第29話

 

「二度目って····どういう」


「言葉通りだ。お前がここへ転生した時を始点とし、我は一度この世界を経験している。故にここは我にとって二度目の世界。お前がこの世界に転生してから今まで、一度目と二度目で変わった部分はほとんどなかった。だがエキドナの光線からそこの女を庇ったお前の行動。そして今の戦いで見せるお前の不自然な動きは違う。明らかに第三者が関わっている」


 第三者、それが誰なのかは聞かなくても分かる。先程から頭に聞こえる声の主だ。


「結末は知っている····お前が今生きているってことは俺は負けたってことか」


「ああ、お前は死んだ」


 間も空けず言い放ったその言葉。隣にいたシオンは強く俺の手を握り締め唇を噛んでいた。


「確かにお前は死んだ。その女に向けた一撃をお前が喰らい致命傷を負ってな。だがお前は死の間際、我を道連れにしたのだ」


「ならお前はどうして····」


「一度目の世界でお前がここへ転生してきたのはほんの偶然だ。死因は事故死。魂だけが残った状態でお前はここに転生できた。だが二度目の死因は違う。我は死の間際残りの魔力を使い過去へと戻り世界を渡った。魔力を持たない分際で魔王を倒すほどの人間。これ程までの強さに上り詰める前。いいや、前世で何の力も持たないお前を魂諸共消滅させる。勇者としてガイアのみが存在した世界へと戻れば我が負けることはない」


「······」


「貴様のせいでッ—————」


「待てシオン!!」


「何故止めるッ! 何故お前ばかり苦しまなければならない!······お前が何か悪いことをしたのか」


「それは····」


 理不尽だが魔王が言うのなら全て本当なんだろう。だからあの殺人鬼は、いいやこの魔王は俺を殺したということだ。


「お前を殺したあの日。我は完全にお前の魂を消滅させた。だがお前はこうして転生してきた。それは先程からお前の頭に直接話しかけている人物が原因だ」


 グレイナルの言葉を聞き、シオンは動きを止め俺の方を向いた。


「あの日相打ちとなった南雲文也の魂。言わばお前そのものが二度目の転生を実現させた」


「なるほど、流石俺だな」


「だが魔王は二度も負けぬ。この戦いで全て終わらせる」


「気が合うな、俺もそう思ってた。全部終わりにしよう。行くぞシオン」


「待ちくたびれたぞ」


 気になっていた多くが解決し頭はかなりクリアになった。魔王の言う通り結末は前と同じなのかもしれない。だけど今から俺がするのは魔王討伐じゃない。


 ———時間稼ぎだ。


 頭の中に聞こえるもう一人の俺の声。魔王が話す最中、もう一人の俺はこれから実行することの算段を説明していた。チャンスは一度限り。一歩でも間違えればもう一人の俺の努力が全て水の泡になる。


 二体一の激しい打ち合い。だがそこに予知の声は聞こえない。もう一人の俺は別のことに全神経を集中させていた。


「ハァアアアアア”ア”ア”————ッ!」


 二人の繰り出す猛撃。

 グレイナルは同等の速度で応戦しつつも違和感を感じていた。


(動きが変わった。この攻撃·····我は知っている。二度目だ。何を考えている)


(今だ———ッ!)


 猛撃の途中、俺の声が飛び込んできた。


「ッ——!?」


 その瞬間俺は太刀を捨てシオンを後ろに突き飛ばした。


「血迷ったか! 死ねッ——」


 グレイナルは僅かな隙を見逃さず大剣を突き刺した。大剣は俺の肩に触れ大量の血が吹き出す。だが勢いを殺さないままグレイナルへと体当たりをかました。


 そして魔力のない俺の腕からグレイナルへと何かが流れ込んだ。


「貴様一体何を······」


 グレイナルは体勢を崩しながらも拳に魔力を込める。

 素手でも人体を切り裂くその手刀。魔力を纏う拳など喰らえば即死。


(頼むぞ俺ッ———)


 グレイナルがトドメを刺す直前、風が巻き起こり両者は大勢を崩した。


「文也ッ———!」


 風は一瞬にして暴風と化し二人の間には黒い空間が生まれた。その空間は直接触れる二人を引き込み始める。


「何をする気だ人間ッ!!」


「暴れんなよ。仲良く行こうぜ魔王さんよぉ」


「この空間は一体ッ——」


「文也行くなッ———私を置いていくなッ!!」


 黒い空間に近づいたシオンは向かい風を受け吹き飛ばされた。まるで空間は自我を持つかのようにシオン触れた二人のみを呑み込んでいく。グレイナルの魔力さえ不干渉、そして抵抗不可避の引力。


「小賢しいッ! ならばもう一度ッ」


 グレイナルは空間に呑まれながらも再び同じ魔法を発動させようとしていた。過去へ戻る魔法。再び過去を変えれば今のこの状況にも影響を及ぼす。それがグレイナルの取り得る最適解だった。


———しかし


「また逃げんのか? お前が何度戻ろうと俺が必ず殺すからな」


「ッ·······」


 腕を掴まれたグレイナルへ向けられる鋭い眼光。

 魔力も持たない人間の瞳にグレイナルは久方ぶりの恐怖に包まれた。


「逃げぬッ——勝つだけだ! 我は魔王であるぞッ!!」


「シオンッ!!!」


「待て行くなッ—————」


「頼んだぜ」


 ———————···················カランカラン


 怒号、雄叫び、暴風、鳴り響いていた音は黒い空間と共に消え去った。

 その場に残されたのは風に飛ばされていた勇者の太刀のみ。

 吹き荒れた暴風が鎮まる中、シオンの視界に二人の姿はいない。

 その日、勇者と魔王は姿を消したのだった。

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