16 月も青ざめるような
16 月も青ざめるような
たった今肉塊にしたボスの他に、〈徴税人〉で腕のいい兵士と言えるのは、〈断頭〉と〈強肩〉、他に十人程度のベテランの連中。
特に〈断頭〉に指揮を執られると面倒だ。体勢を整えられる前にかき回す。
ボスが使用していたアサルトライフルと拳銃は手に入れたが、予備の弾倉はライフルの方を一つだけしか小屋には置いていなかった。四十六人を相手にするなら、牽制に弾をばら撒く必要のある場面が出てくるかもしれない。武器の保管場所に押し入るか、或いは他の兵士から武器を奪い取る必要がある。
相手が私でも、いや私だからこそ、見張りは一定以上の距離に近づくことを許さないはずだ。そもそも武器庫の見張りは敵対勢力よりも組織の離反者を警戒して立てているのだから。まして今の私は全身ボスの返り血まみれだ。汚れた迷彩服は脱ぎ捨てて、上はTシャツに下は下着のみという格好だったが、それでも隠しきれない血の臭いを漂わせてしまっている。
とはいえ遠くから武器庫の見張りを射殺するのもまずい。銃声は開戦の合図になってしまう。四十六人を臨戦態勢に移行させる前に数を減らしておきたかった。
私はあえてアサルトライフルを小屋に残し、拳銃だけを迷彩テープで胸の下辺りに貼り付けて隠し持った。
まずは男たちが寝泊まりする部屋を闇討ちしよう。
小屋を出ると、ちょうど見回りの兵士が二人近くを歩いていた。小屋の向こう側で死角になっているが、私にはルミナスで探知できる。
位置はわかっていても、どちらを向いているかまではわからない。見つからないよう注意するより、先に消してしまった方がよさそうだ。
「ねえ、ちょっと来てくれる?」
背後から呼びかけると、二人は大げさに驚きながら振り向いた。
「レッド、そこで何してる」
「ボスが倒れたんだ。急に血を吐いて……」
「なんだと? だったらなんでこそこそしてるんだ。大声で助けを呼べよ」
「全裸であれをおっ立てたまま失神してる姿をみんなに晒せって? 威厳ってものがあるだろ。後で私が何を言われるか……とにかく来てよ」
急ぎ足でボスの小屋の前まで来た二人は、硬直したように足を止めた。ドアを閉めていても血の臭いが漏れていた。
背後から一人の首を両手で掴み、一瞬で喉を握りつぶす。絶命していないが声を出せなければ十分だ。もう一人が振り向く前に腕を首に巻きつけ、二秒で絞め落とす。そいつの腰のナイフを鞘から抜き取り、心臓を突き刺す。喉を抑えて悶絶している方の心臓にも振り下ろす。――あと四十四人。
長めに切って腹部まで貼り付けていた迷彩テープの端を剥がし、腹部に奪ったナイフの鞘を貼り付ける。これで傍目には丸腰に見える。だが外ならともかく、男たちの部屋に侵入しているところを見つかれば即撃たれてもおかしくない。
基地で使用される、簡単に組み立てられる小屋の中では最も大きいサイズの、宿舎代わりの建物。同じ規格のものが全部で六棟、少し離れて設置されている。
室内の全員が眠っている小屋があれば、そこに忍び入って刺殺していくつもりだった。
一つ目の小屋からは微かに話し声が聞こえた。二つ目の小屋は静かだったが、全員眠っている保証はない。ルミナスが感知できても起きているか眠っているかまでは判別できない。
ドアを慎重に開けて中の様子を探る。中の人間がドアの開いたことに気づいた様子はない。覗いてみると、消灯して全員が横になっている。六人中二人はいびきをかいているが、四人は眠っているかわからない。
見回りの二人は殺したが、奴らは本来定期的に武器庫前の見張りの近くを通る。それが来なければすぐに異変はばれる。他の小屋も確認して全員が確実に眠っている所を見つける時間はあるだろうか。
いや、他を覗いてもそんな小屋があるとは限らない。私はここから手を付けることに決めた。中に侵入すると同時に寝返りを打った男を最初に始末することにした。傍らに跪き、口を抑えると同時に心臓にナイフを突き立てる。目が見開かれるのと同時に反射的に上がった右手を掴み、絶命と同時に音を立てないように下ろす。――あと四十三人。
そのとき奥にいた男が顔を上げた。こいつらも伊達に戦場を潜り抜けてはいない。敵の気配を感じ取ったのかもしれない。だが私とそいつの目が合ったとき、既に私はそいつに手が届く所まで無音で移動していた。喉を鷲掴みにし、心臓を二度突き刺す。――あと四十二人。ゆっくりそいつの身体を横たえたとき、背後で二人起き上がる気配がした。
振り向きざまに近い方の喉を切り裂く。倒れるときに音がするがもう気にしていられない。遠い方は喉を握り潰したが、それよりわずかに早く声を上げられてしまった。
