第38話:赤と黒の共演
しばらく歩くと、ボスリザードマンの時と同じよう扉が現れた。今度は丸の中に目玉が二つ、描かれていた。たぶん溶岩スライム。
(前はリザードマンがブチ開けたし、今度は開けさせてもらうぞー)
陰翳を納刀し、扉に手を掛ける。その瞬間、悪寒が全身を駆け抜けた。
迷わず反対、全力ダッシュ。扉から飛ぶように離れる。
接触範囲から出ると同時に、衝撃音が響いた。薄暗かった洞窟が、一気に明るくなる。
「まーた開けれなかったよ。このダンジョンはボス部屋のワクワク感をとことん潰してくるね」
一人愚痴りつつ、長槍を地面に置き、リュックを遠くに投げる。そして蜃気楼が立ち昇るなか、ヌルヌルと動くマグマに目を向けた。マグマってもっとねっとり流れるイメージだから、すごく違和感を感じる。そこは、スライムだからってことなんだろうけど。
マグマが盛り上がり二つの巨大な目が現れる。ジッと俺を見つめるその瞳は、俺の頭と大差ないくらい大きい。
陰翳を抜刀。切先を奴の目に向ける。奴はチャプチャプと揺らぎ、切先を避けるように視線を逸らした。奴にも陰翳の効果はあるらしい。そうとなればやることは一つ。
一、二とゆっくり歩を刻む。距離を詰めるたびに、奴は後退。徐々に徐々にボス部屋へと押し込んでいく。
奴がボス部屋に入りきるまであと、三、二、一。入った!
その瞬間、脚に力を入れて一気に踏み込み。足のバネが跳ね上がるのに合わせ、陰翳を振り上げる。半月を描き、奴の目玉を一刀両断。
着地、即座に後退。さっきまでいたところが、マグマの海に変わる。
「あれ?」
奴の目玉が三つに増えている。まさか斬ったら増えるパターン?
思い付いたら即検証。刃を見せつけて道を開き、間合いに入った瞬間に斬り飛ばす。そして、マグマに当たる前に退散。奴が身を悶えさせると、目が四つに増えた。あー、増えてる増えてる。
斬れば斬るほど増えるタイプ。目の能力がわからないけど、増えるからにはなんかある。
そして、こういう輩は叩き潰すに限る。再生するより速く斬るなんて無理だし。ライヒやヴァレンじゃないんだから。
「あっはは!いいねぇいいねぇ!増殖、変形はスライムの十八番だもんなぁ!」
手首のスナップで陰翳を回転。峰を下、刃を上にする。叩きのめしてやる!
俺がだらんと切先を下げれば、ようやく奴が攻勢に出た。目を中心に手の形を成し、俺を叩き潰さんと、四方から迫る。しかし、動きが単調、愚直。
回転一閃。四つの目ん玉を弾き飛ばした。そのまま壁に激突した目ん玉が、グジュリと潰れた。
マグマが激しく揺れる。目ん玉を潰せば、ダメージが入るようだ。しかも潰せば増えないみたいだし。これは楽勝かな?
陰翳を振るい、目ん玉を飛ばす。壁に叩き付け、潰していく。その度にマグマが揺れ、手が迫り来る。
飛んで跳ねてしゃがんで走って。躱しては潰し、避けては潰す。潰して潰して潰して潰してーー
そこで違和感に気が付いた。
マグマの形が定まってきている。最初はある程度まとまったマグマでしかなかったのに、今は爪のようなものが出来ている。
まさか目は封印?潰せば解除されるのか?
