第11話
俺は現場から出来る限り証拠を隠滅しシオンを置いて街を後にした。おそらくシオンはこの後街の人達と話すこともあるだろう。いつの間にか昼過ぎになっている。疲れただろうから俺は家に帰って昼食づくりだ。一人暮らしで培った料理スキルは異世界に来ても変わらない。ただ片手でやるのは思っていたより何倍も難しかった。
「あっつ!!」
「だ、大丈夫か!?」
タイミングよくシオンが帰ってきた。想像より何倍も早い。
「何処か行ってたのか? 飯はまだかかるぞ」
「いや····お前があんな置き手紙を残してたから心配になって」
(よし、バレてない!)
「私が作るからいい。料理で怪我をしていたら戦闘に影響が出る」
「あっ、すいません」
シオンの顔色は前よりもよくなっていた。名誉挽回に加えシオンの中で重圧になっていたものが少し消えたんだろうか。どれもあの爺さんのおかげだ。
「街には行っていなかったのか。お前を探しても見つからなかった」
「ああ、途中で魔物と遭遇してさ。死にそうだったから逃げてきた」
「け、怪我は?」
「ごめん、回復薬借りた」
「そうか、よかった。構わないぞ」
食事を終えてからは昨日と同じように特訓が始まった。体力づくりとして山中のランニングから始まり終われば打ち込み台に向けて太刀を振りかざす。シオンの顔は晴れ晴れとして昨日よりも笑顔が増えていた。
そして今日の特訓が終わった時だった。
「じいさん。どうしてここに」
今朝シオンを助けてくれたガロアと呼ばれる爺さんが家に訪ねてきた。その爺さんは俺とシオンを見ると何かを察したように笑みを浮かべる。
「ほう、お前さんに恋人がおったとはのう」
「なっ——そそそ、そんなわけないだろ。こいつはその、旅の者で住む家がないからここに泊めてて。ここに来る魔物を狩ったりもしてくれているんだ」
「その説明だと俺自宅警備員なんだけど」
「何じゃそうだったのか。わしはガロア・ゴーシュじゃ。そこの街で鍛治屋をしておる。お前さんは?」
「あっ、南雲文也です。よろしくお願いしますガロアさん」
「そうか、よろしくな。ガロアでよいぞ。シオン、頼まれておった剣が出来たぞ。急いで帰るもんじゃから渡しそびれたわい」
「ああ、ありがとう」
ガロアは如何にも鍛治職人という感じの見た目だ。頼まれていた剣ということはシオンとガロアは元々交流が深かったということだろう。ガロアの手渡した剣は元々シオンが装備していたものよりも刀身が輝いて見える。剣のことなんてド素人の俺でも分かる。ガロアが作成したシオンの剣は間違いなく一級品だ。
「助かるよ、ありがとう。それともう一つ仕事を依頼したいんだが構わないか?」
「勿論だ。防具か?」
「いいや、文也の太刀を新しく作って欲しい」
「えっ」
「ほう、こやつの太刀か。任せておけ」
「それで······だな。あいつの太刀を使ってくれ」
「······分かった」
「いやいや俺はいいよ。今持っている太刀で十分だからさ」
「駄目だ。お前の太刀などなまくらに過ぎない。ガロアならお前にあった太刀を作ってくれる。今の太刀はお前にあってないだろう」
「まあ····そうだけど」
「ならば今日にでもわしの工房に来れるか。一日で作ろう」
これはオーダーメイドというやつか。勿論自分専用の武器なんて憧れる。漢のロマンだ。だけどその前に俺の前には大きな壁がある。
「気持ちは嬉しんだけどごめん二人とも。俺、金がないんだ。無職でさ」
できる限り開き直って明るい声色で言ってみた。ああ、言っている自分が恥ずかしい、情けない。
シオンはそんな言葉を聞くとため息をつきガロアの前に立ち何かを手渡した。
「そんなこと知っている。全て私が払う」
事前に用意していたのかたんまりと硬貨の入った袋をガロアに手渡した。
「いいや、今回は受け取らん····と言ってもお前さんは許さんか。どうじゃ文也、代わりにお前さんが受け取っておくか。その様子じゃ一文無しのようじゃからな」
そう言ってガロアはたった今シオンから受け取った袋を俺に手渡した。
「じゃあ····宿代と飯代ってことで」
そして俺は袋をシオンに手渡した。何だよこの茶番。結局三人で袋をリレーしただけだ。
「本当にいいのかガロア」
「······わしは正直驚いておる。お前さんに友ができたのは久しぶりじゃろう。お前さんが認めた者ならば安心できる。わしと街の者からのせめてもの礼じゃ」
「······イケおじだ」
ガロアの言葉に甘えることにしよう。一度ガロアも含めた三人で食卓を囲んだ。今朝街であった出来事で話は弾み時間はあっという間に過ぎていく。その後シオンだけを家に残し俺はガロアの鍛治工房に向かった。
