092 余命幾ばかの彼女。成功率の低い手術を前にして人生に絶望した彼女は最後の思い出に…
「(コンコン)
…どうぞ。
(ガラガラ)
………先生。
おはようございます。いや、こんにちはですか。
今日は何ですか?
診察ですか?それとも検査?
どっちでもいいですけど、あんまり時間かかるのは嫌なんですけど。
………なんでって。
どうせ、なにしたって無駄なんですし。
…無駄ですよ。
こうして何ヶ月、何年病院のベッドで横になってると思ってるんですか。
そんなに長くないってことくらい、もうわかってますから。
………聞いたんですよ。あの人から。
先生、この間あの人と話したんでしょ。
その内容、丸々あの人から聞いてるので。
まああの人、親だからって、私のことどうでもいいと思ってるんでしょうね。
聞いたら、あっけからんと教えてくれましたよ。ちょっと面倒くさそうに。
…仕方ないですよね。私、再婚の連れ子ですし。
しかも再婚した途端、夫に逃げられちゃって、私のことを押し付けられたとなれば、そりゃあ投げ槍にもなるでしょう。
………そうなんですよ。
先生よりはあの人と長い付き合いなんですから。それくらいわかりますし。
まあでも、私がいなくなったらいなくなったらで、あの人も清々するでしょうし、そっちの方が好都合なんでしょうけど。
………別にいいじゃないですか。私がどう考えたって。
それは私の自由です。
…それで、診察なんですか?それとも検査?
………へえ、手術の日程決まったんですか。
…慰めなんていらないですよ。その手術、成功率かなり低いんでしょ。
まだ世界的にも成功例が少ないって、看護師さん達が話してるのを聞きました。
まあ別に、成功しようがしまいが、どっちでもいいですけど。
―――だから、慰めなんてやめてくださいって。
そんな手術、成功するはずなんてないんですから。
私の人生、本当にやなことばっかり…
物心ついたころにはもうベッドの上の生活で、
親には愛想着かされて、
しかも余命幾ばかもない。
―――やめてやめてやめてっ!
どうせ私なんて生きたって意味ないんです!
今だって、死にきれなくて生き残ってるだけなんです!
自分で消えようとしたって、ペンすらろくに握れず消えることもできないですよ、この体は!
こんな私に、生きてる価値なんて………
………
…へえ。
じゃあ、先生、そんなに私に生きて欲しいなら…
私のお願い、聞いてくれます?
………先生にできることですよ。
いや、先生にしかできないことって、言ってもいいですけど。
…ふうん、じゃあ言いますよ。
先生、私が死ぬまででいいので…
私の恋人になってください。
ずっと、私のそばにいてください。
先生を、私にください。
………
…いいん、ですか?
ならもう少しだけ、生きていてあげますよ」
「(バタン)
…ただいまー。
今帰ったよー。
今日、鶏肉と卵が安かったんだよね。
だから今日の夕飯は、親子丼!
今日は記念日だから、食後のケーキも奮発しちゃった。
………あれからもう、5年か…
ずいぶん経ったよね…
私が先生と恋人になって、
手術が成功して、
リハビリをがんばって、
そして、こうして先生と一緒にいられる。
あの頃の私からしたら、絶対考えられなかっただろうな。
今タイムマシンであの頃の私にこのこと伝えても、絶対信じてもらえないよ。
でも、先生があの時うんって言ってくれたから、今の私がある。
こうして元気になったのも、全部、先生のおかげ。
ありがとう、先生。
………ああ、ごめんごめん。アイマスクと耳栓と猿ぐつわつけっぱなしだった。
私の声聞こえなかったよねー。
…もう、どうしたんですか先生?
蛇ににらまれたカエルみたいに体を震わせちゃって。
そんなに今日寒いかなー?
…あ、それとも、私にあっためて欲しいのかなー?
(ギュッ)
どう?これであったかい?
………えっ。
ああ、ごめんごめん。
身体の傷が痛むよね。
そんなに昨日、強く殴ったつもりはなかったんだけどな。
でもごめん。痛かったよね。よしよーし。
でも大丈夫?今日ずーっと、手足縛って同じ体勢だったけど、体硬くなってない?
…まあ、見たとことろ大丈夫そうだね。
………本当、あの頃は考えられなかったよ。
先生をこうして私のものにできて、こうして愛することができて。
その傷も、縄も、全部私の愛。
私のものになったから、愛情を全部、先生にそそぐことができる。
なんで私、あの頃あんなに悲観的だったんだろうな。
今でも信じられない。
こんな未来が来ることがわかっていれば。もっと早く、元気になれたのかもしれないのに。
………ごめんごめん。
早くご飯にしよっか。
…って、あれ?
お醤油買うの忘れちゃった…
仕方ない、もう一回行ってくるね。
帰ってくるまで、いい子でお留守番してるんだよ?
それじゃあ先生、行ってきまーす」
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