第19話
話を終えたシオンは後悔や怒りの混じった表情を浮かべていた。
「それで······三人になった後はどうなったんだ?」
「ケイオスは、アルカのことが好きだったんだ。三人での冒険は続けたがケイオスは日に日におかしくなっていった。食べたものは吐き出し肉体は弱まりそして笑うことがなくなった。狂人と化したんだ。そして私たちの見えない場所で何も言わず命を絶った」
「······そうか」
「ガイアは私と二人で旅を続けようと言ってくれた。だけそある晩、私が寝ていた時にガイアは転移魔法を使用したんだ。そして私はあの家の近くに飛ばされガイアとは二度と会うことがなくなった」
「ならガイアはッ」
言いかけると同時にシオンは首を振った。そして俺の隣にあった太刀に目を向けた。
「飛ばされた数日後、私の家の前にはガイアの使っていた太刀が突き刺さっていた。あいつは死の間際、その太刀を誰かに託そうとしたんだろ。ガロアに作ってもらったお前の太刀はガイアの太刀を元にして作られたんだ」
「俺の太刀が······」
「だから文也。お前は次の勇者への踏み台などではない。想いが託され、ようやくここまで来れたんだ」
「俺は····」
正直、俺の覚悟なんてシオン達に比べれば塵同然だ。シオンのように仲間を失った時、今で言えば俺がシオンを失った時俺はどうなるだろう。シオンはそれに耐えて今まで生き抜いてきたんだ。
「俺は俺自身が馬鹿らしい。お前は本当に強いよ」
「私は強くない····強くないよ。今日はもう遅い、明日に備えてもう眠ろう」
シオンは何か言い淀んだがそれ以上は何も言わなかった。シオンの仲間は全員死んだんだ。抑え込んだ感情は俺じゃあ到底想像できない。俺がこれ以上踏み込むのは野暮だろう。
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————翌日。
俺たちは少し進んだ場所で船に乗ることになった。向こうの世界でも俺は船になんか乗ったことはない。シオンが言うにはどうやら船で海を渡ることで予定より早いペースで前線に行けるらしいのだ。だが船というのは想像していたのとは違った。頑張ったとしても六人乗ることが限界くらいの小さく古びたボートのようなものだ。
「······うえぇ、船ってこんなに気持ち悪いんだな」
「波が激しいからな。だけど到着は早くなるし海の向こう側の方が特訓になる」
船には今にも壊れそうなモーターが取り付けられている。よくは分からないがおそらく動力源は魔力だと思う。シオンは自信満々に操縦しているが正直不安しか感じない。
「なるほどな······それはいいんだけどこの船本当に沈没しない?」
「分からない······けど、ケイオスが運転していたのを見たことがあるから大丈夫だ」
「··········」
「おいそんな顔をするな。安心しろ、海には魔物もいるが倒せないレベルではない」
「——って、落ちる前提じゃん。俺泳げないぜ?」
俺は冗談抜きで全く泳げない。体育の授業中25メートルプールを泳いだ時、俺のタイムは”記録なし”だった。途中で溺れたところを小林に拾い上げてもらったのがいい思い出だ。
「安心しろ。絶対に大丈夫だから」
想像しただけで惨めだ。流石に避けたいから沈まないのを祈ろう。
——しかし俺の不安は見事に的中した。
「ッ———」
突然船は大岩に衝突し激しく揺れた。
「あれ? 何か音がしたか?」
「お、おいシオン! まずい、穴が開いたぞッ」
見ると船には拳ほどの穴から大量の水が流れ込んできていた。
「えっ、あっ、おおおお、落ち着け文也!」
「壊れるぞ! どこかに捕まれ! 俺以外なッ!!」
二人ともパニックに陥っていた。穴から生まれた亀裂は一瞬のうちに広がっていき木製の船は崩壊を始める。
「文也ッ————」
「グボぉ——」
突然発生した高波は俺たち二人を飲み込んだ。俺は咄嗟に手を伸ばしシオンの手を掴んだが波に流されすぐさまその手は離れる。追い討ちをかけるような激しい流れ。俺とシオンは別々の方向へと流され耳には俺の名前を叫ぶシオンの声が聞こえていた。
(やばっ····これ冗談抜きで死ぬやつだ)
流されたのは海のど真ん中。25メートル途中リタイアの俺にとっては死を意味する。
「こっ····こばや····しぃ、助け······」
最後に小林に助けを求め、俺の意識は徐々に遠のいていった。
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(起きるの·····)
(起きるのだ!······)
どこからか声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。親の声より聞いた声だ。
(起きるのだ! 我が友よ!)
「小林!!」
俺は呼びかけに答え飛び起きた。
「ゴホッ——ボホッゴホゴホッ———」
吐き出したのは大量の血····ではなく大量の水だった。しばらく水を吐き出した後辺りを見渡すと辺りに広がるのは砂浜。どうやら溺れた俺は幸運にも打ち上げられ助かったようだ。だがそれよりもシオンを探さなければいけない。
「シオーン! いたら返事をくれぇええ!」
大声でシオンを呼んだが聞こえるのは打ち寄せる波の音のみ。正直ここは目的の場所なのか、それとも元いた方へと帰ってきたのかも分からない。幸いなことに太刀は身体に括り付けたままだったので無事だ。だが困った。見知らぬ土地でお金は持っていない。陸の方に目をやると不気味な色の木々が立ち並び視界が悪く人の姿も見当たらない。それに加えて死ぬほど身体が冷え切っていた。
「あーやばい、ほんっとうにやばいぞこれ」
取り敢えずはこの寒さをどうにかしなければならない。魔法はもちろん使えないので原始的な方法で火を作るしかない。俺は近くから燃えそうな小枝を集め教科書で見た気がする方法で火を起こし始めた。
「······つかねえじゃん」
全く持って火はできなかった。歴史の教科書に裏切られた気分だ。摩擦で擦れた部分が熱くなっただけで火がつく気配なんてない。片手の割には頑張った方だ。おまけに寒さで身体は思うように動かず体力だけが無駄に消費されていった。
「仕方ない。行くしかないな」
俺に取れる手段は不気味な木々の方へと進むだけだ。魔物に遭遇すれば今の俺は間違いなく殺される。だがここにいても結果は同じだ。濡れた足が気持ち悪い。だが靴を履いていなければ怪我をするほど地面は棘のある植物が多かった。あくまで予測だがここは俺たちの行こうとしていた側だ。
「————ヤベッ」
慎重に木々を進む中、目の前には魔物の姿が見えた。魔物というかほぼ熊だ。黒い熊のような魔物は口元が真っ赤に染まっていた。
「あっ····」
それを見た瞬間、股間にはあたたかい何かが流れた。だがビビっておもらしをしたのではない、体温を高めようとした結果の戦略的おもらし。そう、あくまで戦略的。
(バレたら死ぬバレたら死ぬバレたら死ぬ)
心の中でそう唱えながら俺はバレないように静かに身体の向きを変える。幸い向こうはこちらに気づかず別の魔物を食べていた。
————パキっ
まさに漫画のような展開。俺は足元にあった小枝を踏んでしまい音が鳴ってしまった。恐る恐る振り返り魔物の方向を確認する。
「············」
魔物は完全に俺と目を合わせ静かになった。
だがそれも一瞬の出来事。
「グギャぁぁアアア”!!!!」
魔物は雄叫びを上げながら俺へと迫ってきた。
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