第2話:食べ物が欲しい
光が眩しい。
「ふあぁ…」
俺は大きく欠伸をしながら目を覚ました。空を見ると、枝葉の間で太陽が輝いていた。
(腹減った…ここどこ?)
周りを見てみると、背中側に崖があり、それ以外は木々に囲まれていた。つまり、落ちた場所そのままということだ。
軽く体をチェックしてみると、なんと無傷だった。服も泥まみれなだけで、血とかも一切ついていない。
(しかしまあ、よく怪我しなかったものだ。俺の体にも感謝だなぁ)
そんな事を考えていると、俺の腹が大きく鳴った。
(とにかくご飯。食べ物が欲しい)
俺は食料を得るため、森の散策を開始した。
ーーーー
「これ…食えるのか?」
未知の土地の散策を開始してから一時間後、俺の手には謎の果実があった。ザラザラした手触りに、黄色ベースの黒斑点。大きさは姫林檎くらいだろうか。
(いや、りんご食ったことないけど。とりあえずこれ、皮剥ぐか。柔らかそうだし)
試しに剥いてみると、想像以上に柔らかく、身が潰れ、汁が飛んだ。同時に、強烈な甘い香りが周辺を埋め尽くした。
「甘ったるい!これは期待大だな!」
久々の甘味の予感に、俺は思わずはしゃいでしまった。そのまま果肉にかぶりつく。
「まっず!」
口内で暴れるえぐみと苦味に俺は、反射的に口の中のものを吐き出した。例えるならココアパウダーに、筍のえぐみを混ぜ合わせた味だ。
(最悪だ…久々のお菓子だと思ったのに…)
膨れ上がった期待との落差も相まって、不味さに拍車がかかってる気もするが、俺の第一発見は無駄に終わった。
しばらく苦さにダウンしていた俺は、地面が揺れていることに気がついた。
(なんだ?地震の類にしては揺れ方が変すぎるぞ)
不思議に思っていると、今度は何かが倒れてくるような音が聞こえ始めた。それは、かなりのスピードで近づいて来ている。
(なんか来る!とりあえず少し離れ…あぶねぇ!)
咄嗟に前方の体を投げたことによって、倒れてきた大木を回避。かなりの重量があったのか、
徐々に視界が明瞭になっていく。その先に、巨大な猪が現れた。俺の二周りは余裕で超えてくる大きさだ。口から見える四本の鋭い牙は、キラーンというエフェクト音を発しそうなほどだ。二つの大きな黒い瞳は、俺の方をじっと見つめている。
「あ…えっと…こんにちは〜」
なぜか挨拶をしてしまった。返ってきたのは荒い鼻息だけ。前足で地を掻く奴は、明らかに興奮している。
(これまずいよな〜。逃げよ!)
俺が直角右の方向へと走り出したのと同時に、大猪が突進を繰り出す。その巨体からは考えられないほどのスピードだ。背中からギリギリをトラックが通り過ぎたような圧を感じる。
(ま、マジで死ぬぞこれ!いくら俺が頑丈だからといってもこりゃ耐えられん!)
