第10話
「どういうことだよ。お前これがあるって知ってたのかよ」
「········」
魔物の死体を前にしてシオンは何も答えずに俯いた。どうしてこんなに落ち着いていられるのか分からない。シオンは魔物の死体の前で歯を食いしばり俺の方を向いた。
「もう一度だけ聞いておきたい。文也、お前は本当に勇者として私と戦ってくれるのか」
「当たり前だろ」
「······これが勇者パーティー”だった者”の現実だ。日々魔物との戦争により精神の苦痛に苛まれた人間は何処かにその捌け口を求めようとする。街のやつの場合、それが私というわけだ。魔王を倒せず勇者は消え私だけが帰ってきた。もし私がここにいると分かれば魔物の標的はあの街にも向く。住人にとって私は邪魔な存在なんだ」
「そんなの·····そんなのおかしいだろ。俺はお前を、お前達を尊敬してる」
「ありがとう、でもいいんだ。分かってる」
「いいわけがない····だろ」
ここで何も声をかけてやれない自分がもどかしい。俺にもっと言語化能力があれば。いいや違う、俺は今まで生ぬるい世界で生きてきたんだ。そんな俺がシオンにどんな言葉をかけたとしても分かった気でいるただの気持ち悪いやつだ。
「お前は優しいから。私はそんなお前がいてくれるだけで助かる。先に風呂に入っていてくれ」
そう言ってシオンは魔法で魔物の死体を片付けし始めた。だけど友達がこんなことをされて黙っていられるはずがない。小林もきっとそうだろうにシオンだけじゃなく勇者パーティーの奴らまで貶された感じは本当に腹が立つ。
「なあシオン。これから俺街に行ってくる」
「ま、街だと? 一人で行くのか」
「ああ、少しだけやることがある。聞いておきたいんだけど、街ってシオンくらい強い人いる?」
「確かほとんどが非戦闘員だ。だが一体何をする気だ?」
「まあ気にするな。確か家にローブがあったな。借りていいか?」
「ああ、構わないが本当にどうしたんだ」
「まあまあ、取り敢えず待っていてくれ」
シオンは俺の言葉に眉をひそめた。当たり前だ、今の俺の問だけで分かるはずがない。これからするのは俺が今できる限り最低最悪の行いだ。
シオンと魔物を処理した後、俺は用意してから街へと続く山道を降りていった。空は少し暗くなっているが遠くに見える街の灯りを頼りにして無事に街まで辿り着いた。ローブを深く被った俺は入り口にいた見張りに若干怪しまれたが確認が面倒なのかすんなりと街には入れた。
「うわ、割と発展してるな」
灯りがろうそくしかなかったシオンの家とは違いここは灯りに包まれている。俺はローブのフードを深く被ったまま誰にも顔を見られないようにして街の中を見て回った。目立たないように太刀は持っていない。その代わり短い剣を持っている。
まず俺がするべきは街にどんな奴がいるのか、空き家があるのかを確認することだ。
そして俺は確認と準備を少しして誰とも話すことなくシオンの家に戻っていった。
「ただいま、ごめん遅くなって」
「構わないぞ、大丈夫だったか?」
「うん」
シオンは少し事情を聞いてきたが取り敢えずは気になったから行ってみたと言い訳をしてその場を凌いだ。昨日のようにシオンに料理を振る舞ってもらい満足したまま、その日は早くに眠りについた。
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翌朝、俺はかなり早くに起きた。平日は早起きをしているため少しくらい早く起きるのは容易い。俺はシオンが熟睡しているのを確認すると短い剣をとその他必要な物をいくつか持って再び街へと降りていった。
身につけたのは魔物の皮を使った服に加え即興で作った魔物の顔を模した被り物。剣は懐に隠すように持ち見張りがいないことを確認すると密かに街の中へと入っていった。
「さむぅ、もっと着込めばよかった」
魔物の服だけだと朝の寒さは厳しい。そんな寒さに耐えながら準備に取り掛かる。
今から俺がするのは誘拐、そして殺人······のフリだ。そのために昨日この街の人間を注意深く観察した。
今の俺を見て小林は何と言うだろうか。まああいつなら怒るだろうか。
「だ、誰ですか」
その時、後ろから少年の問いかける声が聞こえた。俺は被り物でしっかりと顔全体を覆い”魔物”に変装する。できる限り精巧に魔物らしく作ったいわばコスプレだ。まさか俺がコスプレをする日が来るとは。俺がゆっくりと振り返ると少年の顔は青褪めた。
