第18話


「ミル······」


 ミルの死は四人の視界に入っていた。肉片の一つも残らずそこにあるのはミルの装備していた防具、装飾品そして杖のみ。アルカは何も言わずミルの装飾品をまとめて袋に入れた。


「あはは! すごいねぇ、君が生き返ってその子が死ぬなんて思ってなかったよ。やっぱり人間って面白〜い!」


「·······」


 これまで長い間起こり得なかった仲間の死。ガイア達三人はこの戦場で数秒間固まっていた。


「ハァアアアア———!!」


 感情を爆発させるかのように前線にいた三人は雄叫びを上げた。三人は感情を凄まじい魔力に変えその身に纏う。


 猛攻を加える三人、だが三人は突如として後ろに弾き飛ばされた。そうしたのはディバインでもバイラルでもない。二人は頭を垂れ現れた者の前で跪いた。


「これはこれは魔王様。このような場所に来られるとは、どうかされましたか?」


「芽を摘みに来た。勇者とやらの存在が耳に入ったからな」


「あ〜そうだったんですね! 取り敢えず一人はたった今死にましたよ」


「そうか、御苦労であった。ならば残りも早急に終わらせるとしよう。お前が勇者だな?」


「··········」


 ガイアは何も答えず黙ったまま身体を震わせていた。怒りで顔が痙攣し腕が赤く変色するほど強く太刀を握り締めていた。


「はぁアアアアアアア!!!!」


 狂人のようにガイアは暴れ目の前にいた魔王に狙いを定めた。

 縦横無尽に壁や天井を蹴りながら移動し太刀を振り回す。

 型など関係のない予測もできない太刀筋。


 ———だが


「ッ——!?」


「ガイアッ!!」


 魔王は最も簡単に太刀を弾きガイアを地面に叩きつけた。

 着地点の地面はひび割れガイアの頭蓋は砕け散るような音を立てた。

 勇者と魔王という対極的な存在。だが戦闘力の差は圧倒的だった。


「ケイオス! 二人で同時に攻めるぞッ」


「おうッ」


「無駄なことを」


 ケイオスとシオンの洗練された連携。

 だが両者とも、ミルの死を前にして冷静さを欠いていた。


「あっはは〜! 隙だらけだよー!」


「———グハッ」


 魔王に攻めた二人は背後から迫るバイラルに気づかず胸を突き刺される。二人は共にその一撃で魔王の前に倒れ込んだ。僅か十数秒の出来事、三人は気を失い動ける者はアルカだけとなったのだ。


「··········」


「戦意喪失と言った顔だな。あとは任せたぞ」


「お任せを〜! 後で首を持ち帰りますね」


 そうして魔王は無詠唱のまま転移魔法を発動させ姿を消した。


「ねえねえ、見せてよ君! 絶望で歪んだ顔を見せておくれよ!」


「······ぷっプハハハハハ!!」


 しかしバイラルの予想とは反し、突然アルカは大声で笑い出した。

 目には涙が浮かぶほどの大笑い。

 バイラルは真顔になり首を傾げた。


「は? おかしくなったわけ? おいディバイン、お前も言ってやれよ。きっとこの子仲間が全員やられておかしくなっちゃったんだよ」


「··········」


「普段から表情筋鍛えておいてよかったぁ! 魔王いたら流石に無理だったもん! 助かった助かったぁ!!」


 アルカはおかしくなったわけではない。正常な思考、いつも通りのアルカだった。


「そういえばそこの君! 君の質問への答えがまだだったよ。確か、私達が誰に救われるのかだったね」


「———ほう」


 アルカはゆっくりとその手に魔力を込め始めた。


 アルカの魔力は光り輝き、物へと具現化した。サーカステント、綱や空中ブランコ、巨大な玉や数多くの動物が出現する。まるでサーカスのショーが始まったようだった。


「一体、何のつもりだい」


「私はガイアに勇気をもらった。ケイオスからは愛を受け取った。シオンからは強さをもらった。そしてミルからは目一杯の優しさを受け取った。だから私は四人に救われた」


 アルカのショーが始まりテント内には華やかな色が煌めく。無機質な地面には草原や鮮やかな花々が咲き誇り倒れていた三人をあたたかな光が包み込んだ。


「そしてみんなを救うのはこの私!」


「だからさぁ、何を言ってるんだよ! 君の仲間はもう全員やられた! 終わりなんだよ!」


 バイラルは苛立ちアルカに向かい凄まじい魔力を込めた魔力弾を打ち出した。

 それも一発ではない。数十発もの魔力弾がアルカに迫り身体中を傷つけた。


「見ろッ——」


 身体中に攻撃を受けながらアルカは目を血走らせ笑った。


「これが私の······」


「お前は何をッ——」


「命が輝く瞬間だぁアアアアッ!」


 アルカの叫びと共に辺り一体は輝き一筋の光線が放たれた。


「ッ————ブハ!!」


 光線はバイラルの胸を貫き同時に倒れた三人を癒した。

 具現化していたサーカステントなどは消えアルカから放たれていた光は徐々に弱まっていく。


「おいディバイン! お前何をッ——!」


 突然、ディバインは背後からバイラルを掴み完全に動きを封じ込めたのだ。

 意識が薄まる中、アルカの視界にはその様子が見えていた。


「へへへぇ、やっぱり君いいやつだったね」


 ディバインはアルカを見つめ返し小さく笑った。


「いつかまた······次は共に生きるものとして巡り合おう」


「ッ————!?」


 ディバインは光り輝き次の瞬間大爆発を起こした。

 爆風が巻き起こりディバインは死の直前アルカ達を結界で覆った。


(······私達、どうしてこんな優しいやつと戦ってたんだろ)


 ディバインの自爆。直接触れていたバイラルと共にその肉体は散っていた。

 結界により四人への爆風はかき消されたがアルカの身体は別であった。

 膨大な魔力消費によるオーバーヒート。アルカの身体はミルと同じく崩壊を始めていた。


(三人は生きてる······あとは)


 やるべきことは決まっていた。アルカは仲間全員を救うと決めていたのだ。


「神様·····お願い。ミルと同じところに······連れて行って」


 崩れていく手でミルの遺品を抱きしめながらそう願った。


「ッ————」


 死の間際。アルカの視界はその姿をはっきりと捉えた。

 そこには満面の笑みを浮かべ手を伸ばすミル。

 アルカもまた求めるように手を伸ばしていた。


『あぁ、ミルだぁ。こんなところに居たんだね』


『おつかれさまアルカ。おいで、こっちだよ』


『うん!』


 ミルの手を優しく掴み二人の魂はゆっくりと天に登っていく。

 アルカは消える直前までその顔に笑みを浮かべていた。

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