第12話


 ゲームみたいに、初めの方は大丈夫だろうと油断していたのが馬鹿だった。てっきり冒険の始まりはレベル1のスライムが出てくると思っていた。しかし現実は酷だ。


「うわ〜トラウマなんだよなあの魔物」


 異世界に来てすぐ俺の右腕を食べた恐竜の魔物。進もうとしている道にはその魔物が群れをなしていた。あの恐竜にも名前があるようで「ガレクス」と呼ぶらしい。ゲームなら群れを殲滅して経験値を貯めたいところだが今突っ込めば間違いなく殺される。


「序盤で体力を使うわけにはいかない。息を殺して気づかれないように通り抜けるぞ」


「いや、もっといい方法があるぜ」


「——?」


 俺は自分の手を小さなナイフで突き刺し、布に血を染み込ませた。


「あいつらは血に引き寄せられるだろ? 俺の血が止まってからこの布で注意を惹きつける。その隙に通り抜けようぜ」


「お、お前慣れてるからか知らないがむやみに怪我をつくるな。心配になるぞ」


「大丈夫大丈夫。気づかれて戦闘になる方が面倒だからさ」


 ガレクスの群れはこの作戦でうまく撒くことができた。


 空は暗くなってきたが俺たちはできる限り進むことにした。どうやらここでは夜行性の魔物が少ないようで今のうちに距離を稼いでおいた方がいいようだ。だがそこで俺は一つ気になることがあった。


「なあシオン。この先街とかないの?」


「ああ、少なくとも今日進める距離には無いな。どうかしたのか?」


「もしかして····野宿?」


「それは勿論当たり前だ。もしかして野宿は初めてか?」


「それは······勿論。お風呂とか寝る場所はどうするんだ?」


「近くに川があれば水浴びはできるが、そうで無い場合は魔法で濡らした布で身体を拭く。基本的に寝る時は焚き火を囲んで交代制で見張るといったところだ。慣れないと思うが初めは私ができる限り支える」


「なるほどな。大丈夫だ、よくアニメで見てたから」


「アニメ?」


「あっ、いやこっちのことだ。······それとさシオン。嫌なら全然断ってくれてもいいんだけどさ、戦場に向かうまでの間時間があるときでいいから仲間のことを教えて欲しい。もちろん俺はできる限り強くなれるように努力する。だけど聞いておきたいんだ。シオンの友達の話を」


「······子どもが憧れるような英雄譚はない。それに終わりはお前の知っている通りだ。それでもいいのか」


「ああ」


「分かった。あとで話そう」


 シオンは少し考えたが最後は頷いてくれた。


 その日の夜はシオンの方向感覚を頼りに暗くなってからもかなりの距離を進んだ。魔物との戦闘はなかったが運動不足の俺は疲労がかなり溜まったのは言うまでもない。


「近くに川もある。今日はこの辺りで野宿にしよう」


 シオンは手慣れた手つきで焚き火を用意した。焚き火の火を起こすのには魔法を使用していたが少量の火なら魔力の消費が少ないようだ。


「水浴びか? かなり大荷物だな」


 シオンは家の浴室に置いてあった道具。多分シャンプーやボディソープを持っていた。それもかなりの種類だ。女の子はやっぱりこういう影の努力をしているんだ。


「····その、お前に臭いなんて思われたくない····から」


(何こいつ·····可愛すぎんだろ)


「行ってくる。見張りは頼んだぞ」


「おう」


 見張りというものの魔物が現れれば俺は勝てない。多分食われておしまいだ。シオンはそれを分かっているのか割と早くに水浴びから帰ってきて俺もすぐに水浴びを済ませた。俺はいい匂いとかとは無縁な人間だからシャンプーを一種類だけ借りてすぐに終わらせた。


 焚き火を囲むのは初めてだ。元いた世界では焚き火が燃える音のASMRを聴いていた。こんなふうに実際の火を目の前にすると心地良い。ゆっくりと時間が過ぎていく感じがする。


「なら、言っていた通り話をするか」


「こんなすぐに良いのか? 無理しなくてもいいぜ」


「構わない。そうだな、まずは旅の始まりから話そうか」



************************************



 旅の始まり。私達五人はこれから先の不安よりも期待に満ち溢れていた。勇者パーティーと周りの者から持てはやされ、私も多少気が大きくなっていたのかもしれない。当時は八人の幹部が全員いた。そして私達は一人目の魔王幹部を倒しに行った。


