第56話:王都へ戻ろう
「《アフラタス》!!蒼銀の杖、四、六部隊!魔族の侵入経路を探してくれ!!
蒼銀の剣全部隊は、牽制を続けつつ、後退準備を開始!!」
((((了解!!))))
とりあえず魔族の侵入経路を確認だ。また入ってこられては困る。
同時に結界の強化の準備だ。
単純に魔法の出力を上げれたらいいけど、残念ながらそうはいかない。
範囲を絞って出力を上げるほかない。
「戻りました」
相変わらず速い。どれだけこの速さに救われてきただろうか。
「ユリィ、状況は?」
「報告します。王都にて他の魔族は確認されませんでした。また、蒼銀の剣一、三、五部隊は念のため、民の守護に当たっている隊に増援に向かわせました」
良い知らせだ。状況は良くないままだが、当面はこれより酷くなることはないだろう。
「《アフラタス》!!蒼銀の剣全隊、第二陣まで後退開始!!後退完了と同時に、結界の範囲を第二陣まで縮小!!」
((((了解!!))))
目下、動き出す蒼銀の剣。これより最前線は僕らがいる城壁になる。城壁とは言っても、王城まではまだ距離があるけれど。
「相も変わらず素晴らしい魔法ですね。伝令役いらずの上、即時通達とは」
「そうだね」
戦場において、情報の鮮度はかなり重要だ。そういう意味で風属性の使い手は重宝されるものの、どうしても伝達距離や信頼性、速度といったものに限界がある。
レサルシオン王家相伝の
「うわっ!」
轟音が響き、城壁が揺らぐ。
宙を舞う硝子の破片が雪の様に舞い散った。
「《アフラタス》!!蒼銀の杖第ニ部隊!状況を報告してくれ!!」
(報告します!!第一結界が破られました!!)
「《アフラタス》!!わかった!
第二、第三部隊!再度構築するんだ!!」
((((了解!!))))
前線が下がった分、魔族への抑止力が落ちた。攻撃は激しくはなるが、まだ想定内だ。
「ダルク様、敵の前線が上がっています」
「わかっている。《アフラタス》!!
蒼銀の杖第一部隊!構え!!」
(((第一部隊、照射準備よし!!)))
まだだ。まだ引き寄せるんだ。後続が次弾範囲に差し掛かるまで…。
今だ!
「アフラタス!!第一陣!!発射!!」
(((第一陣!!発射!!)))
焦らされ疼いていた魔法が、声をもって解放される。膨れ上がった銀青の光が、散り広がり視界を染めた。
視界は未だ不明瞭。それでも構わない。
「アフラタス!!第二陣!!発射!!」
(((第二陣!!発射!!)))
二度目の銀青の光に照らされ、初弾の功績が影絵となる。
順調。いい流れにできてきた。
「《アフラタス》!!次弾準備開始!!三、四陣は発射準備!!」
((((((了解!!))))))
ーーーーー
銀世界を元気に跳ねる朝日。眩しい。
「うーん、即席にしては悪くない出来だね」
ヴァレンを怒らせてしまった以上、みんなの宿には戻れない。他の宿に行こうにも、もう遅いし迷惑をかける。
(その結果の即席イグルーを作りましたとさ)
イグルーとはいうものの、実態はほぼかまくら。雪ブロック作るの飽きたんだよね。
『おはようございます。こちら、今朝の新聞となります』
「ハウウィエル!おはよ!ありがと!」
朝日に負けないくらいニコニコのハウウィエルから、新聞を受け取る。
「さて、何が書かれて…ありゃ」
魔族、王都侵攻!レサルシオン王国交戦へ!って。
いや、いきなり王都なのか。
「これ何日前の情報?」
『おそらくここ二、三日かと』
写真の様子を見るに、王国側にはまだ余裕がある。なら今のうちにヴァレン達を…
(怒ってるだろうけど、仕方ない)
「ハウウィエル、ヴァレン達を送れる?」
『ご命令とあらば。ですが私奴めは…』
「大丈夫。紫苑の能力ってことにするから」
『寛大な御心に感謝致します』
これで決まり。早速準備だ。
イグルーもどきを解体して、銀世界が元通り。出る準備は整った。
「いざ出発!」
『その前に、ご報告のほど、よろしいでしょうか?』
「セシリアたちのこと?」
『ええ。エアブズ様との修行の間の、彼らの様子についてでございます』
それはすごく気になる。
『セシリア様、ティオナ様はお察しの通り、修行の最中でございます』
それはなんとなくわかってた。ヴァレンから聞いた話もそうだし、ハウウィエルの雰囲気が全部暗い話って感じでもなかったし。
ということは…
「ラフィは…」
『そちらの方に関しては、視野の範囲の外であり、明確な情報を掴めておりません。私奴の力不足にございます。誠に申し訳ありません』
「見てないんだ?」
『ええ』
じゃあ生きてる可能性はある。探さないとだけど…
(まずはテレーズ達を助けに行かないと)
俺一人じゃどーにもならないけど、今回は勇者一行がいる。問題はメンバー体調共に万全じゃないということ。
「それはみんなと要相談だね」
ヴァレンはきっと怒るけど、今はそれどころじゃないし。
(ん?誰か来る)
「あ、ヴェラだ」
「む!ユウトか!こんなところにいたのか!おはようだな!」
「おはよー」
雪波が飛んで急停止。爆速で走ってたヴェラが目の前でストップした。
ハウウィエルはいつの間にか姿を消してた。
「今朝の新聞を見たか!?」
「見たよー。行くんでしょ?」
「む!当然だ!今ヴァレンが馬車を手配しているぞ!」
「あー御者さんなしでいいよ。こいつで行くから」
腰にある紫苑をふりふり。ヴェラにその純白を見せつける。
「む!?その剣は!?」
「紫苑。説明は道すがらね」
「わかった!それではいくぞ!」
ヴェラがしゃがんだ。おぶってもらって準備オッケー。いざみんなと合流!