正直内容はあまり覚えていない。持ち手の形や重さ、そしてデザインに至るまで考えてくれた。その他細かいことはよく分からなかったが全てお任せにし翌日に太刀を取りに行くことになったのだ。
「ただいまシオン」
「ああ、終わったか」
「······どうかしたか?」
すっかり辺りは暗くなり家に帰った時、シオンから違和感を感じた。椅子に座り考え込むような姿勢、絵になるということは置いておき絶対に何かあった。
「······」
「まさか、また魔物の死体があったのか」
「違う。きっとそれはもう大丈夫だ。ただ、話がある」
「話?」
「お前がガロアの鍛冶場に行っている間、兵士が来たんだ」
「兵士って····街に兵士なんているのか」
「いいや、街の兵士ではない。魔物と最前線で戦う者だ」
言われなくても何があったのかが分かる。最前線にいるという兵士がわざわざ比較的平和なこの場所まで後退してきた。それも元勇者パーティーのシオンに話をしに。
「戻れって言われたんだな」
「そういうことだ。すまない。一ヶ月あると言ったが思っていたよりも戦況がよくないようだ。ここから前線まで魔物の妨害により遅くなったとしても一週間以内。明日にでも出発してほしいそうだ」
「明日····か」
大丈夫だと言いたいところだがかなりまずい。正直一ヶ月でも足りないくらいなのに前線まで一週間。
「やはりお前は残っていてくれ。わざわざ怪我をしに行っては意味がない。お前が強くなるまでの間、私が時間を稼いでおく。この家は自由に使っていいから、十分に特訓を····」
「いや、俺もいくよ。行く途中に強くなればいい」
「駄目だ。お前は戦場を甘く見ているのかも知れない。一週間程度で得られる力では幹部の前で歯が立たない。勿論ゴブリンなどでない高位の魔物にも。だから····お前は」
「言っただろ。心配しなくても俺は次の勇者のための踏み台だ」
「····そんなことは」
「何も負けるなんて言ってない。俺のいた場所でこんな時にピッタリな言葉があるぜ」
「———?」
「縛りプレイって言うんだよ」
「それは····拷問か何かか?」
「違う違う。自分に制限をかけて敵を攻略するってことだ。俺は割となれてるからな、安心してくれ」
縛りプレイはあくまでゲームの話だ。だが元いた世界では数多のゲームで縛りプレイをやってきた。小林に手伝ってはもらっていたが達成感は通常の何倍にも跳ね上がる。
「明日ガロアの所に太刀を取りに行けば準備は万端だ。明日の夕方にでも出発できる」
「分かった」
俺たちは明日に備えその日はかなり早くに眠りについた。
そして翌朝。シオンは街に回復薬など必要なものを買い揃えに行き俺は荷造りをしていた。ガロアからは翌日の昼頃に鍛冶場まで来るように言われたのでまだ時間はある。
「······ふぅ」
丁度賢者へ転職し終わった頃、シオンが家に帰ってきた。そして俺は残りの荷造りを頼み入れ替わるようにガロアの元へと向かった。
「おう、来たな。完成しておるぞ」
「おぉおお」
ガロアは奥の部屋から仕上げたばかりの太刀を取ってきた。俺みたいな素人が使っていいか聞きたくなるほどの美しい太刀。握ってみると左手だけでもしっかりと持つことができた。重さも調整されデザインもシンプルながらカッコいい。俺の語彙力では到底全てを言い表せないが、とにかく良い。
「シオンから聞いたぞ。今日出発するようだな····わしからは大して良いことは言えんが、気をつけろ」
「シオンのことは任せてくれ。死んでも死なせない」
「ああ、頼むぞ。そうじゃ、この鞘も使うとよい」
「えっ、いいのかよ鞘まで」
「足りないくらいじゃ。彼奴の友になってくれて感謝する····頑張ってこいよ······優しい魔物さんや」
「······って、バレてたのかよ」
「ガッハッハ! 何年生きておると思っている·····さあ、行ってこい」
帰ると準備は完了しているようでシオンは家の中を掃除していた。この世界にも立つ鳥跡を濁ざずというやつがあるのだろう。
「よし、行こう文也」
シオンはどこか吹っ切れたような顔をしていた。服装は俺がこの世界に来た時着用していた衣服ではなく、魔法耐性があるという衣服をシオンから受け取り着ることにした。
シオンと俺は家の前で一礼すると戦争の最前線に向かって歩みを進める。
「なあシオン、ガロアとかに最後の挨拶はいいのか?」
「······構わない。お前といればきっと生きて帰れる」
最後の一言を言ってくれるだけでここまで嬉しいと感じるとは。その通りだ。縛りプレイでもやってのけよう。
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