「面白いじゃん!全部潰してやる!」
俺の叫びを聞いたからか、奴はわざわざ目玉を目の前に集めてくれた。連続五閃。赤黒い線が走り、目ん玉が全て弾き飛ばされた。
『ふはははは!愚か者め!』
少しガラついた低い声が、空気をビリビリと揺らす。マグマが揺れ、一つの形を成していく。
姿を現したのは、炎の人狼。
手足にある三本の爪。ボスリザードマンを超えるほどの大柄な体格。ゆらゆらと揺れる立派な毛並み。牙の隙間から溢れる火花。俺を睨む眼光は、それだけで殺せそうなほど鋭く強い。
『自ら封印を解くなど愚の骨頂!だが光栄に思え愚か者よ!我が直々に死を与えてくれよう!』
「あっはははぁ!やってみろやぁ!」
叫ぶと同時に、金属音が高らかに鳴り響いた。鍔迫り合いになることなく、俺の刃が弾き飛ばされる。
手首を回転。からの左に持ち替え。遠心力の乗った陰翳が、満月を描き奴を襲う。それを半身で躱しつつ、奴は右手を振り抜く。
地を蹴り、体を宙に。回る陰翳に引っ張られ、奴の後ろに着地する。
刹那、突き出される左掌底。深くしゃがんで躱し、溜まった脚を解放。刃を振り上げ、左腕を斬り飛ばす。
反射でバックステップ。鋭い爪が腹を掠めた。
「いい蹴りじゃん!」
『当然だ!』
一拍の間。酸素を肺に送った瞬間、奴の拳が唸りを上げた。右、左、しゃがんで後転。跳ね起きて振り上げ、追撃を弾く。
十一、十二、とんで十七。捌いた拳はざっくり百。一の振りで十を捌き、変則的に飛ぶ蹴りをステップで躱す。
背中がピリピリとヒリつく。そのヒリつきはだんだん大きくなっていった。それが最高潮に達した瞬間、前へ飛び込んだ。後ろギリギリを熱が通り過ぎ、熱風が俺を吹き飛ばす。
転がって跳ねた勢いを利用し、飛び上がって振り上げ。拳の軌道が逸れた隙に、弾かれた勢いを乗せて足払い。
『うお!?』
体勢を崩した奴に、一気に畳み掛ける。三連突き、袈裟、燕返し。横一文字から兜割り。
追撃はせず、距離を取る。正眼に構え、奴の一挙一動を深く警戒する。
『絶妙な間合いの取り方だ。いいだろう、認めてやる』
嘲るように笑っていた奴の雰囲気が変わる。どうやら本気を出してくれるらしい。
全身の炎の勢いが増し、溢れ出る熱波にローブの裾が靡く。
『仰ぎ見よ!これこそが我の真の姿だ!』
奴の咆哮が木魂する。それに呼応するように、背中に炎のリングが現れた。
口から溢れる炎が大きくなる。それは雲となり、奴は手に、脚に、顔に纏う。大神を名乗るに相応しい奴の姿は、俺の厨二心を爆発させるに十分な威力だった。
「あっはははははは!!かっけぇぇぇぇ!!めっちゃかっけぇぇぇ!!」
『気でも狂ったか、愚か者よ!』
奴は叫び、斬撃を飛ばす。一や二ではない。あまりの密度に視界が紅に染まる。後ろは壁。ジャンプで躱せる高さでもない。右も左も斬撃の嵐。どのみち迎撃しかない。
陰翳を傾け、軌道を逸らす。受ける衝撃すら利用して、振って振って捌き続ける。
握る手が、指が痛い。今にも裂けそうだと悲鳴を上げてる。それでも振るう。振らなきゃ…死ぬ!
弾幕の先が見えた。一撃を大振りに。三、四を纏めて弾き、スペースをこじ開ける。
身を捩り、強引に飛び込み。弾幕が消え、奴の腕が見えた。
ジャンピングターンからの振り下ろし。遠心力に重力を乗せて、陰翳の刃が空を裂く。その勢いのまま前宙。奴の爪を踏み台にさらに跳躍。靴裏を代償に脳天から一発ぶち込んだ。
振り抜き、着地。即座に反転。陰翳の切先を奴に向ける。
視線の先では、真っ二つになった奴の傷口を炎の雲が覆っていた。雲が消え、綺麗さっぱり元通りになった奴が、俺の方を向き咆哮を上げる。
『この程度か!!』
「まだまだぁ!!」
腹の底から溢れ出る歓喜で喉を震わす。刹那、甲高い喜びの音が響いた。交差する刃の先に、狂った笑みを浮かべる奴がいる。俺の口角も、釣られるように上がっていた。
刃が交わる度、感情がぶつかり合う。
ハイテンポの炎斬。ローテンポの黒剣。赤と黒が混ざり合って絡み合って、たった二人だけのオーケストラを織りなしていく。