二方向で男が跳ね起き、怒号を上げる。これで隠密作戦は終わりだ。どうせ最初から全員を気づかずに殺せるなどとは思っていない。近い方に飛びかかって首を切り裂く。もう一人は武器を取って応戦するより一刻も早く外に飛び出すことを選んでいた。背後からそいつに飛びかかって組み伏せ、頚椎をねじり折る。
最初に悲鳴を上げた奴は喉を押さえてもがいていた。放置しても呼吸ができずに死ぬだろう。とどめを刺す暇があったら唯一の出入り口であるドアから即座に脱出せねば。――あと三十八人。
小屋を飛び出すと、既に他の小屋から数人が飛び出してきていた。だがこいつらはまだ状況を把握できていない。今のうちに数を減らす。
胸の下に貼り付けていた拳銃を取り出す。狙いを定めて、続けざまに二人射殺する。私の姿を見て何があったかを察する暇さえなかっただろう。慌てて逃げ出した奴らが物陰に隠れる前に二人仕留める。あと三十四人。
レッドが裏切った! 男たちが次々に叫ぶ。さて、ここからは小細工なしの全面戦争だ。私も近くの車両の陰に隠れる。
武器庫へ向かう奴ら全員を止めるすべはない。時間が経てば経つほど小銃や手榴弾や予備弾倉を持ってこられるから、近くの奴は先に始末しなければいけない。
レッド隊の面々の動向も気がかりだ。じっとしているなら問題ないが、もし私に加勢しようなどとしたら、かえって邪魔になる恐れがある。
それに人質に取られる可能性だってある。反旗を翻した私相手に人質が有効とは考えないだろうし、実際有効ではないわけだが、追い詰められた奴らは何をするかわからない。
とにかく迅速に敵の数を減らすことだ。武器庫の方に走っていく一人に向かって全速力で駆け寄り、頭部を全力で殴りつける。当たり所によっては自分の拳が傷みそうだが、リーンフォースで強化された私の拳はこの程度では傷つかない。一撃で失神した男の身体を盾に、物陰に隠れていた敵に拳銃を向ける。
裏切る心配がないと〈断頭〉が判断したベテランの兵士は、寝床に銃を持ち込むことを許される。物陰から私の隙を伺っていたこの男は〈三丁〉と呼ばれていた。何のことはない。三丁の拳銃でジャグリングをするという芸が得意だから付いただけのあだ名だった。
だが兵士としての実力は侮れなかった。この男には拳銃でも二十メートル先の敵にヘッドショットを決めるだけの射撃能力があった。その銃口が今こちらを向いていた。
鋭い殺気が肌に突き刺さる。一発殴られただけでまだ息のある盾のことなど歯牙にもかけず、仲間ごと私を撃つ気だ。
物陰の隙間を狙って私が撃つのと、〈三丁〉が撃ったのはほぼ同時だった。
奴が右胸を撃たれて倒れるのと同時に、盾にした男の身体を貫いた拳銃弾が私の腹部――に貼り付けたナイフの鞘に当たっていた。
「おいジャグラー! 今夜は運がなかったな!」
私は虫の息の盾を放り出して〈三丁〉の隠れる物陰に走ると、奴の腕前に敬意を表して拳銃でとどめを刺した。――あと三十二人。
無傷で済んだのは幸運だが、別にナイフに当たらず腹に当たったところで問題なかった。人体を貫通して威力が減衰した拳銃弾なら、リーンフォースで硬化した私の肉体に致命傷を与えることはない。その確信があったから、危険を冒して厄介な〈三丁〉を狙撃できる位置まで飛び出したのだ。
残弾が少なくなった拳銃を捨て置き、代わりに〈三丁〉が手にしていた拳銃を装備する。こいつの拳銃は私が普段使っているものとは別なので、弾倉の重さで残弾数を判断することはできなかったが問題ない。こいつほどの兵士が残弾の減った状態の拳銃を持ち歩いているはずがないからだ。
ちょうど先ほどまで私のいた方向から走ってきた二人を、〈三丁〉がしてきたように物陰から狙い撃った。倒れたところに一発ずつ確実にとどめの銃弾を撃ち込む。――あと三十人。
三方向から同時に敵が現れたのがセンスによるルミナスの感知でわかる。物陰に隠れていられなくなった私は、跳躍して背後の小屋の屋根に飛び乗る。その場で伏せると、下にいる敵から狙える面積はほとんどなくなる。それでもなんとか狙いを定めようとする正面の敵をまず射殺する。――あと二十九人。
両側から攻めてきた敵は、それを見てまず狙撃されないよう小屋の陰に引いた。短時間でもここで膠着状態を作るわけにはいかない。そう考えた正にそのとき、横手から手榴弾が飛来してきた。それも三つ。
遮蔽物を挟んでいない狙撃が可能な位置に敵がいないかは、常にセンスによって把握している。だがそれでも互いに見えない位置から攻撃が飛んでくる可能性はある。小屋を挟んでの重機関銃の乱射や、手榴弾の投擲。
