第30話

 

 魔王軍対人類の戦争。長年繰り広げられ多くの尊き命を奪っていった大戦争は人類側の勝利と共に幕を閉じる。戦争に勝利した人類は恐怖から解放され各地では勝利を喜ぶ宴が開かれた。ただ、最前線で戦った者達を除いて。砦にいた者達は勝鬨を上げることなく一週間ほどは魔王城周辺の安全確認、加えて残存勢力の撲滅のため行動した。

 

 そして魔王と勇者の失踪から一週間が経った。


 ———砦内。


「ねぇねぇシオンお姉ちゃん。お兄ちゃんはどこに行ったの? いつ帰って来るの?」


「······それは」


「サラちゃん、向こうへ行きましょう。昼食が出来上がりましたよ」


「········」


 砦の周りには戦争で命を落とした者達の墓が作られていた。そこに南雲文也の墓石はない。代わりにレオの墓石のすぐ側。空間に呑み込まれず残った勇者の太刀が地面に突き立てられていた。戦争が終わったこの一週間。毎日シオンはその太刀の前に座り込み数時間動かないでいた。


「シオン殿、飯を食わぬことには元気も出ないでござる。行こう」


「····もう少しここにいる」


「そうか、分かったでござる」


 村継は墓場までシオンの昼食を運び何も言わずその場を後にした。しかしシオンに食欲は無かった。一週間まともな食事を取らず身体は痩せ細り顔はやつれていた。


「文也······」


 鬱病に近い状態。それでも耐えられていたのはまだ何処かで生きているという可能性がシオンの中に存在したからだった。


 ファイザは一週間、シオンを陰で見守っていた。勇者かつ最愛の者を失ったという境遇は全く同じだった。しかしだからこそ慎重に言葉を選ぶ必要があったのだ。


「シオンの様子はどう? ファイザ」


「ロサリア······そうね。烏滸がましいかもしれないけど私もシオン様の痛みが理解できる。こんなこと初めてだもの。あのシオン様の方から異性の方に好意を示されるなんて。最後までその気持ちに気づかなかったのは文也様だけ。やるせない気持ちにもなる。私たちもでしょう?」


「そうね。剣の上達は早かったけれど、女心の理解はまったくできていなかったわ」


「ねえロサリア。一つ協力して欲しいことがあるの」


 ファイザは誰よりもシオンの痛みを理解していた。同情や慰めなどいらない。それが分かっていたファイザだからこそあることをしようとしていたのだ。



 それから三週間後の夜、シオンはロサリアに呼ばれ隣に位置する部屋に向かった。その部屋にファイザはいない。ロサリアは疲労が溜まっていたが笑みを浮かべていた。


「ごめんねシオン。どうしてもあなたに話したいことがあって」


「構わない。どうした」


 ロサリアは何も言わずにシオンをベッドの上に座らせ両手を握った。


「疲れているみたいだな、大丈夫か。ファイザと何かしているようだが」


「大丈夫よ。ねえシオン、一つ聞いてもいい?」


「ああ」


「シオン。あなたは文也のことが好き、そうね?」


「····うん。好き·····大好き」


「フフフ、やっと言えたわね。なら何も問題はないわ。落ち着いて聞いて、シオン」


「私は落ち着いている。何でも話してくれ」


 ロサリアは深呼吸し真っ直ぐシオンの目を見つめた。


「成功する保証はない、それにあなたにどれほどの危険が伴うか分からない。だけどもしもよ。もう一度文也に会いに行けるならあなたはどうする?」


「······」


 シオンは数秒固まり瞳孔が大きく開いた。

 驚きで声も出ず身体が震え大きく開いた瞳でロサリアを見つめ返していた。


「い、行くッ——」


 前のめりで近づくシオンの瞳には光が差していた。一ヶ月ぶりに見るその明るい顔。ロサリアの溜まった疲れはその表情だけで消し飛んでいた。


「ウフフ、言ったでしょう。落ち着いてシオン」


「おお、落ち着けるわけないだろッ。どうするんだ」


「あなたの剣に付着していた魔王の魔力。厄介な魔力だけどあれほど濃い魔力はない。ファイザとわたくしはその魔力を追ってようやく辿り着いたの」


「それで今は····」


「魔力を辿るに文也は魔王と共に別空間へと飛ばされた。可能性があるとすれば文也が元いた世界。ファイザが考えたのは転移魔法陣の応用よ。高濃度の魔王の魔力を頼りにしこの世界からあちらの世界に移動する」


「世界の移動····」


「だけれどリスクは計り知れない。それに私たちでは時間と座標の設定がどうしてもできない。過去未来のどの時点に降り立つかが分からないし降り立つ場所も分からない。だから向こうの世界であなたが文也に出会えるかも分からない。会えたとしても文也の記憶が消えあなたのことを忘れている可能性だってある。これらを踏まえてもう一度聞くわ。それでもあなたは行きたい?」


「もちろんだ。私は······南雲文也を愛してるから」


「ッ———ウフフフ。正直初めからあなたの答えは分かっていたわ。みんなには伝えてある。サラは大泣きして大変だったのよ」


「そう····だったのか」


「帰って来なさいなんて言わないわ。最後にみんなへ別れの言葉を·······だけど、その前に私に言わせて」


「ロサリア····泣かないで」


「····うんっ、ごめんなさい。笑顔で送ろうって····決めてたのに。でもあなたの笑顔を見ると」


「········」


「シオン、幸せになりなさい」


「もちろんだ」


 それからシオンは全員へ別れの言葉を言いに行った。

 サラは大泣きしながらも最後は見送り、全員シオンの背中を押した。

 そしてシオンは最後にファイザの元へと向かった。


「ファイザ·····その」


「シオン様。皆さんへの挨拶は済まされましたか?」


「ああ。あとはファイザだけだ。本当に、なんてお礼を言えばいいのか」


「いえいえ。私はシオン様に返し切れないほどの恩がありますので。それよりもシオン様に好かれるなんて、文也様は本当に幸せ者ですね」


「そ、そんなことは」


「フフフ。もう覚悟は決まっているのですね」


「ああ」


「······私達はもう、おかえりなんて言いません。だからもう私が嫉妬するくらい幸せになってください。ここにいる私達は皆、お二人の幸せを願っていますから」


「うん····ありがとぅ」


 全員への挨拶を終えた後、シオンは転移魔法陣の上に立つ。

 砦にいる者達全員がその後ろ姿を見つめ、敬礼していた。


「———いってきます」


 最後にそう言い残しシオンはこの世界から姿を消した。

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