ーーーーー
「ではこれより準備を致します。少々…」
「む!待った!」
「ヴェラ!?」
扉が開き、ヴェラが入ってきた。
「御者の手配は無しで頼むぞ!」
「承知致しました。それならばすぐに準備が終わります。このままお待ちください」
「む!感謝するぞ!」
ヴェラの快活な声に、礼で応える店員。そのまま奥へ下がると、代わりにヴェラの背から誰かが出てきた。
「あーえっと…昨日ぶり、ヴァレン」
「ユウト…君…」
一晩経って収まった腹の熱が、再び沸いてくるのを感じる。
(ここは外だ…落ち着くんだ、ヴァレンティーア・クラミツハ…息を吸って…)
「その…昨日はごめんなさい…」
逆鱗をツゥと撫でられた関係。下げられた頭とは逆に、血が昇っていく。
「っ…なんで…だよ!なんで!」
「落ち着け!」
ヴェラの圧に、はっとなる。ここは外だ…だけど…!
「落ち着くのだ、ヴァレン」
肩に手が置かれ、熱が引いていく。大きく息を吸って、冷静さを戻していく。
「お待たせ致しました。準備が整いました」
「む!感謝するぞ!」
「ありがと、店員さん。しばらく借りるね」
二人に続いて、店を出る。馬車が一台、堂々と佇んでいた。
「ではユウト!まずは宿まで頼むぞ!」
「うん…」
ヴェラに続き、馬車に乗り込む。扉が閉まると、カラカラ軽い音が鳴り始めた。
「ヴァレン」
顔を上げると、心配そうな顔をしたヴェラと目が合った。
「昨日…ユウトと何があったのだ?」
「それは…」
昨日の夜。思い出すだけでもむしゃくしゃしてくる。でもヴェラは関係ない。落ち着いて…勤めて冷静に…
カランと軽い音がして、扉が開いた。荷物を持ったライヒとキュルケーさんが入ってきた。
「まさかユウトが御者とはな」
「む!本人の希望でな!」
「そうか」
ライヒが座り、キュルケーもふらっと腰を下ろす。
身近な人の死。普通はこうなる。僕もそうだ。なんでユウト君はあんなに…
「ライヒはヴァレンとユウトについて何か知ってるか?」
「ああ、昨日のことか。それは…」
「ユウト君に…ラフィさんが亡くなったこと、伝えたんだ」
「っ!?どうして!?」
キュルケーさんが目を見開く。弾けるように立ち上がって絶叫した。
「秘密にするって言ったじゃない!!」
「それは…ごめん…でもユウト君は!動じなかった!眉ひとつ動かさなかった!大切な人が死んだのに…どうして…!」
思わず、カッとなる。気がついたら声が荒ぶっていた。
「きっと…信じれないのよ…実際に見てるわけでもないし…」
「っ!それは…!」
また熱くなりかけて、止まる。
ユウト君は、恵まれずに育ってきている。物心ついて初めて得た大切な人に、もう会えないということが飲み込めていないのかもしれない。
「そう…だね。そうかもしれない。ごめん、僕が悪かった」
あとでユウト君にも謝ろう。
カタンと軽い音がなり、馬車が止まった。扉が開き、久々の新緑が目に飛び込んでくる。
「一旦休憩!お昼ご飯にしよ!」
ユウト君の明るい声が響く。美味しそうなお店でも見かけたのだろうか。
「その…ユウト君、昨日はごめん」
「え?あ…それは…こっちこそごめん。無神経…だったよね」
「いや…ユウト君は悪くないよ。本当にごめん」
立ち上がって、頭を下げる。これで誠意が伝わればいいのだけれど。
数拍して、頭を上げれば、タジタジなユウト君と目が合った。
「む!この話はここまでだ!」
乾いた破裂音が響き、重々しい空気が霧散する。
ずんずんと扉から出ていくヴェラ。ライヒが続き、中は僕だけになった。
キュルケーさんは…?