「さすがにやるじゃないか、〈強肩〉」
呟きながら私は反対方向に飛び降りた。撃って弾き飛ばすのは悪手だと判断した。三発のうちどれかが爆発するのに間に合わなければ、仮に空中で爆発したとしても無数の破片でダメージは免れない。
だがそっちには攻めてきていた敵がいる。私は着地すると同時に、振り返る前に背後の敵の気配に向けて一発撃った。頭上で三連続鳴り響いた爆音が消える前には、しゃがんだまま振り向いて別の奴の胸元を撃ち抜いた。最初に撃った方は肩に当たっていただけだったので、しっかり頭を撃ってとどめを刺す。――あと二十七人。
幸いにも今殺した奴が古株の兵士で、寝床から拳銃を持ち出してきていた。残弾の減った〈三丁〉の銃を捨ててこちらに持ち替える。
無計画に飛び出し、身を隠せる車両の陰まで走る。射線の方向と走る方向が一致しない限り、私の速さに照準を合わせることはできない。一瞥したところまだ重機関銃を運んできてはいないらしい。だが向かう先の車両に向かって先回りして弾幕が張られており、放物線を描いて飛んでくる手榴弾も確認できた。急停止して、踵を返す。壁まで戻って、逆側から迂回して武器庫を目指すことにする。ちょうど今は周辺に敵が多いだろうから、時間差で潜り込むのもいいだろう。
基地は森に囲まれている。森へ逃げて、追ってきた奴らを順に始末するという手もあるが、奴らだって森での戦いは熟知している。それに残したレッド隊が人質に取られる可能性はやはり無視できない。
見つからないよう敵の位置に気をつけながら、大きく迂回して武器庫を目指す。見えない敵の位置がわかるセンスはこういう場面で無類の強さを発揮する。
だが遠回りしようとした矢先、またも放物線を描いて手榴弾が三つ飛んでくる。おそらく先に武器庫に寄った敵が、〈強肩〉に大量に渡したのだろう。私が一旦武器庫と反対方向に向かうことを読んだ上で、勘で適当な場所に投げ込んでいるらしい。今の三つは離れた位置に落ちたが、不運にも近くに飛んでこないとも限らない。不確定要素は排除しておくか。
屈んで地面を探し、目当てのものを見つけて手に取ると、〈強肩〉のいる位置――この程度の距離ならルミナスの強さでどれが奴のものか判断できる――まで一気に駆け抜ける。物陰から顔を出し、いつの間に私が近づいていたことに面食らった別の男を撃つ。さすがに疾走しながら拳銃を当てることはできないが、位置を把握できれば顔を出すタイミングも予想できるので急停止して構えておくことができる。――あと二十六人。
前方から私の首くらいの高さを真っ直ぐ手榴弾が飛んできた。物陰から姿を晒すことなく、手だけを出して、
爆発の直後、二人陰から躍り出て銃口を向けてきたが、私は伏せたまま二人の下半身を撃ち、転倒した一人の頭を撃ち抜いた。――そこで弾が尽きた。すぐに立ち上がると、倒れたまま銃口を向けてくるもう一人の顔面に、弾倉が空になった銃を投げつける。
私の弾切れを待ち構えていた〈強肩〉が、物陰から飛び出してライフルを構えた。だが待っていたのはこちらも同じだ。
私にはまだ遠距離から攻撃できる武器が残っていた。十数秒前に地面から拾っていた石ころ。マイトで強化した私の筋力なら、こんなものでも凶器になる。
丸腰になった私を一刻も早く撃つことに集中していた〈強肩〉は、大きく振りかぶる私の姿を見ても咄嗟に回避することができなかった。顔面に投石を食らって倒れ込んだ奴の元まで即座に距離を詰める。顔面に拳銃を投げつけた男が這いずってライフルを拾おうとしているところを、首の骨を踏み折って息の根を止める。そのライフルを拾って、〈強肩〉に向ける。
「……教えるんじゃなかったな」
破れた頬から血を流し、口の中を血で染めながら〈強肩〉は力なく笑った。
――私が「蠅の舞」と呼ばれる死体サンドバッグによるヌキテの鍛錬を始めた頃、〈強肩〉が話しかけてきたことがあった。
「武器なしで戦えるようになりたいのか? だったらこいつを覚えるといい」
そう言って手本を見せてきた投石は、それほど役立ちそうにはなかった。だが最年長者として権力のある〈強肩〉の機嫌を損ねたくなかったので、素直に話を聞いて投石の練習も少しだけ続けるようにしていた。
「正直使う場面があるとは思ってなかったよ。礼を言わなきゃね」
私は〈強肩〉を撃つと、手榴弾を二つだけ拝借して、すぐに引き返して元々の予定どおり迂回して武器庫を目指すことにした。既に周囲を包囲されかけている。――あと二十三人。
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