第22話
シオンと外に出ると既に魔物は目に見える場所まで来ていた。俺の寝ていた場所は砦の高台だったようで上から戦場全体を見渡せる。報告通り北西の山間部から押し寄せる魔物に向かい既に数十人の魔法使いが詠唱を始めていた。
「燃え盛る深紅の精霊よ、偉大なる爆炎を!」
息の合った詠唱で数十人の魔法使いから一斉に炎の塊が放たれる。高温度の炎魔法は迫り来る魔物に直撃し痛々しい悲鳴と共に先頭にいた魔物は一瞬にして消し炭となっていた。そして魔法使いたちは休む間も無く再度同じ攻撃をし始めている。
「凄いな、これだともう近接戦闘しなくても追い払えるんじゃないか?」
「いいや、よく見ろ」
「······おいおいマジかよ」
見ると爆炎の中全く勢いを殺さずに魔物が進んで来ていた。シオンの言う通りそして何より俺が身体で感じた通りこっちの魔物は別格だ。その光景を見ている隙に近接武器を持った兵達が砦から出撃していた。雄叫びを上げ出陣する全員覚悟が違う。まるで死を恐れていない。全速力で魔物に向かっていた。
「私達も行くぞ」
「おうッ」
出撃する兵と同様魔物の覇気は凄まじい。だが何故か不思議と怖くない。魔物は砦近くまで来ると分散し攻め込んできた。
「えっ、ちょッ——」
一つの群れごとに兵士数十人が対応する中シオンと俺は二人で群れ一つに向かった。周りにいる仲間は俺とシオンの向かう方向から離れるように進んでいくのだ。多分よっぽど信頼されてるが俺からすれば命に関わる。
「おいおいシオン! 離れないでね!! マジで!!」
「フフ、懐かしいな。アルカも初めは同じことを言っていた。私とお前なら大丈夫だ」
「グギャァアアア”ア”ア”」
怖くないとか思ってた俺が馬鹿だった。死ぬほど怖い。目の前には十体以上の魔物。その中には俺を食いやがった熊の魔物が二体も紛れている。正直怖くて漏れそうだ。戦えばきっと重症を負う、だが戦わなければ死ぬ。俺の身体は怖いという意思に反して前に突き進んでいた。
(太刀はまだ抜くな。工夫しろ、死なないために)
シオンは走りながら俺と自分の身体に強化魔法を付与した。皮膚は硬化し力が漲る。
俺は左手に麻痺のスプレーを持ちシオンと横並びに走った。
眼前にいる魔物は近くで見ると想像の数倍気持ちが悪い。
おそらく巨大な口を開ける魔物は捕食のことしか頭にない。
「シオン伏せろッ!」
俺が叫ぶのと同時に魔物の口へとスプレーを放り込んだ。
魔物は勢いよく俺たちの頭上を飛び越えスプレーをごクリと飲み込む。
「よくやった」
振り返るとスプレーを飲み込んだ魔物は身体が震えている。
シオンはその隙に魔物をぶった斬りすぐさま魔物は絶命した。
だが大軍相手にこの戦法だけでは戦えない。
「······ふぅ」
脳裏には太刀が刺さらず魔物に喰われた瞬間が焼き付いている。
だが隣で走るシオンを見ると何故か落ち着けた。
振り翳した太刀は魔物の肉を断ち切り致命傷を与えることに成功する。
そして魔物にシオンがトドメを刺す。連携を続け俺達は勢いをそのままに魔物を倒し続けた。
「ちょッ—待てシオンあの魔物は俺じゃ倒せない!」
目の前には俺を喰った熊の魔物。それも二体。他の魔物も強いがコイツは別格と言ってもいい。
(······しまった)
冗談などではない。股間を伝わるあたたかい感覚。息子がまた泣いてしまった。
本能的にこの魔物に強い恐怖を抱いてしまってるんだ。だがこんなのバレない。もしシオンにバレでもすれば····
「文也······お前それ」
「えっ」
シオンは俺の下半身を見ている。
———何故だ
俺の下半身の防具には少し隙間がある。あまりに大きいと動きにくく邪魔になるからだ。