どこに目をやっても、映るのは奴と焔だけ。痛みはない。熱くもない。ただ直感に身を任せ、奴の動きに反射し、
『ふははははは!!随分と楽しませてくれるではないか!!』
「あっはは!!そいつは光栄だなぁ!!」
狂気の笑いすら
斬って流して、斬られて防がれて。きっとラノベの世界にも劣らない、
だが終わりは突如訪れた。
奴の爪が砕ける音。二人同時に視線がズレる。
『ここまで…か』
振り下ろしをキャンセル。体の軌道を強引に変え、立ち止まる。
お互いに闘気が鎮まっていくのを感じた。数歩下がり、奴との距離を取る。
「終幕と…行こうか」
『ああ!!』
脱力。右に持った陰翳の切先が地面へと向く。肩幅くらいに足を開き、深く息を吸った。瞼を下ろし、視界を閉じる。
ゆっくりと陰翳を回す。切先が描くのは半月。雑念を捨て、意識を一つに研いでいく。
瞼の裏に映る、俺の
水面。夜に沈む凪。音もない。光もない。暗闇にただ在り続ける一つの水。
刃が映る。闇の世界に光が生まれる。混じり合う三色が一条の軌跡を描く。
天に向けられた陰翳を、両の手で握る。腕を下げ、胸の前へ。
「我流剣術ーー」
水面に大きな雫が落ちた。刹那、目を開き、横一文字に振り抜く。一寸先の命の焔。眩い輝きを放つそれが視界から消えた。
「ーー水鏡」
小さく呟き、陰翳を納める。息を吐き、柄から手を離した。
どさりという音が聞こえた。振り返れば、奴が満足げな笑みを浮かべて地に伏していた。煌々と燃えていた体の炎は弱々しくなって、焔の雲も消え掛かっている。
『良い…戦いだった…我が友よ』
小さく、されど確かに奴は言った。
「こちらこそ、最高の時間だった。ありがと」
『願わくは…我が友に永遠に続く勝利を…』
奴はふっと笑い、静かに目を閉じた。チリチリと鳴る火を見るのは、ちょっと寂しかった。
ーーーー
インフェルティオ霊山の麓、テルモネオからちょっと離れたところで、僕たちは剣を交えていた。
「せい!やっ!」
ライヒの剣は変幻自在。どこからでも刃が飛んでくる。前を弾いたと思えば右から。左を避けたと思えば下から。全く油断ができない。
「そりゃ!」
右の剣を弾いた瞬間、一歩踏み込み。左の剣を盾で受け止めて、その隙に煌爛を振り下ろす。
ライヒは盾を蹴って回避。追撃の突きを入れた瞬間、喉に剣が突きつけられていた。お互いの切先が、お互いの喉を狙っている。
「む!そこまで!引き分けだ!」
ヴェラの制止の声が掛かった。僕たちは剣を引き、鞘に納めた。
「また腕を上げたな、ヴァレン」
「ライヒには及ばないよ」
ふっとライヒが笑った。額に浮かんだ汗を拭い、ライヒに笑顔で返す。
「だが…」
「このままじゃあ…ね」
ヨトゥンには勝てない。そんな現実が、僕たちの表情を曇らせた。
(ヨトゥンの強さは一朝一夕で追いつけるようなものじゃない。急激に強くなれる魔導具でもあれば良いんだけど…)
顎に手を当て、思考に耽る。だけど辿り着いた結論はやっぱり変わらなかった。
「もう一度臨むしかない…か」
「加護があるなら話が変わる可能性もある。撤退前提だがな」
「そうだね…」
ここ一週間、僕たちは時間のほとんどを鍛錬に費やしてきた。いきなり挑んでも意味がないから、少しでも鍛えようと思ったからだ。そして一日が終わるたび、力量の差を痛感していた。
今日も沈んだ気分で宿に戻る。沈む夕日に慰められてる気すらした。少しふらついた二つの影とちょっと元気な一つの影が、雪が積もる街で伸びている。
気がつけば宿屋に着いていた。ペタペタと足音が寂しく廊下に響く。
角を曲がったところで、見慣れた三人がいた。こっちもこっちで雰囲気が暗い。
「お、おかえり」
「む、ただいまだ」
キュルケーさんが照れながら言った。ヴェラは嬉しそうにニッと笑って返した。相変わらず仲がいい二人に思わずほっこりしてしまう。
「明日は再戦だ。さっさと寝るぞ」
「ライヒ、お風呂が先だよ」
「それくらい分かっている」
そのまま少し話をして解散。明日に備えてしっかりと休んだ。
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