第16話
当時、勇者パーティーは幹部四人の討伐に成功していた。だが決して順調な旅路ではなく失ったものは多い。ケイオスは戦いの最中敵の猛毒を受け右足を切断し義足となった。加えてガイアは四人目の幹部討伐時、回復魔法を詠唱中のミルを庇い右腕を失っていた。あまりの過酷さに旅の初めに比べ口数が減っていた勇者一行。だが一人だけ変わらない者もいた。
「はいは〜い!! みんな暗いよ!! テンション上げてこうッ!」
アルカの明るい調子は旅の初めから何一つ変わっていなかった。日々絶えず繰り返される激しい戦闘に加え予想もしていなかった勇者パーティーへの強い風当たり。そんな中旅を続けられていたのはアルカの影響が大きかった。
「アルカ、そんなに動くと傷口が開くよ。どこか痛まない?」
「えっへぇん! 大丈夫! 私は何ともありませ〜ん!」
「ところでガイア······その腕だと太刀を扱うのは難しいと思うけれど。よければ私の短剣を使うか? 多少切れ味は劣るけれど十分に使えるぞ」
「そうだなぁ······俺は太刀でいいよ。太刀の方が絵になるし」
「絵になるからって、慣れないうちは俺に頼れよ」
「ああ、もちろん」
「········ガイアさん、その····」
ガイアは前向きであったがミルは違った。理由は単純。世界の希望となる勇者の右腕は自分のせいで失われた。その罪悪感は日々ミルを押し潰していたのだ。
「ミル、何度も言ってるだろう。俺はただ自分の役割をしただけだ。俺もみんなもお前のことを悪いなんて微塵も思っていない。だからこれからも俺たちと一緒にいてくれ」
「······はい」
(違う、あの時怖くなって私が詠唱を間違えたから。きっとシオンさんならあの状況でも冷静に魔法を発動できていた。私はみんなの足を引っ張ってる)
ガイアからの励ましの言葉もミルにとってはプレッシャーになっていた。この先の戦いで再び同じような過ちを起こさないという保証はないのだ。
「今日は道中に村がある。運が良ければ今日は屋根のある家で眠れるかもしれないぞ」
「えぇ!? 楽しみ〜」
「村の住民が俺達をどう思っているかだな。うちには勇者がいるとはいえ無理強いはできない」
「そろそろ野宿は辛いな。最終手段で俺が村長に土下座するから安心しろ」
「こら、お前は勇者だろ。私達も協力するからそんなことはするな」
そして勇者一行は無事村まで辿り着いた。毎日のことながら全員の疲労は限界を超え到底野宿で取れるようなものではない。旅を続けるのに村へ泊めてもらうのは必須条件であった。できるだけ威圧感を出さないように村長へ話をしにいくのはガイアとシオン、そしてミルの三人のみ。
「······残念じゃが、この村から出ていってくれ」
だが村長の言葉はあまりに冷たかった。
「お願いしますッ——今晩だけでも。迷惑は絶対にかけません。手伝えることなら何でもさせて戴きます。どうか俺達を助けてくださいませんか」
「······出ていってくれ。今まで数えきれないほどの者が魔物に殺され食われた。お主らが居ればきっとこの村は更なる危険に晒される。すまないが生きるためなんじゃ、どうか分かってくれ」
「そう····ですか」
是が非でも村に泊めてもらうつもりだったがこの理由ではガイアはどうすることもできなかった。
「·····ん? 何じゃ」
その時、外から笑い声が聞こえてきた。声に導かれるように四人は外に出る。
「さあさあさあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 楽しい楽しいショーの始まりだよ!」
外ではいつの間にかアルカがショーを始めていたのだ。村の者達は物珍しそうにアルカの周りに集まり子どもだけでなく大人の笑い声も響き渡っていた。
「お姉ちゃん今どうやったの! 私にも教えて!」
「フッフッフ〜もちろんもちろん!」
「僕も僕も!」
「こ、こらみんな。順番にしないと。俺の前に並んでくれ」
「おっ、今日は明るいね! 珍しい!!」
「そんなことは····」
「おじいちゃん! このお姉ちゃんすごいんだよ!!」
「そ、そうか······」
「あっ、ガイアどうだった!?」
「····その·····そろそろ出発しようか」
「そっか。分かった! なら行こっか!」
「おう」
今まで五人にとってこのような状況は何度もあった。アルカとケイオスはすぐに状況を理解し笑顔で返事をする。
「ええ〜お姉ちゃん達もう行っちゃうの? もう少し居てよぉ」
「あはは〜ごめんね。お姉ちゃんたちもう行かないと」
「それでは俺達はこれで······」
「待ってくれ」
出発しようとした時、村長は五人を引き止めた。
「今晩だけでろくな飯も出せんが····それでもよいなら好きにしてくれ」
その一言にアルカの顔からはさらに笑顔が溢れた。
「いやっほー!! 予定が変わったぜ! 今夜はお姉ちゃんがみんなを笑顔にしてやろう!」
「本当 !? やったぁ!」
「でも村長さん····本当にいいんですか」
「構わん。この子達がこんなに笑うのは久しぶりに見れたわい。今晩だけじゃが英気を養ってくれ」
「村長さんに甘えようガイア。私達は近くで食べ物を探してくる」
「······シオンさん。食料調達は私に任せてください」
「ミル一人じゃ危ないよ。私も行きまーす!」
「い、いやいいよアルカ。この辺りは魔物もいなかったから私一人でも大丈夫。村の皆さんもアルカのショーを楽しみにしてるから」
「そう? 危険なところは行っちゃ駄目だよ」
「うん」
