091 悪の大魔王を倒しに来た勇者。絶望的な実力差の前に魔王が提示した提案とは………

「勇者よ、よくぞここまで辿り着いた。

我こそが、すべての魔物を統べる主、魔王である。

我は貴様がここに来ることをかつてより予見していた。

必ずや、我の下にまいるだろう、とな。

そう。我と貴様が相まみえたのは、運命なのだ。

古来より約束されたこの時の邂逅、心が舞い踊って仕方ないというもの。

………もし、貴様が我に従うというなら、世界の半分をくれてやろう。

…そうか。断るというのか。

それでこそ、勇者たるというもの。

では、始めようか。最後の決戦を。

一瞬で、貴様の命を消し炭にしてくれよう!

―――

―――

―――

………弱い。

弱い。弱い。

弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い。

それが貴様の本気か?

(ヒュン。ヒュン。ヒュン)

そんな剣の攻撃など、我には当たらぬ。

(ヒュー………バーン!)

こんな豆粒の火の粉がどうかしたのかの?

(………ボワン)

魔法陣の結界など、蜘蛛の巣の方が硬いわ。

………

………

………どうした?それで終わりか?

勇者の力はそんなものか?

この絶対なる魔王の力を、どの程度と見積もっていたのやら。

弱い。

弱い弱い。

弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い。

実に弱いな。

やはり勇者でもあっても、所詮人類の一匹か。

………ん?

そのちっこい棒が、伝説の剣?

矮小な人類たちの間で多少知れ渡ったところで、そんなのはただの棒っ切れよ。

………神の魔法?

なぜ、神という存在が我よりも上だと信じておるのだ?

………弱点?

ああ、そういえば。貴様が倒した四天王に戯れとして、ホラを吹いたことがあったかの?

絶対的な存在に、弱点などというものがあるはずないのにな。

我以外のすべての存在は、我よりもずっとずっと、弱小の生物でしか足りえない。

四天王やら幹部やら右腕やら側近やら秘書やら一番弟子やら、すべてそやつが勝手に自称しているだけのこと。

あやつらの力なんて、我の力に遠く及ばないというのに。

………ああ、べつに。世界なんてどうでもよい。

我は我であって、我でしかない。

世界征服などとのたまっていたのは、部下が自己の支配欲で勝手にやったこと。

…ただまあ、あやつらのおかげで我の目的は達せた。

我の目的は………


貴様だ、勇者。


貴様をここに導くことこそが、我の唯一の目的であり願望であり希望である。

それ以外はすべて、匙にすぎぬ。

………ああ、勘違いするでない。

貴様が目的だとは言ったが、貴様の命を取るという意味ではない。

…我の眼は、すべてを見通せる。

貴様は、人類というちっぽけな種族に生まれながら、幼き頃より「魔王を倒す」などという大言をのたまった。

幼いころに夢を抱くのは誰しも等しい。

が、しかし、貴様はいくら成長してもその言を覆すことなく、旅を始め、困難を乗り越え、ここまでやってきた。

我の力など、これっぽっちも知らぬというのにな。

………そう、今の貴様の目。

これだけの力の差の目の前にしながら、決して絶望にゆがむことなく、確固たる意志に貫いた眼。

貴様ほど、興味のわく存在など他にはない。

いくら配下が生物をなぎ倒そうが。

空飛ぶ竜が戦争を繰り広げようが。

神たる存在が眼下で頭を足れようが。

決して我の心は揺れぬ。

そんな我の心が貴様にだけは、水面のように揺れ動いた。

だからこそ、貴様を欲したのだ。

貴様はもう、この空間から抜け出すことはできぬ。

我の近くで、我の前にて、我のそばで、生き続けることしかできない。

………まあ、我を倒すことができれば、その限りではないかもしれんがの。

我は貴様の挑戦を何度でも受けてやろう。

その度に、我は圧倒的な力で貴様を打ち負かす。

打ち負かして打ち負かして打ち負かして、徹底的にまで絶望の底に叩付ける。

…そう、そしてその間は、世界には平和が訪れる。

我という存在が離れれば、おのずとそうなるだろう。

だがしかし、貴様という存在が離れた瞬間、世界はまた混沌に陥る。

我は世界などには興味はないが、興味がないからこそ、どうなっても構わぬからな。

精々我の心をつなぎ留めておくように励むが良い。

我の勇者よ。これから、愉快な永遠を過ごそうぞ」

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