「ユウト、私が奢るわ。好きなだけ食べなさい」
「いや…また今度お願い。実はお弁当持ってきたんだ」
ユウト君の隣にいた。
ここしばらく聞いていない、少し軽い声。少しホッとした。
何やら布を手際よく広げていくユウト君。その上に弁当を並べていき、そのうちの一つの前に座った。
「みんなもどーぞ!」
「む?これはなんだ?」
ヴェラが布を触りながら聞いた。
ライヒが目線を投げてきたけど、僕にもよくわからない。
「レジャーシートの代わり!外で食べる時に足が汚れないようにするやつ!」
「む!れじゃあしいとと言うのか!ユウトの故郷には良いものがあるのだな!」
「むしろこっちには無いんだね」
「これは…いいわね。綺麗な眺めのところで食事ができるじゃない!今度セ…」
言葉を切って俯くキュルケーさん。口は硬く結ばれて、少し震えていた。
「セシリアとティオナとラフィとね!みんなで食べに行こー!」
「ユウト…その…みんなは…」
「もういない。それが現実だ」
キュルケーさんの言葉を、ライヒが引き継ぐ。あえて淡々と言うライヒに、それでもユウトは笑顔を向けた。
「直接死んだところを見たならまだしも、見てないんでしょ?」
「まあ…そうだが…だが」
「じゃあ信じるよ。まだ生きてるって」
弁当を開けて、手を合わせるユウト君。いただきますと呟いて、黙々と箸を進める。
「それで、紫苑…この剣の話なんだけど」
ご馳走様でしたと呟いて、箸を置いたユウト君。今日は随分と早く食べ終えたね。
「これ、インフェルティオ霊山から取ってきたやつなんよね」
吹いた。吹いてしまった。口に入れてた米粒が飛んでしまった。
「…は?」
ライヒが弁当を持ったままユウト君の方へ飛んで行った。
「ライヒ…?」
「これが…」
じっと剣を見つめたまま動かなくなったライヒと、たじたじなユウト君。ユウト君は自分がやったことの凄さを把握できてないみたいだ。
「ま、まあとりあえず、紫苑のおかげですぐにレサルシオン王国に着くってわけ」
「どうやっているんだ?具体的に説明してくれ」
「うぇ!?ま、まあそれは…」
「一旦離れなさい。ユウトが困っているでしょ?」
割って入ったキュルケーさんの後ろで、ユウト君が肩を撫で下ろした。
「ありがと、キュルケー」
「いいのよ」
スッとヴェラの隣りに戻った。一拍置いて、ユウト君が口を開く。
「やってることは結構単純だよ。馬車に流れる刻を受け流してるんだ」
「刻を受け流す…?」
みんなが疑問に目を丸くする中で、ユウト君は立ち上がってシオンを抜いた。
数十歩下がって、青眼に構える。
「キュルケー、俺を長方形の結界で囲ってくれない?」
キュルケーさんは頷くと、指を鳴らした。
「はい、これでどう?」
「完璧!ありがと。見ててね」
すぅっと小さく呼吸音が聞こえた。
「ーー水よ・集い流れよーー
ーー《ワーテル》ーー」
青く光る魔法陣から、勢いよく水が溢れ出す。
それはシオンを起点に真っ二つに割れ、ユウト君の背後で二つの渦を生み出した。
「今の流れ、見た?これと同じことを時間に対してやってるんよ」
「ちょ!ユウト!びしょびしょじゃない!」
結界が解けると同時に、水がなくなる。キュルケーさんが弾き飛ばしたらしい。
「なるほどな。その加速した流れに乗っているということか」
「まあ、そんな感じ」
納得したのか、ヴァレンはようやく引き下がった。
昼食が終わり、再び馬車へ戻ってきた。
「明日の朝には戦場に着くから、しっかり休んでて!」
「わかってるわ。戦場に着いたら、大人しく隠れてるのよ」
「わかった。最低限、身を守るだけにしておくね」
腰の白銀の一振りに手をかけ、ユウト君は笑った。
扉が閉まり、カラカラと軽い音が鳴る。
明日は戦場だ。英気を養わないと。
ファンタジー狂いの元いじめられっ子 @ginkyo
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