第17話
翌日、村を後にした勇者一行は五人目の幹部が巣食う城に辿り着くいた。全員、戦いに挑む姿勢と真剣な眼差しは旅の始めとは比にならない。力を過信し少しでも油断すればそれまでなのだ。
薄暗い雲と鳴り響く雷、まるで魔王の巣食う城のようだった。
「みんな行くぞ」
ガイアの呼びかけと共にケイオスは扉に手をかけた。今までほとんどの場合扉を開けた瞬間敵の攻撃が始まる。ケイオスは自身の身体に強化魔法をかけ敵の攻撃に備えつつゆっくりと扉を開けた。
「······」
中はさらに暗く部屋の奥には誰も座っていない玉座が見えた。ケイオスを先頭に中へと入るが敵の気配はなく攻撃もない。
「敵の魔力を感じない····」
部屋全体を隈なく見渡すが誰も見当たらない。だが部屋の大きさを考えるにこの空間以外に敵がいるのは考えにくかった。
「もしかして····お手洗いとか?」
「こらアルカ、もっと緊張感を持ちなさい。敵は必ずここにいるはずよ」
「———そう、その通り」
「ッ————」
ガイアの耳元に声が聞こえすぐさま五人は武器を手に取った。
「全員警戒態勢ッ!」
ガイアの雷声と共にすぐさま五人は陣形を取る。現れた敵は一人の大男だった。突如として出現した膨大な魔力量と今まで戦ってきた幹部と同様の凄まじい気迫。この場に巣食う幹部の名はディバインという。
「それほど警戒するな。姑息な真似はしない。五体一だ」
「·······」
全員一瞬のアイコンタクトで立ち位置を調整しアルカは全員に強化魔法をかけた。だが何故かディバインは動かず武器を手に取る様子も見えない。腕を組んだまま戦闘態勢には入らないでいた。
「······お前達は何故戦う」
突然の問いかけ。今までにない展開に五人は動揺するが警戒態勢は変わらない。
(時間稼ぎか····いいや違うな。魔力を溜めている様子もない)
ガイアの心配は杞憂であった。ディバインは純粋に五人へと問いかけていたのだ。そして沈黙が続く中一番初めに口を開いたのはガイアである。
「俺たちにそれを聞いてお前はどうする」
「今まで散々見てきただろう。命を賭け戦うお前達に向けられた冷たい視線。だが保身のためとなれば掌を返し助けを求めてくる。挙げ句の果てにお前達は人間として見られなくなる。魔物を引き寄せるだけの忌むべき存在なのだ」
「お前達に何が分かるッ。俺たちは全員大切な人をお前達魔物に殺された。人間は無力なんだ。小さな子どもは抵抗もできず食い殺される。お前みたいな奴が····他人事のように·····」
「分かっている。お前達も我らも····そして魔王様も等しく愚かだ」
ディバインの言葉に五人は息が詰まった。その言葉に一切の嘘を感じられなかったからだ。
「人も魔物もこの腐った世界から救済してくれる誰かを求めている、それも無意識に。その存在がこちらにとっては魔王様であり人類にとっては勇者であるだけだ」
「だから俺たちがッ······」
「ならばお前達のことは誰が救う」
「············」
「この先まともに生きられないような重傷を負えば、精神に異常なほどの支障をきたせば、死んでしまえば。お前達が生きてきたのは単なる復讐のためなのか。もう一度問う、お前達は誰に救われる」
五人の警戒はいつの間にか少し緩まっていた。だがこれはディバインの作戦ではない。ディバインは問いかけに対する答えを求めていたのだ。ガイアも黙り込む中、アルカだけが陣形を無視し前に出た。
「君は難しく考えすぎじゃない? 少なくとも私は誰かを笑顔にできればそれだけで幸せだなぁって思うよ。そして私以外のこの四人、みんなを救うのは······」
——その時だった。
「アルカッ!!!!」
骨が砕ける音とともにアルカは弾き飛ばされ壁に激しく衝突した。だが攻撃したのはディバインではない。ディバインは目を見開き驚いていた。しかしその顔はすぐさま怒りの表情に染まる。
「何をするッ! バイラルッ———!!!」
バイラルと呼ばれるその男は怒号をあげるディバインを見て呆れたようにため息を吐いた。