「ま、魔物ッ——」
「おっと」
俺はシオンの家からくすねた催眠スプレーを少年に吹きかけた。効果は思った以上で少年は突然意識を失ったように倒れ俺はそっと抱きかかえた。昨日空き家を探していたのは子どもを誘拐しそこへ閉じ込めておくためだ。空き家がなければ催眠スプレーで誰かの家を使うつもりだったが都合よくあったのだ。
それから俺はまだ日も出ていない街の中で子どもをさらい始めた。催眠スプレーがあれば力はなくてもいい。それに昨日の偵察通り街の家屋はセキュリティが全くなっていない。危なっかしい場所は避け俺は順調に子どもを誘拐できた。ちなみにこの子達を傷つけるつもりは全くない。俺は準備を完了させて決行の時を待った。
実はシオンの家に置き手紙を残しておいたのだ。内容は実にシンプル。『街でシオンのいいところを広めてくる』という内容だ。あながち間違っていない。だから俺はシオンを信じて待てばいい。
———想像通り街は大混乱に陥った。
「おい誰か!! うちの子を見てないか!」
「どうなってる! うちの子も家にいないぞ!!」
そんな声が聞こえてきた。子どもを閉じ込めている空き家は街の中心から離れた場所にある。原始的だが内側から棒を立て掛け外からは開けられないようにした。ちなみに俺は見つからないように小さな出口をあけそこから外に出た。
「まさか魔物にさらわれたのか」
「そんなわけないだろ。野生の魔物が人の多いここにわざわざ来るはずが」
予想通りの反応だ。ここまでうまく行くと面白い。俺は人質として一番ぐっすりと眠る子どもを抱え外に出た。すぐに姿を表すわけには行かない。今まで嫌がらせをされてきたシオンに比べればこいつらの苦しみなんて程度が低い。
だから俺は準備として。
「これは······血よ!! 血がッ——」
「おい、街の至る所にあるぞ!!」
俺は街のあちこちに血をばら撒いておいた。もちろん血糊なんてないから本物だ。おかげで貧血になりそうだがこれだけいい反応を見せてくれるならやった甲斐がある。
「ここに魔物が来るはずがない····きっと、きっとあの女がやったのよ。私達の嫌がらせの仕返しにきっと」
「あ····ああそうだ。そうに決まっている! あいつは俺たちの子どもを皆殺しにしたんだ!!」
「······」
我慢だ。だけど改めて思う。シオン達は今までこんな奴らのために戦っていたのか。一番の魔物は大多数の強引な意見によって動かされた人間の集団だ。この街に魔物が来ないのはシオンが全て始末しているからだ。あいつは何一つ悪くない。
「みんな! あの魔女の家に攻めに行くぞ! 俺たちの子どもを取り返すんだ!」
想像以上にこの街の奴らは狂っている。屈強な男を先頭にして街の住民はシオンの家に向かっている。
「待てよ····あれ」
丁度その時、ローブを深く被った何者かが街へと入ってきていた。同じローブを着ていたから分かる。あれはシオンだ。何とタイミングがいい。今俺がするべきことは決まっている。
「おいみんな!! あのローブを着たやつだ!! あいつは魔女だぞ!!」
俺は騒がしい集団に紛れてそう叫んだ。俺の声で街の奴らの視線は入り口にいるシオンへと向く。
「魔女め! 俺たちの子どもをどうした!!」
馬鹿な奴らは俺の言葉を信じシオンに怒号を飛ばした。
「ま、待ってくれ。私は魔女ではない」
シオンはフードを取り顔を見せる。だが勿論、住人達がこれで引き下がるわけがない。
「やはり魔女だ! 俺の子どもを何処にやった!」
「ち、違う! 私はそんなこと!」
俺が始めたことだが、もう我慢できない。
「お母さん!」
俺の持っていた子どもが叫ぶと両親と思われる者達が振り返る。
「クトル!!」
少年の両親は子どもと俺に気づき顔が青ざめていた。
俺の持つ剣には血が滴り落ちている。俺の血だがこの状況を見れば混乱するのは明らかだ。
俺はシオンから借りた剣だとバレないように剣先のみを少年に突き付け両親に見せつけた。
「やめろッ——」
両親よりも早く動いていたのはシオンだった。俺は背中を見せながら全力で逃走する。勿論正面から向かってきたシオンに勝てるはずがない。ただ確かなのは少年の両親は放心して一切動いていない。親の愛なんてこんなものなのだろうか。
