓真だ。
「未来にもっと期待しようぜ。将来の夢とか。」
「そういうんなら、なんかあんのかよ。将来の夢。」
「勿の論!!ナオちゃんと結婚すんだ、俺!」
拓真は恥ずかし気もなくそんなことを言った。
ナオちゃんというのは、拓真の同い年の幼なじみだ。
拓真いわく両思いで、中学に入ったら付き合うらしい。よくわからない道理だが。
そうだ、ナオちゃんで思い出した。
拓真が死んだのもこの年の夏だった。
8月の終わり頃に居眠り運転のトラックに轢かれて死んだのだ。
葬式でナオちゃんが泣き叫んだいたのが、脳にこびりついている。見ていられなかった。
「バッカ!!スケベだな、お前。相当スケベだ。スケベニンゲン!」
「うるせーよ。そういうお前はどうなんだよ。」
「俺?俺はすげー金持ちになるよ!そしたら、なんか...えっと...なんか、すげーだろ?」
ゆうきちは相変わらず馬鹿だった。
少年はなんだか気まずくなって、今の今まで黙りこくってしまっていた。
それに気付いたのか、ゆうきちは右の二の腕をぐりぐりと拳で押してきたのだ。
「お前はないのかよ、黙り込んで逃げようたってそうはいかねーぞ。」
「ちげーよ。ぼ...俺は...」
少年はまた黙ってしまった。
将来の話は苦手だった。
少年の周囲の大人は皆、口を開けば「将来」の話だった。
「いい大学に入って、いい会社に就職するのよ。」
母の口癖だった。
自分の意志がそこに無いような気がして、その言葉がとにかく嫌いだった。
周囲の目を忍んでカードゲームに熱中したのもそのせいだと思う。カードに触れてる時は心が線香花火めいてキラキラするのだ。
少年はしばらく考え込んで、ようやく結論を出すと、なんだかもごもごしながら口を開いた。
「勝ちたいな...明日...」
ゆうきちは一秒くらい経って、「勝ちたいだ?」と返した。多分、予想外の返答に目を丸くしたのだろう。
「お前、それ将来の話じゃなくね?」
「明日だって未来だろ。セーフだ。
セーフ。」
「しかも、何?勝ちたいだ?勝つに決まってんだろ!俺ら最強のデッキ作っちまったし!正直芥川賞取れるレベルだぜ!あのデッキ!」
拓真も「おう。」とゆうきちに頷いた。
「変な心配すんなって!!ま、俺らが負けるとしたら寝坊で棄権かな。明日に向けてここらでもう寝ねーと。じゃ、おやすみ。」
「おやすみー。」
「おやすみ。」
コオロギの鳴き声だけが暗闇に響くようになった。
後、2時間で明日が来る。
待ちに待った大会が来る。
少年の胸は張り裂けんばかりにドキドキしていた。緊張ではない。宝石めいてキラキラ光るワクワクだった。
結局、大会には負けるし、拓真は死ぬし、未来も彼を見放すだろう。
ただ、今だけは
少年は明日が待ちきれなかった。
男は明日を楽しみにしていた。
AIと人間が同じタイトルで小説書いてみた。 天皇は俺 @Tabii
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