第3話:飲み水と洞窟とコスプレイヤー

喉が渇いた。



「やべぇ。カラッカラだ」



ちょうど朝日の頭が見え始めた頃。喉の渇きに俺は叩き起こされた。



「よし。今日は水探しだ」



早速今日の目標が見つかった。昨日の午後から全く飲んでいないので、見つからなければ死活問題だ。


焚き火のあった方を見れば、すっかり火が消えていた。そして燃えカスこと灰の山も見える。



「あれ埋めるの無理じゃね?」



小さい焚き火の方はいい。少し窪みを作ってから炉を組んだら完成。土を被せるだけで処理完了である。


しかしモツ製キャンプファイヤーはそうはいかない。


俺はそっと目を逸らし、完成した燻製肉と打製石器ナイフを、乾かしておいた大猪の皮にくるみ、森へと歩き出した。




時折燻製肉をかじりながら、ひたすら真っ直ぐ進む。方角はおそらく東。太陽が見えた方に向かっているからである。


今日も今日とて風は凪いでいる。


湿気はないので日光が遮られている日陰は涼しい。生えている木々に感謝である。



「暑くないのは幸いなんだけど…そろそろ見つかってもいいんじゃない?喉乾いたよ、俺…」



そんなことを一人愚痴っていると、ふと、水が流れ落ちる音が小さく聞こえた。



「滝!?近くにあるのか!?」



テンション爆上げになった俺は、音の聞こえる方へ走り出した。


十分ほど走っただろうか。目の前には幅が俺三人分くらいの滝が流れ落ちていた。


滝壺は結構大きく、澄んでいて水底も見える。深いところには魚影も見える。大きさは学校にいた鯉くらい。困ったら食糧にできそうだ。



「みーずー!!!」



あまりの嬉しさに肉を置いてダイブ。腹がパンパンになるまで水を飲んでしまった。



「よし、しばらくはここに住もう!」



思いのほかあっさり見つかった水辺に大はしゃぎの俺は、全身ずぶ濡れの状態で水辺で叫んだ。


あまりの水の美味さに、勢いでここの定住を決定。元の住処に戻ったら、道具だけを持って帰ってくるつもりだ。



(とはいえ屋根がある場所が欲しい)



元の住処ことログハウスはなかなか住み心地が良かった。寝る時の安心具合も全然違うし、道具を外に置かなくても済むし。


まあ、俺1人で作ったし、ろくな大工道具もなかったから小さかったが。



(台風来るたび壊れてたしなぁ。今回は洞窟をベースに扉つけて家にしたい)



ちょうどいいことに、滝の裏に洞窟らしき空洞がある。



(万が一増水してもいいように高床式の部分も作っとかなきゃなぁ。まさか歴史の授業が役に立つ時が来るとは…


調べ学習のとき誰かの班が発表してたっけ)



正直あまり覚えていないが。とにかく手荷物を持って、いざ滝の裏側へ。


「おお〜、めっちゃ涼しい」



俺は、水に濡れることなく滝の裏に入れた。さっきまでいたところと地続きになっていたのだ。


さて、洞窟の広さといえば、だいたい教室一個がまるまる入るくらいだ。


すごい、お手製ログハウスの四倍はある。


そして水面より一メートルくらい高い。非常に優良物件である。



「最高の場所じゃん!他の生き物がいた形跡もないし。


よし!とりあえず木材…の前に道具つくるか」



かなりの量の燻製肉が入った皮の袋らしきものをぽい。


大猪の大腿骨らしき骨二本とナイフとちょっとの肉をポケットに、いざ石集めの旅に出発。ちなみに使いやすい肋骨や大腿骨みたいなの以外は全部置いてきた。






さて、拾ってきた手頃な石を、早速砕く。打製石器二号、斧を作るためである。


これが難しい。


ナイフは適当に割ったらちょうどいいサイズの欠片があったのでナイフとして使っていたが、斧はそうはいかない。刃の部分を割って作るのだが、さっきから割り過ぎて、刃以外の部分にまで亀裂が入ってしまう。