「シオンさん、先程怪我をされたですが大丈夫ですか。わ、私が回復しますのでこちらへ」


「構わないぞミル。お前は本当に優しいな」


「····い、いえ。それくらいしか私には出来ないので」


「お前達、ケイオスとアルカを見なかったか」


「あ、ガイアさん。アルカなら先程お金を稼いでくると言って。ケイオスさんはその付き添いに」


「····はぁ。まだお金には困ってないんだけどなあ」


 しばらく待っていると元気よく手を振るアルカと何処か疲れの見えるケイオスが帰ってきた。


「やぁっほ〜! 聞いてよみんな! 銭が稼げたぞ銭がぁ」


「お金には困ってないって言ってるだろ? ケイオスもわざわざ付き合うなって」


「すまない。だがレディを一人にさせるのは危険だろ」


「まあいいけどしっかりと休めよ。明日には幹部との戦闘だ」


「まあまあ! 私達なら大丈夫でしょ!!」


 勇者パーティーの旅路は順調であった。各個人の強さに加え勇者の先導により洗練された連携。それまでに遭遇した魔物は苦労なく倒すことができたのだ。そして翌日、勇者パーティーは魔王幹部の巣食う地下遺跡に向かった。


「陣形は今まで通りだ。狭い場所では俺が先導して魔物を倒していく。みんなできるだけ幹部に備えて回復薬と魔力を貯めておいてくれ」


 地下遺跡の中には無数の魔物に加え巧妙な罠が張り巡らせれていた。

 抜ける床、地面から発生する毒、そして追い討ちをかけるような魔物の出現。個々の力があったとしても体力の消費は激しかった。


「きっつう! ていうかなに! 罠がいやらしいしさ! もうッ! 絶対幹部のやつ終わってる! 名前はブルダンだっけ!? 絶対ブスだ! 小太りのハゲたおっさんにに決まってる! 性根が腐ったクズ野郎だぁ!!」


「こらアルカ、女の子が汚い言葉を使っては駄目でしょう。それにこれから倒す相手なのだから、今思っていることは全て力に変えなさい」


「うぅ、グスン。シオンた〜ん」


「気を引き締めろよ。もうそろそろ幹部が出てきてもおかしくない」


 その後すぐに五人の目の前には巨大な扉が現れた。扉の先から感じる別格の魔力。敵の姿は見えずとも五人は確信していた。シオンとケイオスが前に立ちガイアが中盤、そして後衛にミルとアルカが立つ。


「······行くぞ」


 ケイオスは慎重に扉を開ける。重たい扉の音、前衛の二人が真っ暗なその部屋に入った時だった。


「······ケイオス?」


 扉は急に閉まりシオンは隣で何かを通り過ぎたのを感じた。

 同時に地面には液体が飛び散るような音。


「全員伏せろッ!!!」


 ケイオスの叫びに全員が咄嗟に反応する。

 後ろの扉には硬い物体が衝突するような激しい音が響く。


「アルカ! マジックアイだッ。ケイオス、シオンは敵を牽制。ミル、俺に強化魔法を」


「了解」


 ガイアの指示の元すぐさま陣形を立て直しアルカは詠唱を始める。


「内に流れる魔力の渦よ。応えろ、そして我らに目を与えたまえ。マジックアイ」


 マジックアイ——暗闇の状況であっても魔力を視認することにより敵と味方の位置を把握する魔法である。五人はそれぞれの魔力を記憶しているためすぐさま敵の位置を把握した。


「小賢しいぞ」


「ほらみんな言ったでしょ! ハゲたおっさんの声だ!」


「ハゲ?······貴様何と無礼なッ!!」


 ようやく敵の声が聞こえアルカは煽りという名の攻撃を仕掛ける。


 敵が動揺した瞬間、シオンとケイオスの二人が前へと走り出した。マジックアイにより見えた魔力で捉えたブルダンの位置。しかし二人の攻撃はブルダンに直撃することはなかった。


 ケイオスの攻撃がシオンの武器と重なり二人はバランスを崩したのだ。


「すまないシオンッ——俺のミスだ」


「問題ない、切り替えろッ」


「おやおや、仲間割れか」


「二人とも伏せろ!」


 しかしカバーするようにしてガイアの斬撃が飛来しブルダンにダメージを与える。

 加えてアルカとミルの魔法支援により暗闇の中でも戦況は一気に優勢となった。


 しかし、前衛で共に戦っていたシオンだけでなく他の三人もケイオスの異変に気づいていた。

 いつもより動きにブレがあり、既に慣れたシオンとの連携でもミスが目立っていたのだ。


「ガイア今だ! やれ!」


「ハァアアアアッ——!!」


「グハッ——!」


 辛くも最後はガイアの斬撃によりブルダンに致命傷を与え勝利する。ブルタンが死んだ直後部屋には明かりが差し込み、明るくなったその部屋にはブルダンの死体が横たわっていた。


 しかしである。


「ケイオスッ——!!」


 ブルタンを足止めしていたケイオスは突然地面に倒れ込んだ。


 全員の視界に映るのは大量の血を流すケイオスの顔。


「嘘でしょ····いつケイオスが」


「意識はある! ミルッ——回復魔法を!」


 幸いケイオスは息をしておりミルの回復魔法によって一命を取り留めた。だが代償は大きくケイオスはその戦闘で右目を失ったのだ。扉に入った時に聞こえた地面に液体が飛び散るような音。それはケイオスの右の目玉が飛び散り、地面に落ちた音だった。


 その日改めて勇者パーティーは現実味を帯びて実感したのだ。

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