第9話


 ゴブリンを退治してからシオンは後で話したいことがあると言い朝食を作り始めた。よく考えてみれば朝起きて戦闘が始まるまで一分も経ってなかった気がする。それと俺は心のどこかで安心していた。昨日起こったことが全て夢だったのかもしれない、そう思っていたからだ。確かに小林に会えなくなったのは思うところがあるがシオンという存在が実在したというのは本当に嬉しい。それに元の世界に帰れる可能性もきっとないはずがないだろう。


「うっまぁ。やっぱりシオンの作る料理は最高だな」


「えっ····今私のことをシオンと····」


「あ〜ごめんごめん。気持ち悪かったよな、何て言えばいい?」


「い、い、いや別に。嫌じゃないぞ。嫌じゃない、うん」


 食事が終わると昨日のように特訓。しかしその前に話があると言われている。何の話をするかは全く分からないがシオンの顔に笑みはない。真剣そのものだった。


「私が勇者パーティーに所属していたのは昨日話したな」


「ああ」


 俺が答えるとシオンは徐に立ち上がり何かを持ってきた。写真だ。その写真には笑顔を見せるシオンに加え笑顔の男女が二人ずつ写っていた。話の流れから分かる。きっと、今はもうない勇者パーティーだ。


「この男が勇者で名前はガイア。こいつは勇者という肩書きに驕ることなく常に私達の意見を聞き前へと導いてくれた。勇者にふさわしいやつだったよ。この大男はパラディンでケイオスという名前だ。私と同じく前衛についていた。どんな時でも率先して前に出て、こいつがいなければ私達はいつも傷だらけだっただろう。この子はヒーラーでミルという名前だ。とても優しくて初めの頃は小さな怪我でもあたふたして回復魔法をかけてくれた。この子の優しさは魔法に伝わり、いつも私達を癒してくれた。そしてこの子は元は旅芸人をしていた子で名前はアルカだ。優しくて何よりも面白い。旅の途中、私達はこの子に何度笑わせてもらったか······そしてこの子は私達みんなを救ってくれた。もう礼も言えないが私の恩人だ」


 シオンの口から溢れ出るように出てきた言葉の数々。これだけでも勇者パーティーがどれ程の存在だったのかが分かる。


「······どうかしたか」


「いや何でも」


 このミルという女性、誰かに似ている。だけど多分気のせいだ。


「私を含めこいつ達はみんな家族が魔物に殺された。言わば”独りだった”もの達だ。だから私達は家族同然だった。すまない、本題に戻ろう。話というのはお前に頼みがあるということだ」


「頼み? 俺に?」


「ああ、私達の目標だ。私と共に魔王を倒してほしい」


「えっ」


「生前勇者が言っていた。たとえ俺が死んでも勇者としての意思は残りまた新たな者へと受け継がれると。私はそれがお前であってほしい」


「俺が····か?」


「そうだ。お前しかいない」


「······まあそうだな。俺は勇者みたいな素質はないけど死んでもまた新しく誰かが勇者になってきっと魔王を倒してくれる。この人達の目標が達成されるなら俺は踏み台でいい」


「ほ、本当にいいのか。もう少し考える時間があっても····」


「実はさ、俺この世界に来る前両手両足を切られてみぞおちを貫かれて内臓をめちゃくちゃにされて死んでたんだ。だからさ、この世界でこうやって生きられているのは本当にありがたい。この世界へのせめてものお礼だよ。きっと親友が今の俺の立場でもこう言うと思う」


 自分でも驚くくらい、覚悟は決まっていた。一度死んだ身体だ。誰かの役に立てと神様は言ってるのだろう。


「もしお前が勇者パーティーに入っていたらきっとこいつらと仲良くできただろうな。本当にありがとう」


 シオンも覚悟を決めたように大きく深呼吸し俺の目をジッと見つめた。


「まず今の状況を話しておきたい。勇者パーティーとして討伐に成功した魔王幹部は六体。残りは二体だ、そして魔王がいる。私は今戦線離脱という形をとって戦争の最前線から身を引いている。だがしばらくすればまた最前線に戻る。だからそれまでにできる限りお前を鍛え上げる」


「因みに鍛えられる期間は?」


「長くて一ヶ月だ。だが戦況が変わった場合、早くに出発する」


 一ヶ月。この期間でゲームを攻略しろと言われれば容易いけど実際に鍛えて魔王に挑むのはかなり難しい。いいや、それでもいいのかもしれない。ただの踏み台として幹部の一人くらい倒せれば上出来だろう。