狙ったわけではない。だが防具の下に見える灰色の下着は分かりやすく染みていた。
「来るぞシオン!」
「う、うん」
見られなかったことにしよう。泣くのも後にしよう。
シオンも俺の意図を感じ取ったのか見なかったことにしてくれた。
残った魔物はその二体のみ。
俺達は催眠スプレーを投げつけ時間を稼ぎ岩場に駆け込んだ。
「私に任せろ。もうあの魔物は勝てる」
「駄目だ。二体になれば話は変わる。お前が怪我したらどうするんだよ」
「········そうだな」
決め台詞のように言ったが漏らした男の言葉なんて刺さるはずがない。だけど今は関係ない。
あの時のようにシオンが魔力を解放させれば勝てるのかもしれない。
だけどそれじゃあリスクが大き過ぎる。
「よしシオン·····」
「分かった。気をつけろ」
すぐに作戦を伝え岩場から同時に出て行った。
両手に麻痺毒の入ったスプレーを持つ俺が先行しシオンは後ろで自身に防御魔法を付与した。
「グガァアアアア”ア”ゥ!!」
二体の目の前でスプレーを放り投げ瞬時に抜刀する。
空中で二つをぶった斬りすぐさま俺はシオンの足場となるために土下座の体勢に移行する。
足場となった俺は惨めだが安全性などを考えて真剣にやっているのだ。
魔物は麻痺毒により混乱しその大爪を振り回す。
だが狙いの定まらない攻撃などシオンに当たるはずもない。
足場(俺)から高く飛び上がったシオンは上空から二体の首を同時に切り落とした。
「仲間の支援に向かうぞ」
「おう!······?」
その時突然、頭の中が揺れめまいを感じた。
魔力の使えない俺でも感じられる。
隣にいたシオンも目を見開き毛が逆立っていた。
「······は?」
走り出した俺達は自然と足を止め目の前の光景に絶句した。
「いやぁアアアア”ア”ア”ア!!」
「助けてェ!! いやぁあああ!!」
戦場全体に響き渡る人の悲鳴。
地面は文字通り血の海になっていた。
切り裂かれた人の臓物が地面に散らばっている。
「どう····して」
「どうなってんだよ····これ」
現れたのは二百体程の魔物だった。
だが今は違う。五百体はいた。
腕利きの兵達でさえ魔物に掴まれ生きたまま身体は引きちぎられている。
まさに地獄絵図だ。
魔物達は既に後ろにいた魔法使い達の元まで辿り着き残虐な殺戮を始めていた。
「チィッ———行くぞ文也ッ!」
「シオン待て!」
俺の声はシオンに届いていない。
シオンは猛スピードで魔物を薙ぎ払いながら被害の激しい砦の方へと向かった。
「ふぅ····」
落ち着かなければならない。
俺みたいな雑魚ほど冷静さが重要だ。
「ッ!?」
その時、後ろから何かが倒れた大きな音が聞こえた。
ゆっくりと振り返り地面を見ると魔物が血を流して倒れている。
「貴殿、文也殿だな?」
「あっ、はい」
突然声をかけてきたのは如何にも侍という身なりの大男だった。
見上げると激しい戦闘中にも関わらず男は穏やかな表情をしている。
「そうであったかそうであったか。実は拙者、シオン殿から命を受けて貴殿の命を守るように言われてな」
「えっ、それじゃあこの魔物はあなたが?」
「如何にも。拙者は
「そう····ですか。それよりこの量の魔物一体何処から」
「正直分からぬ。だがこの量、自然発生ではないだろうな。魔王幹部の者が関わっておるやも知れぬ。それと拙者に丁寧な言葉使いはいらぬ。行くぞ勇者殿!」
「お、おう!」
この侍ニキは明らかに俺より強い。血の海と化した戦場で生き残るためには強者の影に隠れることだ。恥ずかしいことじゃない。
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