「おいおいディバイン。勇者パーティーと雑談なんてしてないでさぁ。さっさと殺さないと」
「アルカッ——アルカ!!」
突如として現れたもう一人の幹部。だが見向きもせずミルはアルカの元へと走り出していた。
打撃を受けたアルカの右腕は力が抜けたようにぶら下がり口元には吐血した大量の血。
(一撃でこんなにもダメージが······)
「大精霊よ、我が魔力に応じこの者に大いなる····」
ミルが可能な限り最大出力の治癒魔法。
だがその時、ミルの耳には小さく弱々しい声が聞こえた。
「やめて····ミル······駄目」
絞り出すような声。声の主は目の前のアルカだった。
左腕でミルの手を掴み、詠唱は中断される。
「どうしてッ! どうして止めるの!」
「そんな····強い魔法は······駄目だよ」
発動しかけた回復魔法は範囲魔法である。つまり回復魔法はミルにも作用する。精神を安定させるため定期的に回復魔法を使用していたミル。その身体にさらなる負荷が加わるのは避けるべきだった。
だが酷い混乱に陥っていたミルは冷静に判断ができなかった。
「嫌だッアルカしっかりして!」
「あーあ、弱いって可哀想だね」
「っ———」
「下衆が····」
追い討ちをかけるように迫ったバイラルの剣を直前でシオンが弾く。だがディバインに依然として動く様子はなくバイラルを睨みつけていた。
「何故お前がここにいる····バイラル。ここにくる理由はないはずだ」
「お前みたいな偏った思想を持つ奴は戦えない。そう思っての行動だよ」
(幹部が二人、アルカは動けない····どうする、一度退くか。いいや、俺が盾になっても四人全員無事に逃げ切れる保証はない)
「ガイア、お前まさか自分が盾になろうなんて考えてないだろうな。全員で戦うぞ。俺達が生き残る道は勝つことだけだ」
ケイオスは覚悟を決めていた。通常幹部一人に対して五人が相手し勝利することができる。この二体五の状況は未知の領域であった。
「シオンさん····アルカが、アルカが····」
「落ち着いてミル。私が治すから、ゆっくりと深呼吸を」
シオンは冷静に回復魔法を施しアルカの呼吸は安定した。だが右腕は致命傷でありシオンの回復魔法ではどうすることもできなかった。回復させられるのはミルのみ。しかしアルカは平然と笑顔で立ち上がった。
「よっし! 復活復活! ちょーっと油断しちゃったよ」
「アルカ····本当に大丈夫?」
「へいきへいきー! さあ、二人とも倒しちゃおう」
「アルカ、無理はするな。魔力は自分への強化魔法に当てて他は防御と回復に専念してくれ。ミルはシオンとケイオスのサポートを。落ち着いて戦えば必ず勝機はある」
陣形を組み直し五人は再び態勢を立て直す。だが奇妙にも五人の目には不敵な笑みを浮かべるバイラルの顔が見えた。
「あぁあぁ、可哀想に。でも僕はさぁ痛ぶる順番は決めてるんだ」
「———ッ!?」
「アルカッ!」
五人全員を置き去りにするバイラルの速度。
回復していなかったアルカの右腕に触れ魔力を流し込んだ。
「時間差の猛毒。大型の魔物であっても数時間も経たないうちに死んじゃうよ。それが非力な女の人間ならどうだろうね、数分が限度じゃないかい?」
「っ······」
気合を入れ直した四人はその言葉により最も簡単に絶望の淵へと叩き落とされた。しかしアルカは違う。攻撃を受けたその時から気づいていたのだ。迫り来る自分の死を。
「あっれれぇ、君たち勇者パーティーだよね。仲間一人失うくらいの覚悟もしてなかったの? だけどまあ僕は優しいからさ、願ってあげるよ。お嬢さん、どうか苦しんで最後を迎えてね」
———その刹那、ガイアは剣先を突き立てバイラルに迫った。
ケイオスは動きに合わせ間合いを詰め懐に拳を放つ。
陣形などもはや関係ない。だが怒りが上乗せされた速度と力は計り知れない。
ケイオスの拳はガードの上から肉を抉った。
「いったいなぁ。おいディバイン、お前も戦えよ」
「お前に命令される筋合いはない」