「はぁ…これで5個目だよ…スペアはあと…一個しかない…」



ラスト一個を成功させるため、深呼吸。集中して石を叩く。叩く。叩く。



「あ!やっちゃった!」



そして失敗した。



「うわぁ、石から探し直しだ…」



ヤケクソ気味に失敗作を叩く。失敗の元となった亀裂が広がり、石が二つに割れた。



「うん?お、これいい感じじゃね?ラッキーハッピー!」



割れた面を見ると、刃のように薄くなっていた。いや、それは言い過ぎか。


しかし斧として使うことが出来るくらいのものはできた。それを持っている骨の一本に、ツタを使ってくくり付けた。



「さーて、斧は出来たし、伐採しますか!」



あ、ツタはその辺で千切ってきたやつね。結構頑丈だからナイフさまさま、大活躍。


近くで良さげな木を見繕い、地に足をしっかり付ける。



「ほ!そい!おりゃ!」



リズムに合わせてトントントントン。さっき作った斧で木を叩く。


メキメキメキっと軋む音と共に、木が倒れた。舞い上がる砂、なんか見たことある気がする。あ、大猪のときのあれだ。



「おお!大成功!でもまあ、このままじゃ大きすぎるな。運べないし、もう少しバラすか」



さっきは横薙ぎ。今度は振り下ろし。地球の加護を受けて、再び木を叩く。


四当分し終えたころには太陽が真上で輝いていた。



「もう昼かぁ…早いな。肉食いながら木を運ぶか」



大猪の燻製肉を口に入れ、木をゴロゴロ転がす。



(うぉ、重た!こりゃ持ち上げれんわ!)



幸い滝の近くの木を倒したため、洞窟からの距離もない。一生懸命押せば、洞窟の中まで入れることができた。



(斜面なくてよかった…マジで)



トントン拍子で作業が進み、心地よい充足感が満ちていく。その心地良さに浸っていた時、滝音に混じって何かが落ちた音が聞こえた。



「うぇ!?なに!?」



慌てて外に出る。


音がした方を見ると、そこには何かが浮いていた。じっとよく見ると、それは大きな杖を握った女の子だった。



「人が降ってきた!?なんで!?てか、早く引っ張りあげなきゃ」



慌てて水に飛び込み、女の子の服を引っ張って岸に上げた。


とりあえず外に放っておくのも忍びないので、洞窟内に連れてきた。


ゆっくりと地面に寝かせて、大猪の皮を枕がわりにそっと添える。感触はちょっとあれだけど、獣臭もしないし、ないよりはマシだろう。



(しかし…改めて見ると、随分と整った顔立ちだなぁ。アニメのお姫様みたい)



クリスタルのように透き通った白い肌。


小柄で華奢な体つき。


アクアマリンに、ところどころクンツァイトが混じったような髪は、腰に届くほど長い。


全体的に淡い色合いの彼女だが、気品あるオーラが彼女の存在を強かに主張する。



(身につけているものを見る限り…コスプレイヤーってやつだよな?初めて見た…)



手に握っている杖は背丈ほどあり、翡翠色の石と天使の翼のような装飾が施されている。


聖女のようなドレスだが、神に仕えているといった雰囲気はなく、むしろ貴族のような煌びやかさを持っている。


ただ破れていたり、汚れていたりする上、血の匂いがする。



( あ、そうだ生死チェックしとこ)



ちょっと失礼して瞼を上げれば、日差しを浴びた若葉のような、淡い緑色の瞳が現れた。


指をチョロチョロ動かせば、目が少し動いた。



(うん、生きてる生きてる。しかし何でこんなところに…ここの上流に街でもあるのか?)



