第21話

 

 俺が目を覚ましたのは意識を失ってからまる二日経った日の昼時だった。蜘蛛の巣に捕えられ食われるのを待つ虫の気持ちが今ならわかる。そのあまりにも恐ろしい体験から生まれた底知れない恐怖。俺は身体中汗びっしょりの状態でハッ——と目を覚ました。


「ん?」


 目を覚ましたのはいいが左腕に何かを感じた。左腕全てを誰かに掴まれている。


「シッ——シオン」


 目をやると小さく寝息を立てるシオンの顔が間近にあった。


(うわぁ、何回見ても綺麗だなぁ。アニメのキャラかよこの子)


 女子とこれほど接近する機会なんてそうはないが今は息子も返事をしなかった。ただただ安心感を感じていた。


「目を覚まされましたか。勇者様」


 すると右の方から声が聞こえてきた。一目見ただけ分かる。意識を失う間際俺を回復してくれていたヒーラーの女性だ。


「あぁどうも。助けてくれてありがとうございます」


「いえいえ、礼には及びません。シオン様起きてください。シオン様〜」


「うぅ····う〜ん」


 シオンは何度か身体を揺さぶられた後ゆっくりと目を覚ました。寝ぼけた顔で目を擦りながらシオンは女性の顔を見る。そして今置かれている自分の状況を理解すると大きく目を見開いた。


「待ってッ、勘違いだから。偶然眠った場所がここで····」


「あれぇ? 先程は様子を見てくるだけだとお聞きしたのですが。もしかしてお邪魔でしたか?」


「いっ、いいや。そんなことは」


「シオン、ちょっと苦しい」


「あっ、えっ、大丈夫なのか文也ッ痛みは、身体が動かないなんてことはないか」


「大丈夫。それよりここは?」


「そうかぁ····よかった。ここは前線にある言わば最後の砦だ。多くの兵士がここに常駐している。魔物も周りにはいるが強い戦士が多くいるから安心してくれ」


「······ああ、よかったぁ」


「シオン様。ずっとそのままの体勢ですが····」


「ッ———」


 シオンはつかんでいた俺の左手を勢いよく離し立ち上がった。


 痛い。


「それでこの人は知り合い?」


「この子はファイザだ。昔馴染みの知り合いでヒーラーをしている。先日漂流した時にもファイザが私のことを治療してくれたんだ」


「よろしくファイザさん。シオンのことも助けてくれてありがとう」


「いえいえ、シオンさんは軽傷でしたので。シオンさんからあなたの功績はお聞きしております。初心者の状態から幹部と渡り合うとは全くもって素晴らしいことです」


「おいおいシオン。俺のことなんて説明したんだよ」


「間違ってはないだろ。お前はもっと自分のことを誇るべきだ。二日前の戦闘でもお前は最後まで戦い続けた。あんなこと常人には到底できない」


 シオンはその後も恥ずかしくなるほど俺を褒め称えた。そう、恥ずかしくなるほど。そしてようやくシオンの俺自慢が終わり落ち着いて話をできるようになった。


「ここはもう前線なんだよな。生き残ってる二人の幹部は近くにいるのか?」


「その話なんだが、実は残りの幹部は先日私達の前に現れた一人だけのようだ。あと一人は······ガイアが倒した」


「えっ、ガイアが? まだ生きてるのかッ?」


「······いや、私の家にガイアの太刀が送られてきた日ガイアは死んでいたようだ。幹部と相打ちになり、迷宮内で死体が発見された」


「そう······か」


 その時、ファイザは俺達に一礼して足早に部屋から出て行った。少し見えたどこか苦しそうな顔。シオンを見ると同じような顔をしていた。


「····ガイアは、ファイザと結婚の約束をしてたんだ。この戦争が終わった時、ファイザと結婚するはずだった。だからあの子の前ではあまりガイアの話をしないであげてほしい」


「······悪かった。本当に軽傷なのか。割と強かっただろ?」


「割とって······お前は捕食されていただろ。肉もかなり削がれていたし、本当に心配したんだからな」


「運よく右肩を喰われたからな。これならまだ太刀も使える。そんなことよりもあの時のシオン凄かったな。今まで見た中でもあんな迫力のあるシオンは初めて見た気がするし」


「······当たり前だろ」


「えっ、当たり前って何が?」


「シオン様、ご報告が!」


 俺が聞こうとしたその時、部屋に鎧姿の人が入ってきた。


「どうした、敵か」


「はい。ここから北西の山間部に魔物が出現。数はおよそ二百、多種類の魔物が群れを成し既に進軍を開始しております」


「二百!? 多すぎだろ!」


「文也、お前はここで休んでおけ。今動けば傷口が広がってしまう。ここには多くの兵士がいるから大丈夫だ」


「いやいや行くよ。そんなに敵が多いなら一人でも多い方がいいだろ」


「駄目だ。どれだけ自分の身体を酷使する気だ」


「そんなこと言わずにさ、身体も動くし足手まといにはならないように頑張るから。隣に居させてくれよ、俺も肉壁くらいにはなれるぜ」


「···だ、だけど」


「シオン様。誠に勝手な意見であるとは思いますが私たちも勇者様の強さをこの目で見たいと思っております。シオン様ほどのお方が強いと仰り勇者であると認めた御人。どうかお願い致します」


 ファイザさんに引き続き、シオンは一体俺のことを何て説明したんだ。おそらくこの前線に現れる魔物は俺が今まで戦っていた魔物の数倍強い。前の戦闘みたいに無様でグロテスクな姿を見せる可能性が高いのかもしれない。


「はぁ····分かった。ただしできる限り私の視界に入っていてくれ。そうでないとしんぱぃッ——じゃなくて、その····有利に戦闘を進められる」


 色々と大怪我をしてるんだ。俺のことをシオンが心配してくれるのもわからなくはない。よし、シオンの影に隠れて敵を倒そう! 甘い蜜を吸おう! ガイア達は違う。だが少なくとも俺がゲーム内で操作していた勇者なんてのはそんなもんだ。


 回復魔法のおかげか、身体は驚くほどに動く。どうやら敵はかなり近くまで来ているようで辺りも騒がしくなってきた。そして俺とシオンはすぐに準備を終え外に出て行った。

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