第51話:霊山の伝説

(まあ引き受けたはいいんだけどさ)



これからどうしようか。



『我が友よ』


「ん?」


インフェルティオ霊山このやまの伝説を知っているか?』



それなら知ってる。ていうかさっき話してたじゃん。



「王の話でしょ?アイオリアに聞いたよ」



そう返せば、二人揃ってため息をついた。額に手を当てるとこまで一緒だ。



『アイオリアと会ったのだな』


「うん。なんか夢に連れ込まれたよ」


『ふむ、それはどんな夢じゃ?』



予想外の食い付き。まあ隠すことでもないけど。



「首吊って死ぬ夢」



一転して苦い顔。いま口の中で苦虫が暴れてますって感じ。



『ユウトや、夢占いというものを知っておるか?』


「なんとなく」



夢の内容を元に、これからのことだったり、現状だったりを占うあれだよね。



『あやつは夢占いが出来る魔法を作っていてのう』


「ほえ〜。二人がそんな反応するってことはよくない結果ってことだね」


『ワシも詳しくは知らないがのう。以前亡くなる夢を見たものは、足を滑らせて帰らぬものとなったんじゃ…』



二人の空気に影が落ちる。きっと仲がいい人だったんだろうな。



「まあでも一例だし偶然…ってわけでもないか…」


『なぜそう思うんだ?』


「うーん、そうだなぁ…」



なんとなく…って言うのは簡単だけど、今回はそうしちゃいけない感じがする。



(強いて言うならーー)


「ーー生々しかったから」


『夢が…か?』



頷いて返せば、カークスは苦笑いを浮かべた。



『災難だったな』


「夢だったからマシだよ」



ポスポスと肩を叩かれた。まあ今は《イルジオ》があるし、大丈夫だと思うけど。



「どういう仕組みなの?その魔法」


『《アル・ディオシオン》という魔法を知っておるかのう?』


「なにそれ!?知らない!!」



魔法大全はかなり読み込んだし、セシリアとキュルケーの口座も一言も聞きこぼしてないはず。つまりーー



(ーー完全新魔法きたぁ!!)



これには全人類テンション爆上げだ!!