言うとミルは足早にその場から離れていった。そしてミルが食料の調達を終えるまでの間、五人は村の手伝いを始めた。
暫くし、アルカのショーは終わったが料理を作ることはできないでいた。一向にミルが帰ってこなかったのだ。
「遅いな。俺が様子を見てくるよ」
「そうだな。俺たちも行こう」
「······そういえばアルカはどこだ?」
「お兄ちゃんたち駄目! 私、お姉ちゃんと約束したもん!」
「約束? お姉ちゃんが何て言ってたのか教えてくれるかい?」
「三人にはここにいて欲しいって言ってた! だから行っちゃ駄目!」
「じゃあお姉ちゃんは村の外に出て行ったんだね?」
「うん」
「そうだったんだね。ありがとう」
「どうするガイア。追うか?」
「いいや、ここはアルカに任せよう」
************************************
ミルは既に食料の調達を終えていた。ただある目的のため村から離れた仲間のいない場所に行く必要があったのだ。
「······はぁ」
調達した食料を横に置き、手には魔力を集中させた。
(大丈夫、もうこれで最後にしよう)
「精霊の光よ、我が心に癒しを」
誰にも聞こえないよう小さな声で詠唱しミルの手にはあたたかな光が灯った。その光を虚ろな目で見つめながらさらに魔力を込める。発動させたのは精神を安定させるための魔法。ミルは日々のストレスに耐え切れず既にこの魔法なしでは正常な精神状態を保つことすらできなかった。
(はぁ···もう·······無理だぁ)
食料を調達してから気づけば一時間以上身体に同じ回復魔法を与え続けていた。戻らなければと思いながら身体は思うように動かない。十分ほど前から身体は痙攣を起こし始めていた。魔力が少なくなればポーションを飲み再び同じ回復魔法を使用する。身体は回復魔法による中毒状態に陥りもはや正常な思考はできない。
(このまま続ければ····私死ねるのかな)
———再び魔法を発動しようとしたその時だった。
「ッ———」
ミルは咄嗟に手を掴まれ魔法は中断される。
目の前には初めて見る真剣なアルカの表情があった。
「ミル····もうこんなことはしないで」
アルカだけはミルの状態をよく理解していた。そのため異変に気づいたアルカはすぐさま村を抜け出しミルを追ったのだ。
「······だめなの。もう私····どうにかなりそうで」
安心し膝から崩れ落ちたミルはアルカの腰に抱きついていた。回復魔法で生み出した光とは比べ物にならないほど身体の芯からあたたまるような優しい体温。自然と頬には涙が伝っていた。
「気負わないくていいんだよ。ミルは何も悪くないんだから」
「··········」
アルカの気遣う言葉。しかしミルにとっては追い討ちをかけられるようなものである。
「だからミル、帰ろ?」
「····悪くない? 私のせいでガイアさんは右手を失った! 何の役にも立たない私を守ったの!! これから先私が生きていたってみんなに迷惑かけるだけなのに······」
「へへ····私たちがミルに迷惑をかけられただって? 誰もそんなこと思ってないよ。ミルはいつだって私達を癒してくれる最高のヒーラーだよ。だから何の役にも立たないだなんて言わないで」
「それが····嫌なの。みんな私を責めずに優しい言葉をかけてくれる。私に····優しくなんてしないでよ。いっそ他の人みたいに突き放してよ。私は弱い、アルカみたいにいつも笑える強さなんて持ってない。みんなの優しさに甘えてこの先旅を続ければ、私はまた誰かの迷惑になる。もう耐えられないの····もう·····生きたくない」
「生きたくない······か。ねえミル。私達はさ、自分以外の家族がみんな魔物に殺された。私には両親がいなかったけど可愛い妹が目の前で魔物に食べられちゃったんだ」
「···········」
「だけど私は別にミルに同情されたいわけじゃない。きっと妹も辛いことがあれば生きたくないって思う。だけどね、これだけはどんなことよりも自信を持って言える。ミルが死にたいっていう気持ちより何倍も私はミルに生きてほしい。初めて会った時から思ってたんだ。ミルは私の妹みたいだって。少し恥ずかしがり屋だけど人一倍優しい」
「私は····」
「だからこの戦いが終わった後、私と·····お姉ちゃんとたくさん楽しいことしようよ。一緒におめかししたり、お買い物したり、料理したり、やりたいことは山ほどある。ミルは楽しいこと嫌い?」
「嫌い····じゃない。だけどもう私に楽しいことをする資格なんて····」
「いいやある! だってこの世界にいるみんなは笑って好きなことを楽しむ権利を持ってるんだから。それが私達人間の素敵な共通点だよ」
「······そう····だけど」
「ミルはさ、私の笑顔が好きだって言ってくれたでしょ?」
「うん。アルカの笑顔は····とっても好き」
「じゃあさじゃあさ、ヨボヨボのおばあちゃんになっても私が隣で笑っておくから。私がミルにとっての回復魔法になってみせる。だから一緒に生きて」
「······本当に、ヨボヨボのおばあちゃんになっても?」
「あったりまえだよ! 何なら来世も一緒にいる!」
「······分かった。約束だよ」
その日二人は仲良く手を繋ぎ村へと帰っていった。
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これで半分です。
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