心臓の叫びが、脳内の本能が、命の危機を声高に主張してくる。それに従い俺は、全力で地を蹴る。
「あ…」
だが運が悪かった。いや、注意不足だった。少し出っ張った木の根に左足を持っていかれ、俺は間抜けな声と共に転けてしまった。
足に生暖かい空気が当たる。なんとか振り向くと、そこには奴の顔があった。
(終わった…)
「なんで笑ってんだ俺…とうとう狂っちまったか…」
自嘲気味に
(まだ…死にたくねぇ)
ほんの少しだけ、気力が戻ってきた。それと同時に、ある感触に気がついた。柔らかい果実のような感触。さっき俺が捨てた、甘ったるい匂いのくせに、めちゃくちゃ苦い果実のようなもの。
「これでも食ってろ!」
俺は奴の口に向かってそれを投げた。近くに転がっているのを手当たり次第全て投げた。
『グモオオオオ!』
奴が苦悶に叫び地団駄を踏み鳴らす。その度に地面が揺れるが、それでも俺は必死に投げた。投げて投げて投げて投げて…
『グモオォ…』
気がつけば奴は地に伏せていた。
「勝った…のか」
奴の死体を蹴ってみるも反応がない。
「勝った、勝ったぞぉぉぉ!」
俺は湧き上がる歓喜のままに
ーーーー
「出来た!」
さて、今俺が何をしていたかというと、石器を作っていた。石と石をぶつけて砕いて作る、打製石器。試しにやってみるとすんなり作れた。
(あーあ、寝ぐらに行けばナイフくらいあるんだけどなぁ)
俺が愛用している万能ナイフは、今手元にはない。よって代用の打製石器くんである。それを片手に大猪の死体に近づく。
「よし、解体だ。ここまで大きいのは初めてだなぁ」
改めて見ると大きい。ここまでのサイズならしばらく肉には困らなさそうだ。
毛皮の部分に手を当て、刃を入れていく。皮自体は厚いが、すんなり刃が通った。なかなか有能な打製石器ナイフである。
そのままの勢いで腹部を切り開く。何度も何度も切ったところで、
「ふー、ようやくか。こりゃ時間かかるぞ」
長期戦を覚悟しながら、俺は内蔵を取り出す作業にかかった。
二時間ほどして、俺の横には、巨大な内蔵が山になっていた。内蔵は消毒できる自信がないからいつも捨ててる。
(できるんなら、埋めるなり遠くにどかすなりしたいんだけどなぁ)
サイズがサイズだけに現実的ではない。仕方がないので燃やすことにした。内蔵を引っ張って本体から遠ざける。かなり頑丈らしく、引っ張っても破れなかった。
(うん!中身がぶちまけられないようで何より!)
超臭い中で調理や食事ってのは勘弁願いたい限りである。
次に、内蔵の周りを石で囲った。簡易的な炉のようなものだ。今回は燃やすものがものだけに、あまり意味をなさないが。
木の皮を置き、その上に小枝、中くらいの枝を置く。焚き火の元はこれで完成。仕上げに内蔵のところに大きめの木を放り投げていく。さっき大猪が暴れ回った時の犠牲者たち。おかげで周りは更地だし、風も凪いでいるので、この焚き火で森林火災になることもないだろう。
(さーて。こっからが地獄だ)
一番の問題は、火付け。ライターもチャッカマンもマッチもない。虫眼鏡もレンズの代わりになるものも。ではどうするのか。残された手段は一つ。弓きり式である。
「はぁ…やりたくねぇ…けどやるしかないし…材料探すか」
焚き火に背を向けて、森へ向かう。途端、背中に悪寒が疾った。大慌てで前方大ジャンプ。背後で大爆破が起こった。爆風にやられ、ゴロゴロ転がって解体中の大猪のところで止まった。焚き火の方を見れば、それはもう盛大に燃えていた。
「うぇ!?なんで!?」
驚きのあまり変な声が出たが、そこはスルー。
「あ、そういえば油って自然発火するみたいなの聞いたことがある気がする。それかな?ま、いっか!」
とにかく楽に火がついたから結果オーライである。俺はルンルン気分で、肉の解体に戻った。
それからさらに時間が経って、辺りはすっかり暗くなっていた。
(うーん、圧倒的達成感。よくもまあ
伸びをしながら、元気に燃える焚き火に目を向ける。奥に焚き火というには大きすぎるキャンプファイヤーがあるが、明日になれば消えているだろう。目の前のは、そこから貰い火して作った料理用焚き火である。枯れ葉を足してやると、煙がもうもうと昇っていく。行先には大猪の肉。
(レッツ燻製メイキング!保存食といえばこれでしょ!)
今後の生命線になるであろう、スモーク猪を片目に、大猪の巨大ステーキにかぶりつく。じゅわっと口に濃密な肉汁が流れ込む。もはや高級牛のステーキだろ。いや、食べたことないけど。
「うんまぁー!」
腹が膨れた俺は星空の元、大の字に寝っ転がっていた。パチパチと燃える焚き火の音に、徐々に眠くなってきた。想像以上に疲れが溜まってるらしい。
(そりゃそうだよな…死線を超えるってのはかなりの消耗だし、あと…解体も結構なぁ…)
大きな欠伸が出る。俺は心地良い充足感に身を任せて、意識を手放した。
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