俺は事前に予習していた街の地形をもとにできる限り逃げ惑った。その最中、持っていた剣やらで街のオブジェクトや建物を壊しまくり暴れ回る。
「きゃあァアア——魔物よ!!」
俺を見て住人達は道を開け、あるものは腰を抜かしまたあるものは建物に隠れる。屋根の上や誰かの家の敷地内関係なく暴れ回り見事に俺は魔物になりきっていた。
その最中、俺を必死に追いかけるシオンの姿をおそらく全ての住民が目撃していた。
(そろそろか)
一緒に逃げる少年が可哀想になってきた。とんだ茶番劇に付き合わされこれ以上命の危険を感じさせるのはあまりにも可哀想だ。子どもに罪なんてない。俺は少年を地面に置き、住民の多くいる場所まで移動した。
「観念しろ····」
シオンは全く息切れしていない。俺は必死に平静を装い魔物っぽく構えた。
「······」
そして向かってくるシオンに無言で腹を貫かれた。
「グホッ——」
何故か最近、大怪我をするのに慣れてきた。問題ない、きちんと急所は外せた····はずだ。
「······お前」
だがここで計算が狂った。被り物の一部が剥げて取れたのだ。だが見えたのは人の肌だけで俺だとはバレていない。すぐに距離を取り剣を無理矢理引き抜いた。
「いけっ」
俺は必死に痛みを堪え言い残し子どもを閉じ込めていた空き部屋を指さした。
少年は両親の元へ駆け寄り俺はその場から大急ぎで逃げた。住民から石を投げられたのは言うまでもない。
シオンは建物に向かい固く閉ざされた扉を発見する。
「ハァアアアッ——」
剣で扉をぶち壊し中からは俺が誘拐した子ども達が発見される。
その様子を遠くから見てどこか安心した。
「······うっわ、まずぅ」
持ってきていた回復薬の苦さに耐えながら子どもが無事親の元に戻る姿を見届けた。こんな茶番劇をした目的は簡単だ。二度と家にちょっかいを出されないようこの街の住民にシオンという立派な人間を知ってもらわなければならない。
だが——
「こいつだ! こいつのせいで魔物が現れたんだ!! この魔女さえいなければこんなこと起こらない!」
現実は俺の思っていた何倍も残酷だった。
(これじゃあやった意味がない。逆にシオンへの評価がさらに悪くなって······)
「······私は」
(もうこの際、俺が出て全部説明するか。いいや、それじゃあ全て台無しか。俺の考えがあまりにも浅かった。これじゃあ俺のせいでシオンはッ——)
「おいみんな、待て」
その時、白い髭を生やした一人の爺さんが前に出た。
「ガロアさん······」
周りにいたもの達からガロアと呼ばれるその爺さんはシオンに背中を向け全員の顔を見た。
「落ち着いてよく考えろ。まともな戦士もいないこんな街に魔物が攻めてこない理由はなんだ。嬢ちゃんがいなけりゃあ、わしらはきっと今頃魔物の腹の中じゃろ」
「······」
「それにわしは、森に出かけた時この嬢ちゃんに助けられらことがある。一回ではない。何度もだ。それに嬢ちゃんには仕事も依頼されておる、わしの大事な客だ。この戦争中、わしらは何をした。この嬢ちゃんのように最前線で戦い魔物を倒したか? 何もお前さん達に魔物と戦えとは行っておらん。戦えなくてもできることはある。じゃがお前さんらは何をした? 無論、今まで嬢ちゃんのために何も出来んかったわしも一人の罪人じゃ。じゃがお前さんらは魔物の死体を嬢ちゃんの家に置き、怒りの感情を全て嬢ちゃんにぶつけた······ふざけるなよ」
重たい声はその場にいた者達の耳にそして心に響き渡った。爺さんの後ろにいたシオンは肩を震わせ俯いているのが分かる。
「今も昔も、この嬢ちゃんはわしらにとっていいやこの世界にとっての英雄じゃ。努努忘れるなよ小童ども」
「······イケオジだ」
自然と言葉が出た。何たって俺の言いたかったことを爺さんは全て言葉にしてくれた。
シオンは安心したように膝から崩れ落ち、隠すことなく声をあげて泣いた。
もうその場にシオンの敵はいない。
心配した子ども達はシオンに駆け寄り続くようにしてじいさんがシオンの頭を優しく撫でていた。
俺も少しは貢献できたのかもしれない。
勇者パーティー”だった者”がようやく認められた瞬間だ。
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