第26話
転移した瞬間、前方から寒風が襲うと同時に押し潰すされるような重圧を感じた。早朝だというのに空は薄暗く視界には嫌でも魔物の姿が入ってくる。魔王城までの距離はおよそ数百メートル。
転移が完了すると同時にレイは自身の魔力を大杖に集中させた。巨大な魔石が施された大杖は魔力に呼応し光り輝く。
「遍く深淵よ、我が魔石に収束しろ」
転移してきた瞬間、戦いの狼煙はレイが放つ魔王城への先制攻撃。
事前にそう決めていた。決めていたのだが····
「·······ウッソ」
数秒も経たないうちにレイの持つ大杖には巨大な魔力の塊を出現していた。
三年一緒にいたがレイがここまでの魔力を持っていたことに驚きを隠せない自分がいる。
魔力は球を形成し禍々しい魔力を渦巻きながらさらに巨大化していた。
「ハァアア——ッ」
さらに両側からシオンとフェイが魔力を追加し魔力弾は三つの属性を纏った。三属性は上手く融合し魔力弾は黒く変色する。
「フハハハハ! 流石はレイ殿ッ!」
「
放たれた魔力弾は地面を抉りながら真っ直ぐ魔王城へと放たれた。俺たちは魔力弾が作り出す道を走りながら魔王城へと直進する。最速かつ最高効率の移動手段。魔力弾は魔物の身体を容易く弾き飛ばし俺たちへかかる空気の抵抗を無にする。
「レイさんッ、ポーションです」
「助かる」
フェイの手渡したポーションは魔力を全回復させるものだ。魔力のない俺にとってはガラクタだが戦闘時には貴重品となる。決戦に備え高価なポーションなどは買い揃えた。魔王を倒すには金の暴力が必要だ。
「おいおいこのまま魔王まで倒せるくないか?」
「ハッハッハ! それではつまらぬでござろう!」
レイの放った魔力弾は湖をも抉り取り道を作った。
「皆さん前方に結界があります! 衝撃に備えてください!」
「えっ!?」
俺には見えないが全員はっきりと見えていたらしい。
「ちょっ——誰か助けてくれない!? 見えないんだけど!」
「仕方ねえな! 掴まれフミッ!」
おそらく結界と魔力弾が衝突する直前、レオは高く飛び上がり俺はその手につかまった。
「皆さん足場に乗ってください!」
フェイは瞬時に空気の塊でできた足場を作り出す。その塊は上昇気流により俺たちと共に押し上げられ魔王城の目の前へと着地した。
「全員拙者の下に隠れろ!!」
着地した瞬間、村継は俺たち五人に覆い被さった。
理由は聞くまでもない。魔力弾と結界がぶつかり合い凄まじい轟音と衝撃波が辺りを包み込んだのだ。
「グゥゥ——」
「ニキ、大丈夫か!」
「うむ。問題ござらん」
爆発の衝撃は数十秒続いたが村継の巨体により俺たちは飛ばされず済んだ。
「助かりました村継さん。もう目の前ですね」
「ボクのせいですまない。威力が裏目に出た」
「気にするな。それよりも目の前に集中するでござる」
眼前の魔王城は異質な空気感を放っている。魔王軍とは三年も戦ったが実際に見るのは初めてだ。雷鳴が鳴り響きまるで負のオーラがこの城に集約しているかのよう。だけどもう三年前のように漏らしはない。
「おうおう、もう敵が集まってやがんな。こんな派手な登場すれば当たりめぇか」
「正面突破だ。頼むぜニキ!」
「ハァアアアアッ!」
村継は刀を鞘に納め両手に魔力を込めた。
こいつの強さは圧倒的なフィジカルだけではない。
人間でありながら無詠唱で魔法を発動できるのだ。
「レイ!」
「了解ッ———」
レイはすぐさま俺とシオン、そしてレオに身体強化の魔法を付与した。
村継の魔力は瞬時に巨大化しその巨体を裕に超える魔力の渦が生まれた。
「行けい!!!」
村継の叫びとともに俺たち三人は渦に向かって猛撃を繰り出す。
村継専用の攻撃魔法。渦に向け物理攻撃を加え続けエネルギーを生み出す。
レオが装備するのは鉤爪。加えて俺とシオンの連撃で威力は指数的に増大する。
「レイ、フェイ! 頼むぞ!!」
「揺らげ神風。大地を震わす暴風となれ」
二人による同時詠唱。魔力により生み出された暴風は俺たちの四方を取り囲んだ敵を浮遊させた。
抵抗不可の暴風により敵は抗いながらも村継の前方へとかき集められる。
「十二分にござるッ」
俺達はその声と共に村継の後ろへと避難し衝撃に備えた。
———次の瞬間、蓄積した魔力は強烈な光と共に魔王城へと解き放たれた。
今出せる全力の大技。集められた魔物の肉体は一瞬に消し飛び、魔王城の正門は最も容易く崩壊した。
「このままいくでござる!」
全員、放たれた魔法の行方を食い入るように見つめていた。
———だが
(守れッ——)
刹那、頭の中に誰かの声が響いた。
頭では何も考えていない。だが考える前に身体が動いていた。
「······文也?」
俺は無意識にシオンの目の前へと飛び込んでいた。
村継の魔力は消え去り、いつの間にか全員の視線は一瞬にして倒れ込んだ俺に移っていた。
「文也さんッ——!!!」
死角から飛来した光線に俺の身体は反応していた。
右の胸を貫き反動とともに俺は後ろにいたシオンに衝突する。
「気にすんな! 急所は外れてる!!」
焼けるようだが、こんな痛みは慣れてる。三年の間でもっと痛い思いもしてきた。
「おいおいテメェ、未来でも見えてんのかよ。クソが」
罵倒しながらレオは俺に回復薬を投げつけた。
急所を外れていたのは本当だ。直前に聞こえた声は気になるが今はそんなこと考える暇がない。
「文也殿。立てるにござ······」
ニキは俺に手を伸ばした瞬間、突然固まった。
理由は聞くまでもない。魔王城から現れた存在。
手前にいる一人でさえ今まで戦った相手の比ではない。久しぶりに見た幹部の女だ。
(······やばくね?)
自然と心の中でそう呟いていた。幹部の女がちっぽけに思えるほど後ろにいた存在——魔王の圧が桁違いだった。
魔王は浮遊したままゆっくりと前に進みこちらへ近づいてきた。
見下す視線は恐ろしいほどに冷たい。本能と身体中の細胞が恐怖を訴えていた。
「久しいな。南雲文也」
「———は? お前と会うのは初めてだろ」
「いいや、初めてなどではない。よく思い出せ、元凡人」
「お前みたいなのと会って忘れるかよ。気持ち悪いやつだな」
そう返しつつ、どこか違和感を感じていた。底知れぬ恐怖。そうだ、俺はこいつを知っている。
「我が名はグレイナル。元いた世界でお前を殺した人物だ」
「·······」
放たれた言葉と共に、俺はある人物を思い出した。
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