第37話:魔王様の御伽話
さて困った。
「どっちにしよう…」
目の前には分かれ道があった。右か左か、選べと言わんばかりに堂々とある分岐路。周りは変わらず岩の壁ときどきマグマ。洞窟の見慣れた景色だ。つまりノーヒント。
(こんな時は、こいつの出番!)
考えることを早々に放棄。ボスリザードマンの長槍を突き立てる。そしてパッと手を離した。
倒れ込んだのは右。そういうわけで右を進む。
陰翳を抜いたままだからか、あれから一切のエンカウントはない。すごい楽チン。何もなくて暇なのはそうなんだけど。
スタスタ歩みを進めていると、突如、右側に宝箱が現れた。蓋の部分が丸みを帯びて、鍵穴が正面についてる、テンプレの宝箱といった見た目だ。
ここでやったー!宝箱だー!って飛びつくのは絶対にダメ。こういう怪しい宝箱はミミックの可能性が大いにあるからだ。
(というわけで、陰翳の出番!)
ゆっくり近づき、陰翳の刃を寄せていく。太刀だから刃が長いし、安心だね。
ことり、と小さく鳴った。刃はまだ当たっていない。
(もう少し近づけよ)
すぅーっと刃を寄せる。またことりと鳴った。気のせいじゃなければ、箱の位置がずれている。これはーー
「ミミックだぁ!」
陰翳を納刀し、引き摺っていた長槍に持ち変える。めっちゃ重い。
プルプル震える手で、槍先を調整。蓋と下の部分の隙間に合わせて、いざオープン!
「あれ?」
動かない。宝箱が動かない。牙もない。目もない。舌も手も足もない。
中を覗き込む。そこにはーー
「何もない…おわぁ!」
何かに後ろから押され、頭から突っ込んだ。
「やっほーーーい!!!」
滑り台みたいな斜面を爆速で滑っていく。もちろん頭から。当たる風と加速している感覚がめっちゃ気持ちいい。
真っ暗トンネル線、快速、宝箱発どこか行き。
視線の先に光が見えてきましたー。間もなく終点、出口、出口。お出口は真正面でーす。
「ふげっ」
お腹から地面にダイブ。変な声が出た。まあ、頭じゃないしセーフ。
『クスクスクス』
「ん?」
笑い声が聞こえた。小さな女の子の声だ。顔を上げると、白いワンピースを着た女の子が浮いていた。悪戯が成功した悪ガキみたいな笑みを浮かべている。
『ね、今どんな気持ちー?』
「滑り台楽しかったーって気持ち」
何が面白かったのか、女の子はケラケラと笑った。
「それでここはどこ?」
『ここー?私の部屋。知らないー?』
「いや、初めて来たからなんとも」
素直に答えれば、女の子は少し嬉しそうな顔をした。
今度は女の子は、ふわふわしながら部屋を行ったり来たりし始めた。何を考えているんだろう。
「あ、名前言ってなかった。俺、久城悠人。よろしく」
『うん、知ってるー』
「え?なんで知ってるの?」
『見てたからー』
何を見たのかすごく気になるけど、これ以上は教えてくれなさそうな雰囲気。ということで話題を変えよう。
「俺さ、一緒に来てくれた人たちがいるんだけど、どこにいるか知らない?」
『知ってるー。けど教えなーい』
「そっかぁ。まあ生きてるならいいや。ありがと」
『うんー』
(どうしよう。話題がなくなった)
相変わらず女の子はふわふわふわふわ漂っている。どうやって浮いてるのか、種族はなんなのか、どんな魔法が使えるのか、じっくり観察してみたい。だけど女の子相手にそれは失礼。紳士な盲目魔法使いが言ってた。
しばらく無言のまま過ごしていると、ふといい話題を思い付いた。ティオナが教えてくれるって言ってたあれ、聞いてみよ。
「ねえねえ、インフェルティオ霊山の伝説って知ってる?」
『知ってるー』
「教えてくれん?」
『いいよー』
案外あっさり頷いてくれた。これはラッキー。伝説の魔剣に近づけるぞ。
「ほんと!?じゃあーー」
『私の名前を当てれたらねー』
「よーし。のった!」
一も二もなく頷いた。彼女はニヤッと笑った。また悪戯でも仕掛けたんだろうか。それともどうせ当てれないと思ったんだろうか。
(絶対当ててやる)
ジッと彼女の目を見つめる。
湧き出てくるイメージは風だった。優しく流れるそよ風に乗って漂っているけど、中は嵐のような強い流れがある、そんな感じ。
風を完全に支配する、大きくなった彼女の姿。プラチナブロンドの髪を靡かせ、自由自在に空を舞う。
時には嵐を伴い全てを蹴散らし、時には
「アイオリア」
『へ?』
「名前はアイオリアじゃない?」
ギリシャ神話に登場する風の神アネモイの主、アイオロス。そのアイオロスが支配する島の名がアイオリア。なんで島の名前にしたかっていうと、言葉の響き的に一番好みだから。
「アネモイとちょっと悩んだけどねー。最後は俺の好みで決めた」
目を白黒させて固まる女の子。当たりだったのだろうか。
『せい…かいだよ』
「やったー!じゃあ!」
『うん、教えてあげる』
そう言って女の子、もといアイオリアは小さい子に語りかけるように話し始めた。
『むかーしむかし。あるところに、一人ぼっちの魔王様がいましたー。魔王様はどこからともなく現れて、一人森で暮らしてましたー。
ある日、ふらふらと一匹の赤い龍が現れたのですー。