「分かった、なら時間は惜しいな。頼むぜ師匠」


「師匠って。シオンで構わない」


 シオンがこの写真を見せた理由は何となく分かる。要はこの英雄達の存在を後世にまで伝えていくことが残された者のできるたった一つのことなんだ。



************************************



「私から一本を取る。お前ならきっとできる」


「俺ここに来るまで剣とか握ったことないから一本ってよく分からないんだけど、どうすればいいの?」


「そうだな····ならお前の剣で私を認めさせてみろ。きっとその時、お前は勇者としての強さを得られている」


 正直に言うとシオンに剣で勝てるビジョンなんて全く見えない。今まで部活に一切入ることなく運動神経の悪さは自覚している。だけど頑張ろう、一人暮らしでも料理でも、初めはできなかったけど慣れれば何とかなった。


「時間が惜しい。今からお前に稽古をつける。いいな?」


「うん、頼むよ」


 シオンの家の前には大きな庭がある。畑や花があるというわけではなくあるのは使い古された打ち込み台が二つ。俺は打ち込み台の前に立ち剣を握る。改めて握ってみると技名を叫びながら剣を振り回していた数々のアニメキャラ達の凄さが分かる。右手を失った今の俺ではとても振り回せるものではない。


「一応、短い刀と今持っている太刀があるがどうする?」


「そうだなぁ、やっぱりこの太刀で頑張ってみるよ。太刀の方が絵になるし」


「······そうか」


 シオンは笑みを浮かべると太刀をもう一本持ってきた。シオンが持っているのは俺が今持つ真剣ではなく木刀。持ってみると半分くらいの重さで片手で持つことができた。だけどまるで形になっていない。木刀であっても真っ直ぐ持つだけで精一杯だ。


「まずはここの打ち込み台に向かって何度か斬りつけてみろ」


「分かった」


 シオンは剣の構えを教えていない。おそらくは何度か俺の剣筋を見てアドバイスをくれるのだろう。


「フンッ——」


 ———スカッ


 想像では素早い斬撃を繰り出そうとしていた。だが虚しくも巨大な刀身は巨大な標的を避けるようにして空を切り剣先は地面に突き刺さった。


「まあ初めは誰でもそうなるからな。気を落とすな。寧ろ腕一本でそれだけ振り回せるなら大したものだ」


 気を遣ってくれてる気がしてならない。だけどここはポジティブに考えよう、俺には伸びしろしかない。

 何度か太刀を振り回し太刀は打ち込み台にも当たったがどれも到底魔物を倒せるものではなかった。シオンは構え方から筋肉の使い方まで幅広く教えてくれた。九条先生と同じ理論だろうか、こんな美少女に教えてもらうと苦しい特訓も何も苦でない。


「はぁはぁはぁ、ちょ、ちょっと休憩。水飲まないと死ぬぅ」


「まずは体力づくりからだな。剣の稽古は一旦やめて走り込みに行くぞ」


「わ、分かったぁ」


 弱音を吐くわけにはいかない。諦めることは死に直結する。何よりシオンの足を引っ張ってしまうことが一番嫌だ。

 休憩するとすぐに俺とシオンは走り出した。やはり山道を走るのは難しいが俺にはどこか自信があった。

 自称帰宅部日本選抜の俺はどれだけはやく家に帰れるかが勝負だった。俺はそのために最適な経路選択、そしてその経路に沿った体力の使い方を研究していた。要は地形の観察だ。


「いいぞ、その調子だ。もう少しで回復魔法をかけてやる」


「焦らしプレイか····興奮するな」


「焦らッ——もういい、回復は無しだ」


 シオンは俺を置いていくようにして速度を上げた。この世界でも焦らしプレイという言葉が通用するとは。シオンの背中は小さくなっていきいつの間にか姿が完全に見えなくなってしまった。


 その後数十分遅れで俺はシオンに追いつき何とか帰りは仲良く二人で歩いて帰ることになった。


 ———そして帰る道中。


「なあシオン、一つ聞いてもいいか?」


「いいぞ」


「残っている幹部は二体って言ってたけど、そいつ達はシオンよりも強いのか?」


「単騎で戦えば勝てはしないだろうな。余裕を持って勝つことはまず有り得ない。だけど安心してくれ、人間側も強い者は多く生きている」


「そっか」


 魔王の強さを聞くのはやめておいた。今は少しでもモチベーションを上げておかなければならない。


「——? どうしたシオン」


「文也····その」


 突然、シオンは立ち止まり少し辛そうな顔をした。昨日のような魔物の気配は一切感じない。

 

——だけれど覚えのある匂いがした。


 最近何度もこの匂いが鼻を通る。


「なんだよ····これ」


 打ち込み台に吊るすようにあったのは魔物の死体。

 生々しい大量の血が地面に流れていた。

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