『人間が天啓魔法と呼んでいる代物じゃ』


「天啓…なるほど」



天啓。天からの啓示。


言い換えれば、将来に関する予言。


その予言を受ける対象を夢を見ている人にして、受けた予言は幻覚で夢として表現ってところか。



「だいたい分かった」


『ふむ、お主は随分と聡いのう』


「そーでもないよ」



エアブズに頭を撫でられた。こしょばゆいね。



『話を戻すぞ』


「あ、うん。ごめんカークス」


『気にするな』



一拍置いて、カークスが口を開く。



『俺が言う伝説は、眠れる魔剣の話だ』


「あ!全ての力を受け流す魔剣!」


『なんだ、知っていたのか』



カークスの炎が少し垂れた。ちょっとショックだったみたい。



『その剣を、お主にあげようと思ってのう』


「え!?」


『ほれ』



エアブズが杖を振れば、が歪んだ。



「おお!!」



ゆっくりと降りてくる、純白の一振り。



金色が奔るその両刃は、神聖な光の源泉。


煌めきの始祖、いや概念そのものとも言えるほど純粋な輝き。


そのオーラは、存在するだけであらゆる悪を浄化できてしまいそうなほどだ。


何より特徴的なのはーー



「ーー魔石が…ない?」



すとんと手に収まった伝説の魔剣。ぱっと見どこにもない。



『その通りじゃ。それを研究していた奴がいたんじゃがのう。結局よくわからず仕舞いなんじゃ』


「ほえ〜」



どこか手に吸い付くこの剣。


これは…あれだ。陰翳を握ってる感覚に似てる。



『試すぞ、ユウト』


「はーい!」



早速ボス部屋に移動だ。




ボス部屋の真ん中で、カークスの正面に立つ。いつもと違うのは、腰の重みだけだ。



『本当に…それでいいのか?』


「もちろん!」



全長百七十はある二振り。それで二刀流をしようとしてるんだから、カークスの反応は当然だ。



陰翳を片手で扱えるかと言われればノーだ。


遠心力を利用して無理矢理使うことは多々あるけど、正直未熟も未熟。



じゃあなんで二刀持っているのか。理由はシンプル。かっこいいから。



『そうか。ならば…行くぞ!』


「押忍!!」



息を入れると同時、陰翳…抜刀。


長い長い鞘から弾き出た切先が、カークスの鼻先を掠めた。



互いの口角ボルテージが上がる。



半月を描く陰翳を強引に手繰り寄せ、ハーフソード持ち替えからの上段振り下ろし。


その勢いに任せて体を回し、純白を抜き飛ばす。


宙を舞う純白を掴み取り、着地と同時に反転。再び正面の立ち位置。



酸素を全て押し出し、新鮮なものに入れ替える。



右足に力を入れた瞬間、前方跳躍をキャンセル。陰翳を逆手に衝撃を流す。


刹那起こる衝撃に乗り、空中で螺旋に舞う。弾いて跳ねて弾いて跳ねてーー



視界に紅が入った。



そして頭に流れ込んだ、純白のーー



「ーー紫苑しおん…」



刹那の暗闇が過ぎ、背後で爆音が響いた。


螺旋に回る俺に、さらに前方へのベクトルが加わる。


こいつはまずい。非常にまずい!死ーーーー



『終いじゃのう』



エアブズの声と共に、ふわふわの風に包まれた。



「あっぶねぇ…」



目と鼻の先にある天井。危うく挽肉になるところだった。



『大丈夫かのう?』


「大丈夫大丈夫!助かったー」



風に乗って地面に着地。


そんでもう一度カークスの前に行く。



「もっかいだ!いざ尋常にーー」


『ーー勝負だ』



開始と同時に、紫苑を振り払う。



意識するのは、重力。星の中心へ、中心へと誘う大きくて抗いようのない力。


その雄大な川に在る、一条の白。


そこに在るのが当然で、常識で、自然の摂理。



紫苑が一気に加速する。そこだけ無重力の不思議な世界で。


それに乗って体を回す。紫苑の重さが俺を引いて、全身を加速させていく。



右一歩踏み出した瞬間、左を浮かせる。


半回転して左着地。瞬間今度は右を浮かせる。


半回転して右着地。同時に地面を踏みつけて跳ぶ。



加速した二振りを、真っ向からカークスにぶつける。


瞬きの間に二度の衝撃。飛び散る火花が甲高く響く。



勢い余って回った体に、陰翳と紫苑を引き寄せる。


柄を離し、両手入れ替え。右の紫苑で、回転と慣性を受け流す。


宙に固定された紫苑。紫苑ならではのフェイント。


両手クロスで固まったカークスに、一瞬の隙が生まれる。



刹那の間に追いついた左手が、陰翳を振り抜く。



横腹一閃。


峰打ちの硬い感触が、左手に響いた。



「今の防ぐかぁ!」


『ふっ、舐めてもらっては困る!』



カチカチと拮抗する刃と拳。あの体勢から間に合うか!



腹を蹴ってバックステップ。


瞬間ゼロ距離に現れるカークスの手。勘に任せて二刀で捌く。


ワンツーワンツー、転じて斬り上げ。地面ごと裂いて連撃連撃。



右流し、左突き、両上段からの袈裟流し。一歩下がりながらの阿の呼吸。


吽の呼吸で踏み込みながら、両手ずらして三段突き。


カークスの爪に触れる瞬間、その手の力を受け流す。



拮抗すらなく、穿つ紫苑。


これで終わらないのがカークスだよなぁ!!



迫る炎を紫苑で裂けば、やっぱりいた!それをスルーして振るのは右。


弾かれた反動で前へとステップ。振り返れば、数えきれないほどのカークスの姿。


《フレアイルシオン》か!それならーー



「流して消す!!」



想い描くのはあの巨大な魔法陣。



繊細で、巨大で、美しい赤。


情熱的なラインが幾重にも重なって、数多の分身を生み出す神秘の陽炎。



紫苑の切先が、カークスに交わる。瞬間、決壊する炎の揺らぎカークスたち


残る本物はーー



「上だぁぁぁ!!!」



陰翳のノールック下段振り上げ。紫苑を掠って重力を流されたそれは、刹那の加速で滝をも砕く。



視界が追いついた時には、清々しく笑うカークス。


その視線は、しっかりと陰翳を捉えていた。



耳に響く轟音。腕に響く衝撃。



「ーー光よ・夢を謳えーー


ーー《イルジオ》ーー」



音と痺れを中和。正眼に構えて、土煙の奥を見る。


警戒は…解けない。



『派手に吹き飛ばしたのう!』



ふわふわと寄ってきたエアブズが、嬉しそうに言った。



『これはお主も大喜びじゃなぁ!カークスよ!!』



どうにも変だ。


正面の気配が、異常なほど大きい。



心臓が跳ねる。


息が荒ぶる。


脳内の警鐘が大きくなっていく。



「エアブズ!!逃げて!!」



反射的に突き飛ばしていた。




遠のくエアブズ。


迫る太陽。


ゆっくりと回る紫苑。



ゆっくりゆっくり流れていく一瞬。


世界は蒼く染まっていた。

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