龍は傷だらけでしたー。お腹にも、顔にも、翼にも、いっぱい傷がついてましたー。
可哀想に思った魔王様はー、必死に龍の手当てをしましたー。その甲斐あって、龍は元気になりましたー。
龍はお礼に、魔王様に何かしたいと思いましたー。すると魔王様は走って逃げてしまいましたー。
二人はおいかっけっこをする内に、心を許していきましたー。
仲良くなった二人は、いろいろなところを旅しましたー。旅の中でたくさんの友達ができましたー』
そこまで言って、アイオリアの表情に影が増した。
『でも、楽しい日々はいつまでも続きませんでしたー。
なぜなら魔王様は、ずっと呪いにかかっていたからですー。呪いは魔王様をいつも苦しめていましたがー、魔王様はそんな素振りは全く見せませんでしたー。
でもとうとう、魔王様に限界がきたのですー。魔王様は寝床から起き上がれなくなってしまいましたー。
お友達は協力して、呪いを解こうとしましたー。呪いを解く方法を、必死に探しましたー。そしてとある山の奥深くで、呪いを解く方法を見つけたのですー。
ですがそれを持ち帰ったときにはもう、魔王様は死んでいましたー。魔王様のお友達は、三日三晩、涙を流しましたー。声を上げて悲しみましたー。
用がなくなってしまったその方法はー、再び山奥に戻されましたー。それこそが、伝説の魔剣と言われているのですー』
ポロポロと涙が溢れた。アイオリアの涙だ。それを皮切りに、アイオリアは声を上げて泣いた。
「ありがと。ごめん、辛いことを話させたね」
『うっぐ、ひっく、うわぁぁぁぁん!』
飛びついてきたアイオリアの頭を撫でる。たぶんアイオリアは、その魔王様と友達だったんだろう。
ところでアイオリアの話は、結構意味がわからないところが多かった。抽象的だからっていうのもあるんだろうけど。
魔王がなんで逃げたのか。なんで追い回す中で仲良くなるのか。そもそも魔王も赤龍もどこから現れたのか。魔王の呪いはなんだったのか。てかそもそも、魔剣ほぼ出てこなかったし。最後だけじゃん。
気になるけど、アイオリアがこんな調子じゃ、正直聞けない。これ以上ほじくり返すのも可哀想だし。今度ラフィに聞いてみよ。
(とりあえず、アイオリアが落ち着くまで待とう)
胸元で泣きじゃくってるアイオリアを、ゆっくりと撫で続けた。
なかなかアイオリアが泣き止まないので、部屋を見渡すことにした。
妙に高いところに掛かっている縦長の鏡。出窓のようになっているところに置かれたミニ植木鉢。そして小さな机の上にある綺麗な細工が施された箱。
(なーんか見たことある配置だなぁ)
その答えはすぐに出た。
(夢だ。夢の部屋と一緒だ)
首吊り自殺をしたあの部屋。
振り子時計のところには鏡。キャラの動くやつのところにはミニ植木鉢。固定電話のところには綺麗な箱。ピッタリ一致している。
偶然で片付けるにはどうにも違和感がある。その取っ掛かりを探っていけば、アイオリアの言葉が出てきた。
(見てたってまさか…俺の夢!?)
ふと、アイオリアの方を見る。いつの間にか泣き止んでいたが、赤く腫れている目は、悲しみに歪んでいるように見えた。
『気づいたん…だね』
「夢と…一緒」
『うん』
知ってはいけないことを知った感覚。心臓は早鐘を打ち、胸が苦しくなる。なんでだろう。
不意に、後ろからドアが開く音がした。
『行って。その先に、君が求めるものがあるから』
アイオリアは俺からそっと手を離し、宙にふわふわと浮かんだ。
「アイオリアは?」
『ここは私の部屋』
「そういやそっか」
『うん』
俺は立ち上がり、ドアへと向かう。荷物はない。元々持ってなかったし。
「じゃあね。お邪魔しましました」
『うん、また会おうね』
「またー」
アイオリアに手を振り、ドアから一歩踏み出す。っと、その前に。
「次会う時は、自殺は勘弁してね」
『…』
「え、ちょ!無言は怖いよ!?」
『じょーだん、じょーだん。わかってるよー』
ケラケラと笑ったアイオリアに見送られ、俺の意識は暗転した。
ーーーー
『いっちゃった』
急に寂しさが増した。久しぶりの人の温もり。もう少し浸っていたかった。でもそれも一時のこと。またすぐに逢える。それよりも気にしなくちゃいけないこと。それはーー
(自殺…じゃあ、まだなんだね)
ーーあの子の無事。安心できる状態じゃないのは分かった。
(頑張らないと)
気合いを入れて、部屋を後にした。
ーーーー
目を開ける。
「よっと」
飛び起きて、周りを確認。うん、一切の問題なし。荷物もなくなってないし、怪我もしてない。それに魔物もいない。
(いや、いたわ)
やっぱり視線を感じる。まあずっと付いてきてるけど特に害とかないし、放置でいいや。
宝箱は消えてた。あそこら辺から幻覚が始まってたんだろうなぁ。目的が全くわからんけど。
とりあえず、すっからかんのお腹を満たして、陰翳を抜き放つ。刃をちらつかせながら、先へ進んだ。
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