第27話

 

 三年以上前、この世界ではない記憶でも俺ははっきりと覚えている。なんと言っても自分が殺された時の記憶だ。あの日俺は家に侵入していた空き巣犯に殺された。それも必要以上に痛めつけられ酷い痛みと共に最後には無惨な姿で終わりを迎えた。


 ———そうだ、思い出した。


「あの空き巣犯····お前だっだのかよ」


「如何にも。また殺されに来たようだな」


 隣で剣がカタカタと揺れている音が聞こえる。見るとシオンが肩を震わせ鋭い眼光で魔王を睨みつけていた。


「貴様が······」


「·······」


 シオンだけでなく他四人の怒気は魔王の威圧感と同等以上の圧を放っていた。


「待てレオッ!」


 一番に飛び出したレオの腕を掴み、必死に動きを静止させた。


「なんで止めんだよクソボケッ———!! あの畜生がお前を殺したんだろッ!!」


「だからって突っ込むなよ。待て」


 前世で俺を殺した奴が目の前にいる。でも怒りは込み上げてなかった。ここにいる仲間は前世で俺に何があったのか知っている。自分のためにこれだけ怒ってくれる仲間がいる俺は幸せ者だ。


「よく考えると、お前に殺されてここに来れた。コイツらに逢えた。ありがとな」


「感謝は素直に受け取りたいが実際は違う。あの日お前の魂諸共、存在を消すはずだった。問おう、何故お前は生きている」


「それは······前世の行いがよかったからだろ」


「前世の行いか······我らにとって貴様は大罪人だがな。今ここで肉塊となれ」


 そう呟き、グレイナルは少し後退した。代わりに幹部の女が前進する。以前にも会った幹部の女だ。エキドナという名前らしい。前回は全く持って歯が立たず右目を潰された苦い思い出のある相手だ。


「久しぶりお二人さん。いい眼帯ね、勇者さま」


「そりゃどうも。お前嫌いだから世間話とか勘弁してくれよ」


「ひど〜い。なら死になさい」


 エキドナが手を掲げるとどこからともなく魔物が現れた。先程村継の魔力で巻き込んだ魔物と比べても別格の強さを感じる。小さい魔物も加えれば百体はいる。前までなら絶望し逃げる手段を考えていたかも知れない。だけど伴った実力は確かな自信となり安心感を与えてくれる。


「行け」


 エキドナが手を振り下ろした瞬間、四方から魔物のブレスが放たれた。多属性の魔力が重なり合い退路は完全に絶たれている。三年経っても俺は変わらず魔力を使えない。だができるようになったこともある。


 両手に持った太刀を納刀し左手で柄を掴んだ。この状態が一番素早く次の動作に移せる。


「頼んだぞ。文也殿ッ!」


「おう」


 ブレスが放たれた瞬間、抜刀し一閃する。


「······はぁ!?」


 四方から放たれたブレスは太刀に触れ爆裂することもなくすぐさま姿を消した。


「よしっ」


 攻撃を無効化できたのはもちろん、幹部のお姉さんの驚く顔が見れただけで十分だ。今も俺は魔法の使えない俺。代わりにこの太刀で視認できる魔力を斬ることができる。もちろん神様から与えられた力などではない。特訓してようやく一年前に習得できた努力の結晶だ。


「来るでござるッ!!」


 百体以上の魔物が一斉に襲いかかり再び陣形を立て直した。攻められる際の立ち回りは砦で何度も実践経験を積んだ。陣形を崩さず各々が最大限の仕事をする。そうすれば多数対少数の戦闘でも負けることはない。


 ————だが、今回ばかりは話が違った。


 魔物の質があまりにも高過ぎる。一回り身体の小さな魔物であろうと一撃で倒せない。しかし何よりも面倒だったのがエキドナによる後方からの援護射撃だ。最も素早さのあるレオの反応速度でも間に合わず徐々にダメージを受けてしまう。


「文也さん! このままでは押し負けます!」


「死になさい!!」


 トドメを刺すようにエキドナの魔力が雨の降り注いだ。

 こんな一撃で全滅の可能性が十分にある。

 勇者の物語、そんな話も終わりは必ずしも劇的とは限らない。


(捌き切れないッ———)


 そう察した時視界の端から何かが飛び出してきた。


「レオッ!?」


 激しい戦闘の中、一瞬だけ時間が止まったように感じた。

 世界がスローモーションのように動き、その刹那確かにレオと目が合った。


「ウ”ゥアアアアアアアッ———!!!!」


 猛獣のような雄叫びと共にレオは空中を舞った。

 鉤爪に魔力を纏い飛来する魔力の雨を切り裂く。

 魔物が襲ってきているというのに俺はその姿に釘付けになっていた。


「———ッ!? レオッ!!」


 スローになっていた俺の世界は動きを止め固まった。

 レオの全身を貫く魔力の雨。レオの血が顔に降り注ぎ時は再び動き出した。


「レオ殿ォオッ!!!」


 明らかに致死量の出血。だがレオは空中で体勢を整えた。

 レオの口が動き俺に向かって何かを言おうとしている。

 戦闘中、轟音が響き渡り声は聞こえない。

 だが俺には、何と言っているのかがはっきりと分かった。


「お前······何を」


 レオは落下しながら空中で自分の右腕を切り落とし俺の顔を見て笑った。


「······何だよこれ」


 自然と俺の視線は右手にはめた義手に向いていた。

 指先から回復魔法をかけられたような感じがする。

 指先からゆっくりと義手は消えていき代わりに骨とそれを囲む筋肉が形成されていた。


「お前······このために」


 僅か十数秒。義手は消え俺の右腕は完全に復活した。

 しかしこの姿をレオが見ることはない。

 大量の血を流したまま動かなくなった。


「······レオ君」


 駆け寄ったフェイがレオに回復魔法をかけることはなかった。

 優しくレオの目に手を翳し唇を噛み締めた。感情の一切を押し殺し友の死を受け入れたのだ。

 この日初めて、俺たちは優しい笑顔を浮かべるレオを見た。


「フフフ、こうやってお仲間は一人ずつ死んでいくのよ。周りにはいくらでも魔物がいる。もう私達の勝ちッ······」


 レオの死を目の当たりにしエキドナは余裕を見せていた。

 その余裕により生まれた僅かな隙。


(は? なにこれ)


 エキドナは自分の視界がゆっくりと落ちていくことに気づいた。

 眼球を上に向けると見えたのは首を失った胴体。


(斬られた? 誰が、いつ)


 その答えはすぐに明らかになった。

 怒気を孕んだその顔は生首となったエキドナに恐怖を与える。

 眼下、血のついた太刀を持った勇者が生首となった自分を睨みつけていたのだ。

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