第20話

 

「グギャぁぁアアア”!!!!」


 魔物は俺に狙いを定め全速力で走っている。


「ッ————」


 本当に死ぬと思うと悲鳴すら出ない。俺は向きを変え全力で逃亡した。だがここの地形は恐ろしいほど走るのに向いていない。ガタガタの地形に加え脛に刺さる植物の棘。しかしそんなこと今は気にならなかった。


「はぁ!?」


 魔物は木々を薙ぎ払いながら進んできた。太い幹を持つ大木でさえまるで小枝のように折れ残骸が飛来する。今まで戦ったことのある魔物とは桁が違う。体長は俺の三倍。あの爪に当たれば即死だ。俺は振り返らず木々の間を縫うように逃げまくった。


(逃げれるっ、このまま死角に入れればッ!)


 だが、そう思った俺を嘲笑うかのように進んだ先には木々のない開けた道が待っていた。障害物の一切ない、小細工の通じない場所。魔物はもうすぐ森を抜けようとしていた。


「あぁ! もう! 戦うしかねえよな!!」


 覚悟を決め太刀を引き抜いた。睡眠スプレーもなければ回復薬もない。怪我は治らない。真っ向勝負で俺はコイツを倒さなければならない。だが気分は昂りもう怖くはない。


「来いッ!!」


「ガァアアアアア”ア”ア」


 広範囲への薙ぎ払い。ギリギリのところで攻撃を避け太ももの辺りに太刀を突き刺した。


「····おいおいマジかよ」


 狙いは完璧。だが太刀は少し刺さったのみで貫通はしなかった。しかも突き刺さった太刀は硬い筋肉に阻まれ全く持って抜けなくなった。


「チィッ————」


 迫り来る大爪。太刀を諦め、俺は緊急回避を選んだ。モンスターを討伐するあのゲームで何度も行った緊急回避。ゲームではこの緊急回避中、無敵になれるのだ。


「······ウ”ぅッ」


———だがその判断が間違いだった。


 大爪は俺の背中を切り裂き燃えるような痛みが全身を駆け巡る。幸いというべきか、内臓は避け肉のみが削がれた。視界は吐血した赤黒い血でうまっている。魔物は勝利を確信したのかすぐには俺を襲わず足に刺さった太刀を引き抜き遠くに投げた。


(え····俺食われるのかよ)


 抵抗したいが身体は思うように動かない。これじゃあ道端に倒れアリに食べられる虫のようだ。でもきっと大丈夫だ。こんな時はだいたい、直前に誰かが助けてくれる。小林が来てくれれば激アツ展開だ。そうに決まってるんだ。


 そうに決まって····


「·······あぁアアアアア”ア”」


 しかし、そんなはずなかった。右肩に巨大な牙が刺さると同時に大量の血が噴き出したのだ。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!!)


 さっきの何倍も痛みが増している。言葉は全て悲鳴になる。

 見えはしないが俺の肩の肉を噛むグチュグチュという音が聞こえる。

 いや、バリバリという音も聞こえる。骨まで食ってやがる。


(······俺は餌····か。俺が···いったい、何したんだよ。いってぇなあ)


 もう全部どうでもいいと思えるくらい身体中がボロボロだ。こんな酷い目にあうなんて、本当に俺は前世で何したんだろう。いや、前世って元いた世界なのか。だとしたら不公平だろ。犯罪とかしてないし、小林と馬鹿なことやったのが悪かったのか? 俺が幸せになろうとしたら駄目なのか? 神は俺に集中砲火でもしてんのか? オーバーキルだろこれ。


「あ····あぁ」


 うまく声が出ない。魔物は俺の肩の肉を食い終え二口目にいこうとしている。それが見えたからといって何も変わらない。俺はこのままゆっくりと身体中を食われるんだ。


「····うぅあぁ」


 だけど左手はまだある。それに動く。太刀とは別にシオンに借りていた短刀は俺の懐にしまってある。ガイアは最後まで一人で戦ったんだ。俺みたいのを勇者と言っていいのか分からない。だけどせめて今だけでも。


「あ”ぁああアアアア————!!!」


「ガァアアアアア”ア”ア」


(足りなくても絞り出せ····俺のありったけで······)


 この近くにシオンも漂流しているかもしれない。起きた時、シオンとコイツを遭わせるわけには行かない。痛い思いをするのは俺だけで十分だ。


「絶対に······殺すッ」


(刺さるッ——このまま切り·····)


「う”ッ———」


 だがその直前、魔物は俺を投げ飛ばした。

 俺は太刀のように飛ばされ硬い地面に傷口を抉られた。


「俺の······太刀」


 偶然と言うべきか、先程投げ飛ばされた太刀が俺の真横の地面に突き刺さっていた。まだ神は俺に戦えと言っているのだろう。左手はまだまだ動きやがる、神の加護でもついてるのかよ。必死に手を伸ばすがあと少し届かない。それに魔物が俺に走って近づいてきた。太刀を持った瞬間に魔物に対して突き立てる。走ってきた勢いがあれば深く突き刺さるはずだ。


「あれ······遠いなぁ、太刀」


 だが太刀に手を伸ばしても何故か届かない。

 ———いや、その太刀は誰かが引き抜いたのだ。


「ハぁああアアアアアア”ア”ア”!!」


 その誰かは引き抜いた太刀は魔物に向かって投げつけた。

 凄まじい速度で飛んだ太刀は魔物の腹部を貫き太刀は再び地面に突き刺さる。


「ふみ····や」


「あぁ、シオン。ここに····」


 シオンは魔物に目も当てず俺の名前を呼んでいた。


「お前達、コイツにありったけの回復魔法をッ!!! 絶対に死なせるなッ!」


(お前····達?)


 一瞬気になったがそれが何なのかはすぐに分かった。おそらく前線で戦っていた人達だろう。見えないが俺の今の状態はかなりグロテスクだと思う。だけどヒーラーと思われる人達は物怖じせずに回復魔法をかけ始めてくれた。


「ッ—————」


 同時に感じる凄まじい魔力。噴き上げた魔力は雲を貫きその場で圧倒的な存在感を出す。それは他の誰でもない、シオンのものだ。まるで鬼神、到底人間とは思えない程のオーラを放つシオンは怒りを全て力に変えているようだった。


「·····私の····せいだ。私のせいで····」


 シオンの放つ赤黒い魔力はまるで俺の吐いた血の色のよう。一つ確かなのは俺がこの世界見た敵の中で今のシオンに勝てるものはいないということだ。


「ゆっくりと深呼吸を。今回復します」


「あっ、あぁどうも」


 集まってきたヒーラーの人数は四人。それほど俺の傷は深いんだろうか。あたたかな光が右肩部分をゆっくりと癒している。同時に強烈な睡魔が襲ってきた。これから始まるシオンの戦闘を見たい気もするがどうもこの眠気に耐えられそうにない。


「······あぁ、すいません。ちょっと寝ます」


「はい、ご安心を。安全な場所までお連れします」


 最後に女の人の優しい声が聞こえ俺の意識はそこでプツッ——と消えてしまった。

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