考えてもどのみちわからないので、俺は彼女が目覚めるのを待ちつつ作業に戻ることにした。





ーーーー





「うぅ…ここは…?」



お手製斧の扱いにも慣れ、二本分の木材を運び終えたころ、コスプレイヤーさんが目を覚ました。



「あ、起きた。おはよう」


「っ!?」



跳ねるように起き、杖を俺の方に向けて構えるコスプレイヤーさん。完全に俺を警戒していている。



「おっ、元気そう。よかったよかった」


「あなたは?」



凛々しくも澄んだ声が、敵意をありありと乗せて響いた。



「久城悠人。そっちは?」


「得体も知れない人に名乗るつもりはありません!」


「そ、そう」



あまりにものど正論をぶちかまされ、何も言えなかった。



とりあえず、居堪れないので温めた大猪の燻製肉を差し出す。


木材集め中に同時並行で、夕食の準備とコスプレイヤーさんの汚れ落としをしていたのだ。



「これは?」


「大猪の燻製肉。おいしいよ」


「得体も知れない人の差し出したものを食べると思います?」



絶対零度の視線だけが返ってきた。まあそうだよね。


毒が入っていないことの証明に、少し千切って食べてみせる。すると彼女は、少し警戒しながらも受け取った。



「ーー我に害なす災いよ・我が言の葉により・砕け散れーー」



コスプレイヤーさんの澄んだ声に応じ、燻製肉を包むように光が集う。


それは一つの円と五芒星、そして幾つかの紋様を描き、淡く煌めいた。



「ーー《ヴェレクーア》ーー」



魔法陣が消える。すると彼女は、安心した表情で燻製肉を口に運んだ。


一つ一つの動作に品があり、彼女の容姿も相まって非常に絵になる。



「美味しいです…」


「でしょ!?じゃなくて、さっきの何!?」



ぽつりと溢された彼女の言葉に、嬉しくなってはしゃいだ。だけど、それ以上に俺は眼前で起きた現象に驚いて叫んだ。



「魔法ですが…なぜそんなに驚いているんですか?」



俺の驚きぶりに対し、コスプレイヤーさんは心底不思議そうな顔をしていた。



「いや…え?魔法って実在したの?」


「え?魔法を知らないんですか?」


「…」


「…」



全く違うベクトルに驚いた俺達は、しばらくの間沈黙に包まれて、お互いを見つめていた。


居た堪れなさが洞窟の空気を満たしている。


そんな雰囲気を壊そうと、コスプレイヤーさんがわざとらしく、可愛らしい咳払いをした。



「と、とりあえず、自己紹介がまだでしたね。


私はセシリア・サント・レサルシオン。あなたは?」


「俺は久城悠人。高校二年、周りには化け物って呼ばれてる。よろしく」


「周り?こんな辺境でですか?というかコーコーニネンって?」


「え?」


「はい?」



せっかく霧散した気まずい空気が帰ってきたのだった。




暗い中で話すのもなんなんなので、調理に使った焚き火のところに移動した。滝をバックに火が燃える様子は、意外と映えるものだ。


ちなみに火はセシリアに付けてもらった。



「少々後ろを向いてください」


「あいよー」



セシリアに言われた通り、俺は彼女に背を向けた。


大きな木々の先に見える星空。こちらもなかなか映える。



「ーー翠光よ・浄化したまえ・癒したまえーー」



小さく澄んだ声が耳に届く。


淡い緑の光と、オレンジの火の光が、夜の森で混ざり合う。



「ーー《セラピア》ーー」



ふぅ、とセシリアが小さく息を漏らした。



「もういいですよ」


「あいよー」



再びセシリアの方へ向き直る。


見るとさっきまでは開いていた傷がなくなり、すっかり綺麗になっていた。血の匂いももうしない。



「さてと、まずはどうして俺がここにいるのか、だったっけ?」


「はい、お願いします」



俺は胡座を組み直し、わざとシリアスな雰囲気を作った。





ーーーー





目の前にいる怪しい男の子、久城悠人は唐突に真面目な表情をしました。



「俺がいた森はさ、大和町ってとこの隣りなんだけど、まあ結構大きな町なんだ。普段は町にある学校と、住処にしている森とを往復して過ごす毎日だった」


(ヤマトチョウ?聞いたことがないですね…)


「まあ、いろいろあって、周りからの印象は良くなくて、俺の扱いは村八分だった。そこはあんまり掘り返さないでくれると助かる」



彼の黒い瞳が悲しそうに揺れています。


今までもこのような目をする人を見てきましたが、やはり慣れるものではありません。



「つい昨日、俺は唯一の友達六人と、普段行かない森の区域に来たんだ。


俺達はいつもヒーローごっこをしててさ、いつもと同じ場所じゃつまらないからってことで。そこは切り立った崖の上で、俺はリーダー格の指示通り崖っぷちに立ったんだ。


ふと、崖の下を見ていたときに、背中を押されて…まあ、落ちたんだよ。


気づいたときには崖の下。


服は見ての通りだけど、幸い怪我はなかったんだ」



彼は唯一の友人と言っていました。



誰も味方がいない街の中での、唯一の友人達。



それに裏切られた彼の心の痛みはどれほどだったのでしょうか。



(きっと、私では想像もできないほどの痛みでしょう…)


「とはいえ、ご飯も水もなかったから、襲ってきた大猪を倒して、水を探してうろついていたら、ここに着いたんだ。


ここいい場所だから、しばらく拠点にしようと思って木材を運んでたら、セシリアが滝の上から降ってきたってわけ」



気がつけば、視界はボヤけ、雫が地を濡らしていました。一通り話し終えた彼は、息を吐いて私の方へ視線を戻します。



「うぇ!?ちょ、大丈夫!?」



ギョッとした表情で、彼が私に声をかけてきます。



(どうしてでしょう?胸のところがキュッとします…)


「だ、大丈夫です」



涙を拭き、大きく深呼吸をします。まだ涙が完全に止まった訳ではないですが、少し落ち着きました。



「なんとなく、理解できました。この先に人の街があるというのは信じがたいですが…」


「そうなのか…信じられんなら信じないでいいんだけど」



戻ってきた視界に、再び彼を収めます。


癖っ毛の黒髪に二重の黒い瞳。私より少し大きい背。ガタイがいい訳ではありませんが、頑丈そうな雰囲気が見て取れます。



「とりあえず、今日は寝よっか。ごめんな、寝心地のいい場所とかないんだ」


「構いません。むしろ食事を提供していただき、ありがとうございます」



私は立ち上がった彼の後に続き、滝の裏に戻りました。

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