「チッ——クソ野郎が」
「ミルはアルカの回復を。シオンは二人の守護、俺とケイオスで時間を稼ぐ!」
二体二の凄まじい攻防が繰り広げられミルとシオンはアルカを引き連れ後退する。
だが毒の巡りは想像よりも早かった。アルカの呼吸は荒くなり皮膚は右腕を中心にして変色していく。
「精霊よ、此の者に安らかな癒しを」
「··········」
シオンのかけた治癒魔法は一切の効果が見られず毒の進行は止まらなかった。
「アルカッ—!!」
このタイミングでアルカは完全に気を失った。
「駄目だ、私の治癒魔法では効かないのか······」
「シオンさん。アルカは私に任せてください。御二方の支援を」
「ミル?」
何故かミルは驚くほど冷静になっていた。落ち着いた声と何か覚悟を決めたような瞳。アルカの前に座り込みミルは大きく深呼吸をした。そしてゆっくりと慎重に魔力を溜め始める。
「シオンさん、勝ちましょうね」
「ああ、頼んだぞ」
落ち着いたミルの様子にどこか安心していた。そしてシオンはガイア達の元へ向かい三体二の状況となる。そんな中、ゆっくりとミルは詠唱を唱え始めた。今までにないほど丁寧に優しく願いを込めるように。
(後悔はない。だけど、もし願いが叶うなら最後にもう一度だけ)
背後からは死闘を繰り広げる三人の雄叫びが聞こえてきた。
だがミルはその雄叫びをひどく心地良いと感じていた。
(もう一度だけアルカの笑う顔が見たい)
——その瞬間、戦闘中の五人は動きを止め振り返った。ミルから解き放たれた空間を埋め尽くすほどの魔力。
「······全てミルの魔力なのか」
「あれならアルカもきっと」
だがミルの全魔力を注ぎ込んだ回復魔法は対象者だけでなくミル本人にも影響を与える。そして当然、今のミルにとって発動した回復魔法は重すぎる負荷となっていた。
アルカの変色していた皮膚は徐々に正常な状態へと戻り呼吸は落ち着いていく。
(アルカのお陰でこれまで生きてこられた。
アルカのお陰で私は強くなれた。
なら最後は私のありったけで、これは今の私ができるほんの少しの恩返しだ)
「ハァァアアアアア”ア”ア”ア”ッ——————!!!!!」
ミルの全身は光り輝き持ち得る全魔力を両手に流し込んだ。
アルカの傷は瞬時に回復し身体中をあたたかな光が包み込む。
「······ミル?」
回復し意識を取り戻した瞬間、アルカは固まった。
瞳孔は大きく開き眼前で起こる現実に手を伸ばしていた。
「ミルッ!!!」
アルカの目の前でミルの身体は崩壊を始めていた。治癒魔法の中毒に陥っていた身体への重すぎる負荷。自身の魔法によりミルの身体は既に限界を迎えていた。
「あぁ····嫌だ。嫌だ嫌だ···嫌だ嫌だ 嫌だ嫌だ !!!!!」
魔力の込めた両腕から徐々に崩れていくミルの身体。魔法による治療はもはや不可能だった。
「ミルッ! 誰か!! ミルがッ!!! 誰か助けてッ!!」
アルカの悲鳴に気づいた三人はその光景に全身が脱力する。手遅れだった。
崩壊して散っていくミルの身体を必死に掴みアルカは混乱に陥っていた。
「あぁアアアア”ア”ア”ア!!! 行かないでッ!! 行くなッミル!!!」
「初めて見たなぁ、アルカの泣いた顔」
手を伸ばそうとしたが既に両手は消え去っていた。
傷を癒すはずの魔法はミルの存在をゆっくりと侵食していき身体を消していく。
ただこの状況を誰一人どうすることもできなかった。
「ねぇ····アルカ?」
「み、ミルぅ····私どうすれば、どうすれば助けられるのッ」
「ううん。私はもう助からない」
「····嫌だよ、行かないでよ。約束したのに!!」
「ごめんね。もうそろそろ時間みたい」
「待って!! ミルッ!!」
「············」
「またいつか会えたら。今度はお姉ちゃんって呼びたいなぁ」
「···········」
最後にそう言い残し、ミルの身体は光となり消えていった。
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